ssage body

 奥熊野いだ天ウルトラマラソンから2日経過。。。階段を降りるのが難儀です。。。太腿が痛い。。。エスカレーターを探してばかりです。。。
 
 ストレッチを毎日やりこむようになってから大会後の筋肉痛からは無縁になってはや2年近く。最後に大ダメージを受けた大会は2016年6月のいわて銀河。それからは大会翌日でも普通に動けるようになったものだが、今回は相当に無理をしたのか、あるいは奥熊野のコースの建付けが厳しいのか。2年前この大会でサブ10を達成した時もレース後の筋肉痛はひどく、修復に5日は要したか・・・なまじ走れる坂が連続するからですかね。両足親指の爪は完全に死んでいて、その内、剥がれそう。どうも靴紐の締めが甘くて、靴の中で足が動いていたようだが、下り坂があそこまで連続しなければここまで悪くはならなかったようにも思う。。
 
 では個人編です。
 
1.      前日観光
 今回は新宮で途中下車して世界遺産三昧をすることにしていた。熊野本宮は新宮駅から1時間の移動を要するのでパスし、駅近の速玉神社、神倉神社(神武天皇東征の際、ここに登ったという)、新宮城に周辺スポット2か所も加えれば、まずまずよい滞在になると見込んだのである。
 新宮到着が11:35。駅前に観光案内所があり、どうもレンタルサイクルがあるようだ。ラッキーと早速申し込む。500円。これでレース前日に足を使わないですむ。普通に歩くとトータルで5キロくらいになるかなと見込んでいたところだ。
 
 駅前の「徐福寿司」でサンマ姿寿司と目張寿司を注文。サンマの姿寿司はインスタ映えするが、お頭としっぽのところは食べられない。650円。爽やかな味だし、まぁいいかな。昼時ということもあり、タイミングが悪くて入店を断られるグループ客もいた。個人客はこういう時、楽ですね。
 
 
 
 そこから神倉神社に移動。チャリだと直ぐに到着。ここはエグイ参道があるという評判で、口コミによると足の弱い人や靴の備えのない人は回避するべき、とか登り切るのに30分かかっただとか、恐ろしげなことが書いてあったが、私は5分で登ってしまい拍子抜け。トップからの眺望や御神体のゴトビキ岩はさすがによかったが、いってしまえばそれだけ。頂上で10分もいればいいかな、というところか。
 
 
 次に速玉神社に移動。自転車で5分程。熊野三山のひとつ。非常に新しい作りで、美しい。境内を囲む大木も素晴らしい。しばらく涼んでまったりするが、飲食ができるわけでもないので、20分くらいで退去。ま、神社ってそういうものでしょうね。神宝館もあったが、私の知識でみても仕方ないと思いパス。
 
 
 ここから海側に移動して新宮城に。熊野川の水運を利用した繁栄ぶりを偲ばれる石組みだが、今はすっかり静かで、何とも物悲しいです。それなりに感じるところはあるものの、20分程度で見学終了。どうにもペースが速い。。
 
 
 
 まだ14時前。15時30分の普通列車で勝浦に移動する予定(14時台の列車は特急なので、特急料金が必要)だから、時間がだぶついている。しゃーない、阿須賀神社も行くか。世界遺産だしね。変哲もない市街地(そして誰もいない)をチャリでいくと5分で到着。拝殿があるが、それだけであって2分で見学完了。はぁ・・・それぞれきれいなのだが、こう、深さがない。いつまでもそこにいたいと思わせるものがない。このエリアをリピートする人はいないでしょうね。新宮の方々、低評価で申し訳ないです。
 
 
 まだ時間があるので駅傍の徐福公園にいく。秦から渡来したとされる方士徐福を顕彰する公園で、徐福像が置いてある。一般に徐福といえば始皇帝から資金をもらい、そのまま逃亡したずるい人、みたいなイメージだが、ここでは戦乱の中国を嫌い、東の楽土に逃げてきた平和愛好者となっていて、「見方が違うものよ」と感じたものである。
 
 
 そういう感じ方はしても、することがない状況はそのままであり、14時20分にはチャリを返却。暑いので駅前の茶店でタピオカをいただき、時間を潰す。外に外国人旅行者3人が寛いでいる。こういう町に来て、内心が昂ぶるとかあるのかな?
 
