この秋、私にとっては恒例の、村上春樹さんの「1Q84」を読むつもりが、いろいろ魅力的な小説を知人から教えてもらったおかげで、あちこち寄り道し、それができないでいる。加えて村上春樹さんのラジオ番組でも、自身のいろんな小説が取り上げられたので、それらを読んでいるうちに、読みたい小説が溜まって、あたかも30年ほど前のアメリカ映画、「フィールドオブドリームス」の最後の場面、トウモロコシ畑を切り開いて作られた野球場に向かう一本道、そこに人々が向かうために連なる車の列のように、読みたい本が渋滞を起こしている。

 

さて、先日読み終わったのは、村上春樹さんの「ノルウェイの森」で、これは村上radio(現在月1で放送されている、村上春樹さんがDJを務めるラジオ番組)の企画「Music in Murakami 村上作品に出てくる音楽」のパート1および、パート2でも、この小説に出てくる音楽がいくつか取り上げられたので(それに対して、「1Q84」、「騎士団長殺し」からは一曲も選曲されなかった)、これはやはり「ノルウェイの森」は村上さんにとって、よほど思い入れがあるに違いないと判断し、読むことにしました。といっても、この作品についても私は過去に何度か読んでいます。

 

と言う感じで、今回読んで印象に残ったのは、作中に出てくるみどりさんという女性のお父さんのことでした。みどりさんのお父さんは、まともな人なんだなあと感じました。みどりさんのお父さんは、脳腫瘍の術後、ベッドで意識朦朧としているのですが、その中で、主人公と交わしたコミュニケーションであったり、みどりさんから語られる、昔のお父さんとの逸話等から総合して、そう感じました。具体的には、夫婦関係が健全であること、娘に対して果たすべきことを果たしていると私が感じた事、最期主人公と接する場面でも、生きていることを感じさせる人だったということ・・等からです。例えば、みどりさんは何度も家出を繰り返したのですが、そのたびにお父さんは家出先に迎えに行き、みどりさんに「どこに行っても一緒だぞ」と言います。

 

「ノルウェイの森」には姉妹が出てきます。それはみどりさんと、そのお姉さんの桃子さんです。ヒロイン?の直子さんにもお姉さんがいました。考えてみると、村上作品には、姉妹もよく出てきます。「ねじまき鳥クロニクル」には、加納マルタと加納クレタの姉妹が出てきます。「ねじまき鳥クロニクル」のヒロインのクミコさんにもお姉さんがいました。村上作品の中で、何と言っても、姉妹の話を中心に据えていると感じるのは、「アフターダーク」です。「1Q84」の青豆には姉妹はいませんが、女性の友人が何人か出てきます。私には姉妹はいませんが、小説を読むと、姉妹というのは互いにどういう存在なのか、少し感じることができます。そういえば、よしもとばななさんの「どんぐり姉妹」も姉妹の話でした。これらには何か共通するテーマがあるように感じられます。

 

きょうだいというのは、1人子もいれば、いろいろな組み合わせがあります。いろんな小説でいろんなきょうだいが描かれています。それぞれの中で、共通するテーマが感じられるのはおそらく、そこに昔から代々受け継がれてきたパターンのようなものがあるからかもしれないと思います。人は誰しも、そのようなものからの影響は、ある程度は逃れようがないのでしょう。そこから少しでも自由になって生きられたらよいのだと思います。見回してみれば、逃れられないことだらけです。だったら少しでも自分に誠実に。そうやって生きることができたら、最期、みどりさんのお父さんのように死ねるのかもしれないと思います。たとえその最期、体中が手術で切り刻まれることになっても、医療器具が体中につながれる状態になるとしても。