皆さん、こんにちは。大津です。


いつもメッセージ等、本当に
ありがとうございます。

実践的情報を期待されてここを
覗かれている方も多いと思います
ので、実際にとても役立ち使える
パンフレット集をご紹介しようと
存じます。

患者さんやご家族への説明にも
使用できますが、何より医療者が
「わかりやすい説明」を学ぶのにも
最適なものです。

以前、最前線にいた頃、私もよくこの
パンフレット集を利用していました。

しかも何とそれが今はインターネット
で全部ダウンロード&印刷できます
ので、病院や診療所等であればすぐ
印刷して利用することが可能です。

このページ
↓↓↓
http://gankanwa.jp/tools/pro/index3.html#I

の「患者・家族用パンフレット」
のところです。

どうかご覧ください。

これだけのパンフレットがあります。



■痛みについてのパンフレット

【患者パンフレット1:がんの痛みが心配なとき】

【患者パンフレット2:医療用麻薬(モルヒネなど)を初めて使用するとき】

【患者パンフレット3:定期使用の鎮痛薬を使っても痛みがあるとき】


■痛み以外の症状についてのパンフレット

【患者パンフレット4:息切れ、息苦しさに困ったとき(呼吸困難)】

【患者パンフレット5:吐き気・嘔吐があるとき(嘔気嘔吐)】

【患者パンフレット6:便が出にくいとき(便秘)】

【患者パンフレット7:おなかがふくれる、張るとき(腹部膨満感)】

【患者パンフレット8:食欲がないとき(食欲低下)】

【患者パンフレット9:からだのだるさに困ったとき(倦怠感)】

【患者パンフレット10:意識が混乱したとき(せん妄)】

【患者パンフレット11:ぐっすり眠れないとき(不眠)】


■看取りのパンフレット



私が特によく利用していたのは、せん妄のパンフレットと
看取りのパンフレットでした。

せん妄はこちら
↓↓↓
http://gankanwa.jp/tools/pro/pdf/pamph10.pdf

看取りはこちら
↓↓↓
http://gankanwa.jp/tools/pro/pdf/mitori01.pdf

せん妄や看取りに関することを上手に説明するというのは
実は簡単ではありません。
しかも自己流でやると、どうしても人によって説明が違う!
と説明を受ける方たちを混乱させてしまうことになりかねません。

最初はこういうパンフレットを上手に使用して、
説明を補う、あるいは上手な説明を練習するなどの
工夫が有効だと思います。

ぜひご覧になって、活用してみてください。
既にあることはご存知の方もいらっしゃると思いますが、
改めて読み直してみてはいかがでしょうか。なかなか
良く出来ているんです、これらのパンフレット。


昨日は本年度第一回の緩和ケア講座を開かせて頂きました。

降りしきる大雨の中、院外からも多数の医療者の皆さんに
ご参加賜りました。ありがとうございました。

それにしても若手医師の参加がないのが本当に残念です。
日本の医療の未来のため、ぜひとも参加してもらいたいもの
なのですが・・。

聴講者の皆さんはいつもながら熱心で、自然力もこもります。
終了後のアンケートでも様々なご意見・ご感想大変ありがとう
ございました。

さて、昨日講義で、なぜ「看取り」か、というお話をしました。

言葉の話です。

なぜ「看取り」であり、なぜ「診取り」ではないのか、という話。

私は精神科医の中井久夫先生の『看護のための精神医学』の



看護という職業は、医師よりもはるかに古く、はるかにしっかりとした基盤の上に立っている。医師が治せる患者は少ない。しかし看護できない患者はいない。息を引き取るまで、看護だけはできるのだ。病気の診断がつく患者も、思うほど多くない。診断がつかないとき、医師は困る。あせる。あせらないほうがよいとは思うが、やはりあせる。しかし、看護は診断をこえたものである。「病める人であること」「生きるうえで心身の不自由な人」-看護にとってそれでほとんど十分なのである。実際、医師の治療行為はよく遅れるが、看護は病院に患者が足を踏み入れた、そのときからもう始まっている。


の文を引かせて頂きました。

「息を引き取るまでできる」のが看護です。

「診」断は最後まではできません。
けれども看護は最後までできるのです。

緩和ケアも患者さんのQOL(生活の質、
生命の質)を向上させるために、最後まで
提供されるものです。QOLを上げるために
「もうできることはありません」ということは
”けしてありません”。医療ができなくなっても
まだまだできることはたくさんありますし、
それが緩和ケアなのです。

そうやって考えると看護師の皆さんが
緩和ケアに興味を持って下さるのも必然的と
感じます。「看護」と「緩和ケア」は、

「最後までできる」「ケアは生活の質の向上に
配慮される」という点で同じだからです。

最後までできるからこそ、「診取り」ではなく
「看取り」なのです。


できることをまた医療者の皆さんと考えて
いきたいと思います。
私が今現場からなくしたいと思う言葉は

「もうできることはありません」
(なぜなら医学的にできることはないと
しても、ケア・看護はできることがたくさん
あるから)



「病気を受け入れてもらう」「患者さんの
病気への受け入れが悪い」「説明内容の受容が
されていない」(人が受け入れさせるものでは
ないです。また別の機会に述べたいと思います)

です。


引き続き頑張って参りましょう。

一般の皆さんも、そういうわけで、このように
夕方からの講義にたくさんの医療者(特に
看護師さん)が参加しているなど、まだまだ
現場には熱心な医療者、看護者がたくさんいます
から、どうかご安心ください。

日本の医療は全然捨てたもんではありません。
必ず近くにも、熱心に皆さんのことを考えている
医療者(特に看護師さん)がいるはずです。
ぜひとも頼れる方を見つけてください。

最後は「人と人との信頼関係」で結ばれているのも
医療者と患者さん、ご家族の関係だと思います。
結局は「理論」や「データ」が人を動かすのではなく、
最終的に誰かを決断させるのは、「あの人が言うこと
だったら信じてみても良いかもしれない」という気持ち
からなのだと思います。普段からお互いにそういう
関係を築けるように、よいコミュニケーションを促進
したいものです。


それでは皆さん、また。
失礼します。