 
 
 
 どうやら時間を潰し切って、15時半に列車で移動開始。勝浦には直ぐに到着して、指定された民宿にチェックイン。
 
 直ぐに出かけることにして、港のそばで足湯を楽しむ。眺めがいい。周囲にいるのはランナーばかり。レースの様子とか荷物預けの要領を訊いている人が多い。初参加者か? ほとんどの人は前夜祭出席のため移動していくが、私は気ままに夕食を楽しみたいので、前夜祭は欠席。近くの魚料理店(大会側からランナー優待があると告知のあった「いちりん」)でまぐろ丼とクジラ竜田揚げでまとめる。優待はミカン一個。前回は別のお店でマグロ南蛮をしっかりもらえたが。。。不況?の訳はないよね。。。お土産調達も済ませ、部屋に戻り、準備も完了。
 
 
 
 宿について少し。様子を書けばどこの民宿か直ぐに分かってしまうが、今回宿泊したところへの私の評価は高くない。次回以降の宿予約をどうしようかと思うほどである。新宮エリアのホテルも検討すべきではないか・・・その理由は、
 
・本館と別館に分かれており、私が案内されたのは別館。風呂は本館にしかない。雨の時は困りそう。
・浴衣やタオルは有料レンタル。(聞いてないです)
・部屋にお茶、茶菓子なし。コップもなし。
・廊下を通る人の足音が聞こえすぎる。
・私が入浴していると、宿のスタッフと先に風呂を出る人との間の会話が聞えた。
「中にまだ人いますか?」
「一人いますよ」
「女性グループ客が大勢チェックインして、女性風呂が手狭なので男女の設定を入れ替えようと思いましてね」
そういえば、先程、外国人の女性団体が到着したところだったな。。。
で、身体を拭いて、更衣室を出るとちょうど女性客が入ろうとする瞬間ですよ、奥さん。私がまだ中にいるのに、それを知っているのに、「女性風呂」と表示されている。せめて最後の男性客が外に出るまで待てないのかな? 中を覗いて確認するだけのことでしょう? 浴室を出るのが30秒遅かったら、女性客が私の着替え中に入ってくるところで、そうなったら、私は痴漢扱いされたのですかね。
・布団がペタンコで寝られない。とことんベッドに身体が馴染んでしまっているということもあるのだろうが・・・
 
 21時に焼酎を飲んで取り敢えずは就寝しました。
 
 何というか高評価イベントがない一日ではあった。。
 
2.      当日序盤(20キロまで)
 眠りは浅かったようで、0時過ぎには目が覚めてしまう。そこからは寝転がりながら過ごす。意識が沈殿した瞬間もあったのかもしれないが、自覚的には「十分には眠れなかったな」というところ。2年前も咳がひどくて碌に寝られなかったから、あまり悲観材料とすることもないか。ウルトラの場合、排泄状況もカギになるが、この日は全く動きなし。下痢よりはいいか。
 
 4時前に送迎バスがきて、那智山に移動。前回は荷物の本体をホテルに残したが、今回は全部持ち。さらにゴールが遅れてしまう可能性を考慮し、着替え一式全てをドロップバッグに入れておく。私はスーツケースでパックしているので、開け閉めがやや面倒、ゴール後速やかに移動できるように(つまりは入浴時間がないことを鑑みている)との配慮である。結果的には用意周到ということになったが、こういう用意周到はできれば不要のままでいてほしいもの。将棋を指す人間らしいとはいえるかもしれない。
 
 スタート地点の那智の滝まで降り、護摩の札を火にくべる。滝の冷気でとても涼しいが、ここだけの局所現象だろう。地元の方々の太鼓の演奏等を聴きながら、時間を過ごし、5時ちょうどにスタートした。
 
 前掛かりのランナーが多く、私が階段から道路に出たのは30番目くらい?(前回は11番目) 皆、気温の低い内に距離を稼ぎたいのかガンガン飛ばしていく。私はそこまでではなく、息がはずむ程度のペースで押している。快晴で朝日がくっきりとした光球となってみえる。太平洋が美しい。。。最初の5キロは26:48で通過。この大会、明らかに最初の20キロは距離表示が正しくないし、終盤も怪しいところがある。どうも坂道の距離計測が正規のものではないのか? GPSに対し思いっきり大きな距離が表示されている。20キロ表示のところで実際は18キロ、仕上がり100キロとされているところで95キロくらいか。8キロ登りを続けた後、12キロにわたり500Mの降下があるのだが、10キロ過ぎから私のGPSが狂い始める。1キロのラップが2:51、3:28とかあり得ない数字を刻み、極め付きは0:43。。。おいおい・・・これじゃ自動車だよ。でも、15キロでGPSと大会距離表示がびっちり合致したのは怪我の功名か? 山中だから狂ったのだろうか。
 
 程々にかっ飛ばしているが、どうも左足ふくらはぎに緊張がある。この部位はとことんストレッチで柔らかくなっているはずなのだが。。左足親指も動いているような感じで据わりが悪い。どうも靴紐が緩んでいるか。停止して結べばいいだけのことなのだが、先を急いでしまう。愚かであった。
 
