私は、今も、ときどき保育士をすることがあります。また、保育士さんを育てるスクールに少々関わったことがあります。

その現場で気になるのは、保育士による「保護者の愚痴」です。

・あのお母さんは外出好きだから子どもが疲れてかわいそう
・あのお母さんは一人娘を大事に大事に育ててるからねぇ(嫌みたっぷりに)
・最近の母親は甘やかし過ぎる傾向にある
・最近の母親は「家事」がちゃんとできない
・どんなに忙しくても子どものことを考えたらお弁当は苦にならないはず


こういった愚痴が聞かれることが多々あります。子どものことを思うからこそ出てくる愚痴もありますし、子どもの前に愚痴った後、「ごめんね」と子どもに謝る保育士さんもいますが、やはりあまりに安易に子どもの前で愚痴られる環境には驚きを隠せません。

保育士だけではありません。『最近のお年寄り』も、よく『最近の若いお母さん』の愚痴を言いますよね。

でも、本当にその「最近の若いお母さん」が悪いのでしょうか? 「最近の人」が、確かに「我慢強くない」「母親になりきれない」という傾向があるのは確かだと思います。でも、それも環境がそういう人間を作ってきたとも言えます。寒いと思ったら、すぐにエアコン。数分も待たずに食べられる外食。ちょっと小腹が空いたらすぐにコンビニ。何でも便利になってきています。

また、核家族化してきた昨今、親戚や身近な人が「子育て」をしている現場を目にしてきた経験があるわけではありません。みんなそれぞれ試行錯誤しながら子育てしているのです。


みんながみんな、子育てをいい加減な気持ちでしているわけじゃありません。
みんながみんな、子どものころ親から愛情を受けたわけではないのです。


シングルマザーへの偏見や、レベルの高い「母親像」を求める声にも驚くことがあります。先日、話をした初老のご婦人は、流行りの「嫌がらせ弁当」を引き合いに出して、「母子家庭でも、ちゃんとお弁当を作るべき」などと話しておられ、ご自身も「介護と仕事をしてきたけど、私もお弁当はちゃんと作ってきた」と自慢げ。

でも、夫婦揃って経済的に恵まれている人が「介護をして忙しくて大変」なのと、傷つき疲れ果てて経済的にも恵まれないシングルマザーとは、比較できるものではありません。レベルの高い「嫌がらせ弁当」を引き合いに出して、シングルマザー批判っていうのはいかがなものでしょうか。私も、食生活を大切に感じていたので、お弁当はがんばって作ってきましたが、それは恐らく、実母や叔母にサポートしてきてもらえたからできたことです。


離婚してシングルマザーになった人の多くは、親から愛情を受けられず(感じられず)に育ってきた女性です。


両親から愛情を受けて育ってきて、結婚後は経済的にも精神的にもオットに護ってもらってきた主婦の方には、恐らく、愛のない結婚を選んでしまった人の気持ちはわからないものです。私もよく「私は我慢したのに」「最近の若い人は仕事があるから簡単に離婚する」と、事情もよく知らない人から批判されました。

独身の間に、「インナーチャイルド」と向き合い、愛情を受けられなかった悲しい過去に立ち向かい、何らかの形でクリアにできてから結婚できたら、素晴らしいと思います。でも、それはもの凄く困難なことです。


見たこともない、知らないものを生み出せと言われて、作ることができますか?
受けたことのない愛情を、子どもに与えろと言われて、与えることができますか?



人はそれぞれに違う課題を持ち寄って、この世に生まれてきます。愛のない家庭で育った子どもに罪はないのに、その子がオトナになって愛のない状態で母をやろうとしているのを、批判するのはいかがなものでしょうか。


かわいそうな子どもへの愛情があるのなら、その優しい眼差しを「かわいそうな保護者」に向けることはできないものでしょうか?


「ひとり親」を、問題視、問題家庭扱いするだけの、保育士や教育関係者もいます。

愛情を伝えられないママや、子育てに力を入れられないママは、それを平気で批判できるほど、恵まれた環境で育ってきた保育士にとっては、想像を絶するような環境で育ってきた人たちです。自分の人生をとてもがんばってきた人なのです。

想像もつかないような苦しい状況で育ってきたのに、そこから何とかしようとがんばっているママたちを、安易に批判しないで欲しいのです。彼女たちにしか見えない景色があります。自分の立ち位置からしか物事を見ることができない保育士や、教育関係者たちが、さらにシングルマザーたちの心を追いつめてしまう可能性がある……ということに、気づいて欲しいものです。

また、ニュースや、わが子の話だけを鵜呑みにする年配の方に、お聞きしたいことがあります。ニュースで取り上げられている「最近の○○」を鵜呑みにして実際の若い人達とコミュニケーションを取ることなく、その世代全体を批判すること、愚痴ることで、何かが変わるものでしょうか?

愚痴るのは簡単です。人の行動の裏にある「なぜ?」の部分を想像してあげることなく、行動だけを批判する人が世の中に増えることで、ますます、その世代を追いつめることになるとは思いませんか?

ニュースで手に入る情報は一部です。全体のなかのほんの一部なのです。しかも、取材をして聴き取ったその内容のなかの一部しか、放送(掲載)できないものです。さらに、媒体のフィルターを通し、色が加えられます。その、加工されたわずかな情報でジャッジし、固定観念を身につけている「最近のお年寄り」のほうが、問題があるかもしれない……とは思いませんか?


子どもがかわいそうだと思うのなら、その子どもが大きくなったときの姿だと思えば、保育士はもっと、保護者に優しくなれるのではないでしょうか? 保護者だって、その人なりにがんばっているのです。

「どんなに忙しくても、お弁当を作る」ことによって、そのシングルマザーさんががんばり過ぎて癌になって、早く亡くなったとして、その責任を取ることはできますか? シングルマザーがしんどいのは、時間的なことや体力的なことだけではありません。精神的にとても大きな負担を抱えているものです。ひとり親を経験したこともないのに、主婦なりの忙しさと比較して批判するのは、まったくの検討違いです。

がんばれないお母さんを責めることで、そのお母さんの最後の笑顔が消えてしまったら、その子どもたちは、もっとかわいそうだとは思いませんか? 

安易に批判したり責めたりするぐらいなら、その保護者をサポートする方法を提案したり活動したりしてから、言ってもらいたいものです。

子どもを育てるのに大切なのが「叱る」より「ほめる」ことだと知っていながら、「やさしさ」よりも「批判」「愚痴」の心を、「最近のお母さん」に向けること。「人を育てるプロ」である保育士としていかがなものかと、かなり疑問を感じていますしょぼん

何よりも、子どもの前で親のことを愚痴ることは、本来、あってはならないこと。言葉の内容がわからなくても、きっと何らかの形で伝わっているのではないでしょうか。


   
※追記です

「批判されても仕方のないような母親もいる」というツッコミがありました。確かに無責任な母親もいるでしょうし、甘えたシングルマザーもいることも知っています。「誰も悪くない」という話ではなく、誰も何も批判してはいけないという話でもありません。そして、「赦せる範囲」も、人によって違うでしょう。今回は、主題が違いますので、そこを追求すると話がややこしくなりますので、今回は深く掘り下げません。あくまでも、「保育士が安易に保護者の愚痴をいう風潮」へのメッセージです。