アメリカ人の友人が婚約した。
ちなみに、夫になる相手は元メジャーリーガーである。
「元メジャーリーガーの妻」になる彼女のエンゲージリング(婚約指輪)と聞いて、私たち日本人が想像するものといえば、当然決まっている。
「まばゆいばかりの、デッカいダイヤモンド!!! お値段数千万円!!!」
だろう。
そう思い、念のために本人に「指輪見せて!」とおねだりして、スマホの画面越しに見せてもらった。
私:
「やっぱりアメリカだし、『Bigger is better(デカければデカいほど良い)』なの?」
"Is it really 'Bigger is better' in America?"
友人:
「もちろんでしょ! 私のは3カラットよ!」
"Of course! Mine is 3 carats!"
私:
「それって、やっぱりラボグロウン(人工)ダイヤだよね?」
"Is it a lab-grown diamond?"
友人:
「当たり前じゃない! なんでわざわざ、天然ダイヤのちっちゃい石ころなんか持たなきゃいけないのよ? 資産価値なんかどうでもいいわ!」
"Of course! Why on earth should I wear a tiny little natural diamond? Who cares about retail value!"
彼女は清々しいほどの勢いでそう言い放った。
やっぱり今のアメリカでは、ラボグロウンダイヤが普通なのかと詳しく尋ねてみた。
すると彼女いわく、あちらでは「メジャーリーガーの奥さんの指輪が、ラボグロウンか天然か」なんていう低次元の会話には、そもそも最初からならないのだという。
なぜなら「ラボグロウンであること」が大前提であり、みんなお抱えのプライベートジュラー(宝飾業者)は同じところを使っているからだ、と笑っていた。
彼女たちにとって、婚約指輪は「ラボのBigger one(デカいやつ)」を選ぶのが当たり前。
それよりも、挙式をいかに自分たちらしい特別なものにするか、そして結婚式の写真にどれだけ美しく映るか、という部分に全力と全財産を注ぐらしい。
人生最良のその日のために全力で痩せ、顔にボトックスを打ち、エステに通い詰める。
ジュエリーという「モノ」に大金をかけるよりも、そっちの「体験」や「自分磨き」にお金を使う方が、よっぽど価値があるというお国柄なのだ。
日本では今、結婚式市場がどんどん縮小し、価格競争でブライダル会社が泣いていると聞く。高齢化社会に伴って、今や結婚式屋よりお葬式屋の方がよほど儲かるらしい。
しかしアメリカでは、結婚式産業というのは今でも「人生で最もお金を費やすべき当然のイベント」として君臨しているようだ。
人生の記念を、誰が見てもハッキリと写真に残る「巨大なダイヤ」で飾る!
と考えるのも、映え命のアメリカ人からすれば、もはや至極当然のロジックなのだろう。
そんなスケールの大きな話を家に持ち帰り、夫に話してみた。
当の夫はといえば、ジュエリーだろうが、着るものだろうが、結婚式だろうが、基本的には「何でもいい(こだわりゼロ)」というスタンスである。
そりゃそうだ。
彼はスポットライトを浴びたければ、シーズン中は毎日でも浴びられる特殊な環境に生きている。
ひとたびタイトルなんかを受賞した日には、ニュース番組に取り上げられるほどのメディアが押し寄せ、そのたびにプロのヘアメイク集団がやってきて自分を完璧に仕上げてくれる。
そのへんの素人が一生に一度だけ大金を払って行う結婚式よりも、よっぽど派手で豪華な「なんらかの式典」に、誰かがお金を出してくれて、自分はただ「主役」として参加するのが当たり前の日常なのだ。
そんな夫からすれば、プライベートでキラッキラのダイヤを買うことも、挙式の細かな打ち合わせを重ねることも、
「……え、一体何のためにやるの?」
と、本気で首を傾げたくなる案件なのだろう。主役慣れしている男の感覚というのは、実に淡白なものである。
それでも、私がイギリスのジュラーからサンプルで触らせてもらっている最高クラスのラボグロウンダイヤ(4C)を見て、夫は、
「おぉ、なんかこれはすごいなぁ👍」
と感心している。
人工であろうが天然であろうが、あの透明に光る石ころが持つ怪しい魅力というものは、やはり計り知れないものがある。



