帆70年オフ:創設③

 

スコットはエクスパンション・ドラフト時点では31歳。

ここ2シーズンほどスタッツを落としており、スクワイアーズで2年プレイして現役を引退します。

 

【70年5月末】

 

NHLにバッファロー・セイバーズが誕生。

6月のドラフトではギルバート・ペローというスター選手を指名しました。

 

セイバーズはすぐに市とリース契約を結び、ホーム・アリーナとなるバッファロー・メモリアル・オーディトリアムを1万人規模から約1万6000人規模へと拡張する大胆な計画を進めます。

ブレーブスもこのアリーナを使用することになるんですが、この時点ではオーナーがいないブレーブスは、これらの計画に関与していません。

 

ブレーブスとは違い、ドラフトでスターを獲得し、アリーナも改修。

このセイバーズの存在がブレーブスにとって厄介なものとなるんですが、そこはまた追って。

 

【小さなトレードも】

 

金銭の見返りに、ニックスからネイト・ボウマン&マイク・シリマンとの交渉権を獲得。

これはエクスパンション・ドラフトの際、ニックスがプロテクトしきれない選手をブレーブスが指名しない代わりのお礼です。

 

ボウマンはキャリア4年のC。

ここ3シーズンはニックスにいましたが、ミニッツが平均10分を超えたことはありません。

 

シリマンはドラフト指名されたのは66年ですが、これまでNBAでプレイはしていません(6フィート6インチのF)。

この人は陸軍士官学校の出身なので、兵役などがあったかも(ボビー・ナイトの指導を受けています)。

67年の世界選手権、68年のメキシコシティ・オリンピック、70年の世界選手権に出場しています。

 

【オーナー決定】

 

開幕前日(70年10月10日)にポール・スナイダーという人が400万ドルでチームを買収。

新たな初代オーナーとなりました。33歳と若いです。

 

スナイダーは、それまで一度もNBAの試合を観戦したことがなかったという人なんですが、NBAから打診をもらい、プレシーズンの最終戦を息子さんと一緒に観戦。

試合を観て、スナイダーはオーナー就任を決めました。

 

この試合はブレーブスとシクサーズの対戦で、ブレーブスがOTの末にブザービーターで勝つという劇的な展開。

のちにスナイダーは、「その夜、ブレーブスは終了間際のラストショットで勝った。あれは忘れられない。本当に興奮したし、それが決め手になった。だからチームを買ったんだ」と語っています。

 

スナイダーは、バッファローに拠点を置く冷凍食品会社フリーザー・クイーン・フーズの創業者。

この年の春、スナイダーはその株式の過半数をナビスコへ2200万ドルで売却しており、買収資金はそこから捻出されました。

(この事業成功による潤沢な資本が、フランチャイズの安定化を可能にした…というか、これを知ったNBAがオーナー就任を打診したという感じでしょうか)

 

「私は人生の絶頂期だった。事業を売却したばかりで、世界一幸せだった。たくさん不動産を所有していた。だから、絶好調だったんだ。大学ではスポーツ選手だったので、知り合いも多く、ラルフ・ウィルソン(NFLのバッファロー・ビルズのオーナー)とも友人だった。スポーツに夢中になったんだよ」