3.      当日前半(40キロまで)
 平地に出てペースダウンをするが、十分には落ち切らない。排尿はしっかりしたはずだが、暑さを考慮してエイドでの給水をしっかりしているためか尿意がくる。空いているトイレですませると、緊張が緩和され、走りにはよい効果があった。29キロ長井のエイドでドロップバッグからジェル等を取り出し、消炎剤を足に吹きかけておく。この辺りは事前の設定ペースには及ばないが、2年前と同様のペースで推移している。30キロ通過時点でサブ10ペースに対し▲20分弱。このまま粘り切れればというところ。
 
 35キロ(=65キロ組のスタート地点)で選手達の大声援をもらう。まだ登りが継続しているが、頑張って走っている。65キロ組は8時15分スタート。私は8時9分に通過。65キロの優勝候補は女性で、凄まじい走りを見せることは2年前にもよく知っているのだが、今回は直ぐには追いついてこない。もしかすると私が飛ばしすぎているのか?とも思う。40キロまで追いつかれることはなく、この時点でサブ10ペース比▲22分弱(=3時間38分で通過)となる。ここから激坂が始まるのである。
 
4.      暑い・・・中盤戦
 40キロからの坂は、3年前は余裕でこなし、2年前は苦しみながらクリアした印象があるのだが、今年は四苦八苦、隠忍自重、臥薪嘗胆という感じの苦行。日差しが直撃しており、温度上昇も実感され、パワーが出ない。突っ込みすぎたか・・・と悔いをこの日初めて感じた。頂上のエイドで恒例のビールをいただき、お絞りで冷やして気持ちは回復するが、足がなくなっている。45-50キロは下り基調なのに29:49を要する。太もも付け根に緊張がある。さらに脚の爪の違和感がひどい。私のシューズ、ニュートンは中足骨の当たるところにアクチュエーターと称するゴムの突起がついていて、これが前傾を促進するとされている。そのせいか爪への当たりがきつくて、黒爪ができやすい。庇うために足指を丸めると、太もも以外の各所の筋肉に緊張が波及しそう。どうしろと・・・
 
 50キロ通過は4時間45分。15分の貯金があるとはいえ、先の展望は既に失われていた。。 
 
5.      減速
 『ここはeffortlessしかないな』・・・頑張らずに足を真下に降ろし、腕振りのみを意識する。5キロのペースは32-33分台になり、このままだとサブ10は無理だが、どうせこの快晴、高温では無理。しばらくすると回復するかもしれないから、この状態を維持することだな、と腹決めする。
 小坂村のエイドを過ぎると山頂までの折り返しになる。例年だとランナー同士激励をかわすのだが、今年は暑すぎて苦しすぎて、90%くらいの人が無言。厳しいですね。。前後のランナーは固定している。2年前だと60キロを過ぎると単独走が大抵だったが、ペースダウンした今年はエイドで抜かした人が追いついてきて抜かす、というパターンばかりで、前後は常に誰かがいる。折り返して下りが続くが速度は戻らない。登ってくる人は疲労困憊。コスプレの女性のメイクが流れてしまい、可哀想なことになっている。エイドで水を被るしかないから仕方ないよね。私も日焼け止めはとっくに流れ落ちている。被り水が全エイド装備なのはありがたい。これが昨年の「えびすだいこく」のように稀にしか出てこないようだと、仕上がりは12時間前後になっても不思議はない。この大会、コース設定はかなり厳しいがエイドの手厚さでタイムを稼げているというところは、他の大会との比較で間違いなくある。
 
 65キロ地点で最後尾ランナーがいて、その後ろを運営車両が追尾していたが、流石に完走はできないよね。
 
6.      ついに回復せず
 理屈上は60キロから80キロはずっと下りでタイムを稼げるはずなのだが、過去2回は5キロ30分維持が精一杯で、40-60の坂で足が削られていることを認識することになる。今年の削れ様はさらにひどく、effortless modeを持続しているにもかかわらず、戻ってこない。景色は、澄んだ水流、水田、山々と素晴らしいが、活力を支えてくれない。70キロのエイドにはビールがあり、過去はいただいていたが今年はやめ。水をたっぷりいただくが、直ぐに喉の渇きが襲ってくる。。。熱射病だったか? それでも戦意は旺盛で、足が止まることはない。というよりも止まると日曜日中に東京に帰れないので、頑張るしかないのだ。仕上がり想定タイムがどんどん後ろ倒しになり、15:40を越えるかも?というところか。この時間だと、ゴール後の温泉は混むだろうし、那智勝浦まで送迎タクシーも混むかな? 新宮経由だと時間を稼げるけれどゴール地点からより遠い新宮に本数があるか? それに自由席で帰るつもりだったのだが、始発の紀伊勝浦で自由席が埋まってしまうようだと辛いことになる。やはり勝浦戻りがよいはず。となると風呂の省略もしかたないか。。などと考えながら足を進める私である。
 
