世界史オタク・水原杏樹のブログ

世界の史跡めぐりの旅行記中心のブログです。時々語学ネタも…?
現在の所
2014年9月 フランス・ロワールの古城
2015年3月 旅順・大連
2015年8月 台北(宝塚観劇)
の旅行記を書いています。


テーマ:

「物語 タイの歴史 微笑みの国の真実」
柿崎一郎:著 中公新書

特別展のおかげでタイのことをもっと知りたくなりましたが、あまり深入りしたくはありません。なので気軽に読めそうな本を探したら、まあこれかな、と思いました。

この本ではタイ族の国の起源を重視しているので、タイ族以前の歴史は添え物のようです。そして近現代の記述がかなりの部分を占めます。
なので、特別展でたっぷり見たドヴァーラーヴァティーのことは少しだけ。やっぱり図録を頼んでおいてよかったです。
ドヴァーラーヴァティーはモン族の国で、その後タイの南部の大部分はクメール帝国の支配下にはいります。

タイ族の起源は現在の中国の雲南省あたりで、メコン川沿いに南下して来て、各地に「ムアン」を作りました。小さな国、領地のようなものです。タイ族は現在のタイの国境の中だけではなく広い範囲に「ムアン」を作っていました。ラオスを作ったラオ族もタイ族とつながりがあります。

13世紀ごろ、チャオプラヤー川の中ほどに小ムアンを統合した大ムアンのスコータイ王朝が起こります。第三代のラームカムヘーン王はタイの歴史の「三大王」の一人とされました。

しかしスコータイが衰えると、その南のアユッタヤーが勢力を拡大し、スコータイにとって代わります。
スコータイは一時期ビルマに征服されますが、アユッタヤーのナレースアンによってビルマの支配を破ってアユッタヤーを再興します。これがタイの「三大王」二人目。

この時期のこの地域は、現在の国境とは全く違う様相をしています。この本ではそれを「マンダラ国家」という概念で説明しています。マンダラとは、中心の王都があり、その周辺に小マンダラが広がり、遠ざかるほど支配力が弱くなっていくというものです。ダイマンダラは小マンダラをたくさん支配するほど権力が強くなります。要は、どこがその「大マンダラ」になるか、と言うことです。アユッタヤーは大マンダラとなりましたが、ビルマが一時期とって代わり、そして再び大マンダラとしての役割を取り戻したのです。
ということで、この地域ではどの民族がどの国を建てたか、ではなく、どこが大マンダラになって周辺の中マンダラや小マンダラを支配するか、が重要でした。現在の国境は近代に西洋諸国の支配も絡めながら政治的事情で引かれた線であり、国境を越えて民族は散らばっているのです。

歴史を知るほど、国境線だの、固有の領土だのというものは、近代のパワーゲームの結果に過ぎないものだということを痛感します。

しかし、アユッタヤーは再びビルマに攻撃され陥落します。アユッタヤーの都は破壊しつくされました。

それを再興するべく、さらにチャオプラヤーの下流、河口から海路に通じる都を作って新しい王国をたてたのがトンブリー朝のタークシン王です。しかしタークシン王はクーデタで殺されそのあと新しく王になったのがチャオプラヤー・チャックリー。ラッタナコーシン朝ラーマ1世です。この後の王は実名はあっても、すべて「ラーマ○世」を名乗り、現在に続いています。昨年10月ラーマ9世(プミポン国王)が亡くなり、ラーマ10世が即位しました。

これが18世紀のことで、すでにアジアにはヨーロッパ人が支配の手を伸ばしていました。これからのタイの歴史は西洋諸国との駆け引きに終始します。近代化を進めるために王子の教師として英国女性を起用したモンクット王(ラーマ4世)はミュージカル「王様と私」で有名ですが、王自身サンスクリット語、パーリ語や仏典に通じ、西洋の天文学や科学や英語も学んだと言います。
英国女性アンナ・レオノウェンズの教育を受け、モンクット王の急死によって15歳で即位したのがチュラーロンコーン王ラーマ5世で、これがタイの「三大王」3人目。

アジア諸国が次々と植民地化されたのに対し、タイは独立を保ったと言われますが、次々と領土の割譲を求められ、王室は存続したものの領土はかなり縮小されました。
その後第一次大戦では最初様子見をしながら、アメリカの参戦を見て連合国側について、戦勝国となりました。

第二次世界大戦では日本との関係もあり、どちらにつくかでかなり混乱した模様。
当初は日本と協力関係を結びましたが、戦況が日本に不利になってくると、留学生を中心に結成された「自由タイ」が連合国と接触を図ります。終戦後内閣が総辞職して「自由タイ」創設の中心人物が政権を取ると、連合国側もタイに対する処遇に関してもめることになります。

タイで立憲君主制が確立されてからは、国の動きは王よりも首相や内閣が中心になります。ところが、タイではクーデターが何度も起こり、首相もそのたびに変わる、と言うことが繰り返されてきました。なので戦後のタイの歩みも波瀾万丈。しかも失脚した首相はよく国外へ亡命します。
最近、インラック前首相が国外逃亡したと非難されていますが、それはタイの「伝統」でもあったのだなと思います

現代になって行きますと、タックシン元首相の成り上がり物語も詳しく書かれます。
まずビジネスで成功をおさめ、とくに電信事業を独占して利益を上げます。そこで政界に転身。経済政策で人気を集めますが、やがて権威主義的な手法に批判が強まります。

想定外でしたが、近現代、特に戦後の歩みが詳しいので、現在のタイを理解するのに役に立ちました。
歴史って現在の世界を理解するのに役に立つことを実感しました。

 

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