 ロード上では私を抜かしていく人達がほとんどで私は誰も抜かせない。しかし、これらの人々はエイドでじっくり休んでしまう、あるいはしばらく立てないかという状況であるようで、何だかんだで同じ人に何度も抜かされるが、段々と抜かす人の数が減っていくという展開。根性を誉めてもいいかもしれないが、走っていて凄く楽しいわけではない。いよいよ85キロからの7キロに及ぶ坂が現れる。歩きを決め込んでいる人達を躱しながら前進する。ラップは前回に全く及ばない。特に91-92キロの坂は大変な坂なのだが、私は11分以上を走りながらも要している。息も絶え絶え。前回は90-95を29分台でクリアしているのだから、同じ人間とは思えない出来だ。でも、これだけ遅くても登りの間は先行者を抜かせる。92キロ以降は激下りとなり、私には体重、重力を支える筋力が残っていない。過去2回はパスした第31、32エイドも今回は立ち寄り、お礼を述べる。平地に戻り、速度がやや回復してゴールの補陀洛山寺を目指す。ここでも抜かれまくられ、悲しい。ゴールで私の紹介がなされて、完走を讃えてくれるが、本人は微かに首をかしげながらのテープ切となった。それでも、切れないで走ったのでよかったかな。。。
 
7.急いで移動
 ゴール後、トン汁、うどん、ぜんざい、アイスクリーム、各種清涼飲料、ビールをいただけるのだが、気温が高すぎてトン汁、うどんは手が出ない。まずはアイスだろうな。ビールは回ると大変なので回避して、ウーロン茶、お代りにアイスコーヒー。これで十分。冷たいうどんがあれば嬉しかったけれど。。。
 
 直ぐに移動準備にかかり、16時20分には勝浦駅前に辿り着いている。前回はまぐろ丼をいただいたが、この日は食欲が全然ないし、時間的な余裕も気になるので、コンビニで納豆巻きとシーチキン巻を購入して弁当とし、駅前の足湯で寛ぐ。黒爪がひどいけれど、低温ヌルヌルのお湯に癒される。
 
 
 紀勢線特急南紀8号では無事に自由席を確保でき、熊野灘を眺めながら名古屋に戻る。万事順調ではないにしても思い出深い大会ではあった。次の機会があるようなら、白浜でパンダを観てから現地入りをしようかと思う。熊野本宮はいかなくてもいいでしょう。。
 
 
8.おまけ
 今回の移動はどうも不本意なことが多かった。
 
「往路の南紀1号」
 後ろの席の女性(大会参加者かと思うような雰囲気だったが)が両足を窓際のハンドレールから私の席にまで伸ばして寝ているんですよ。陽光に輝く熊野灘を観ようとすると否が応でも足が目に入るんですよ。どう思います?
 
「復路の南紀8号」
 新宮で自由席に大量乗車。それは仕方ないとして、老人の登山服を着たグル-プ。席を4人一纏めにしたいらしいが、私がいるので差し向かいの席にできないとか言っている。10人以上のグループで一両しかない自由席で気ままに席を確保できるわけがないし、したいなら始発にのればいいと思うが。登山者らしい話ぶりながら、神倉神社は怖くて上まで行けなかったとか・・・500段の石段を昇降できなくて3000M級の登山論議とは・・・聴きたくもない話を大声でずっとしているので、私は眠れない。他にも空いている席があるのに男性の老人が私の隣の席に座る。往路の女性と同様、他人との空間共有が下手な人で、肘をやたらに水平方向に展開していて、私の空間領域(=手すりから手すりまでの間)にずかずかと入ってくる。。なんで後から来た人にこういう目に遭わされるのかなぁ。。。団体ならではの騒々しさで落ち着かない。敬老者の席取りニュースを思い出してしまった。これだけ元気なのだから、医療費減免とか老人パスは廃止して、子育て世代、教育費に予算を回すべきと改めて思った。
 
「復路ののぞみ」
 エクスプレスカードのポイントが貯まり、有効期限が近付いているので名古屋からののぞみをグリーン車にした。(他の使い道がないのだ) 美しいアテンダントさんもいらして、広い席は快適。直前の不本意な移動は忘れよう、としたのだが、トドメが。。。斜め前のカップルの内の男性が終始ぶつぶつ独り言をつぶやいている。普通に紳士っぽい外見なのだが。。。
 
 今回は人間観察の場を与えられたと総括するのがよいのだろうか。