225.バレンタインデー | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

225.バレンタインデー

─私は、あなたが好きです。付き合ってください─
学生時代に使っていて、使い切れずに引き出しの中に入れっぱなしだったルーズリーフに、何度も何度も書いた。
小学生の頃男の子に電話する際やった予行練習のように何度も何度も。
お決まりの台詞だ。
忘れることもない、間違えることもない、だけど、ずっと言えずにきた言葉だ。
今日私はこの言葉を口にするのだ。
書いても書いても書き足らなかった。
出来ればずっとこのまま側にいて欲しい想いは、捨てられずにいた。


<19時くらいに大阪に来れるか?>
彼から連絡が来る。
<わかった>
溢れんばかりの想いは、そっけない一言へと形を変える。


19時ジャスト大阪駅到着の電車に乗り込む。
チョコレートを入れた鞄は軽く、持っているという実感はない。
鞄の中に大金でも入っているかのように抱え込み、だけど押しつぶさないようそっとそっと抱いた。


19時、大阪駅。
改札を出てから少しして立ち止まる。
忙しなく私の四方八方を人が通り過ぎてゆく。
街へ出て、世界はこんなに忙しく回っているんだなと改めて思った。
流れる時間、作る時間…。
<もう着いてる?俺、もう少し仕事しなあかんようになった>
彼から遅れるというメールが来た。
<ずっと待ってるから、終わったら連絡してね>
<何時になるか解らんよ。大丈夫?>
<待ってる>
<出来るだけ早く行くからな。知らん人についていくなよ!>
<そんな馬鹿じゃない!!>
<飴ちゃんくれる言われても着いていくなよ>
<解ったから、さっさと終わらせろよー!>
<あんまり歩きまわるなよ>
久しぶりに来た大阪は、随分と変わっていて、当てもなく潰す時間を駅構内に定めた。
駅内もまたいろんなお店が出来ていて、いつまででも待てそうなそんな気がした。
洋服屋を覗いてみたり、雑貨店や花屋などを徘徊する。
時刻は19時30分。
逸る気持ちは、なかなか思うように時間を潰させてはくれなかった。


駅構内のカフェで、長ったらしいタイトルをつけられた飲んだ感じ普通のカフェオレを飲みながら、隣の本屋で買った小説を読む。
ふぅ~っと、一息ついて顔を上げると、店内のお客さんはいつもガラリと変わっていた。
長居しているのは私だけかな…。
読み終わった小説をテーブルの上に置く。
ホットカフェオレは、アイスカフェオレになっていた。
カウンター内にいる店員さんはとても忙しそうだ。
入れ替わり立ち代り、お客さんは入れ替わる。
ドリンクを受け取った客は、味わうことも腰を下ろすこともなく時計を気にしつついそいそと立ち去るのだ。
彼もあんな風に…。
この街にいると、今の現状を認めざるを得ないような感覚になる。
カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。
硬い紙が硬いものにぶつかる音が定期的に響いた。
私の直ぐ近くからだ。
音の元を探すと、私の鞄の中から。
鞄を開けてみると、マナーモードになっていた携帯がチョコレートの箱の上でブルブルと踊っていた。
「もしもし」
「ごめんごめん、今終わった。何処におる?」
「駅」
「え?!この2時間ずっと駅におったんか?」
「うん」
「風引いてないか?」
「カフェにいたから」
「そかそか、そっから大丸の方までこれるか?」
「どっち?」
「どっちでもいい、外でてぐるっと回れ、見つけるから」
駅の外に出て、駅にそって歩き始める。
辺りを見回しながらゆっくりゆっくり歩く。
「お姉さん、お茶でもしませんか~」
後ろから声を掛けられたが、聞こえていても聞こえなかったフリをするのが常識。
彼の姿を探して歩き続ける。
「そこのお姉さんってば!」
しつこいな!!
維持でも振り向かないと、どんどん突き進む。
「おぃ!おぃって!!」
後ろから声を掛けていた男に回りこまれる。
「気づけよ、馬鹿」
ずっと私に声を掛けていたのは彼だった。
「ぷっ、ナンパしてたんゆうじやったん?」
「普通声で気づくやろ」
「あんまり、あなたの声覚えるほど聞いてない」
「あぁ…それ言われると何も言えんわ」
「てか、普通に見つけてよ」
「お前、いつもナンパされたらあんな感じでシカトしてんのか?」
「そこまで安くない」
「今のナンパは安いですか?!」
「かなりね」
「ごめんな、こんなに待たせて」
「待つって言ったのはウチだもん」
「直ぐ、会社出たんやけど接待について来いって呼び止められてな…」
彼は、仕事が終わって今まで話を事細かに話した。
「で、調度バレンタインの話になって、今や!思て、人待たせてるんでって抜けてきた」
「それで通用するんや」
「最後の方は殆ど仕事の話もなかったしな」
「ふ~ん、それで酔っ払ってるわけね」
「解る?」
「十分、顔真っ赤やで」
「ごめん、そんな飲んだ積もりはなかったんやけど」
「いいよべつに」
「あかん!ちょっと、店入ろう。酔い冷めるまでもうちょっと待ってくれるか?」
「う…うん」
「時間大丈夫か?」
「最終は0時半」
1件の店に歩を進める彼を追う。
お洒落なバー。
席に着くと烏龍茶を2つオーダーし、はぁっと一息ついく彼。
「冷めるまでちょっと話そうか」
「何、話してくれるの?」
「俺?!」
「気持ちよさそうだし、何か良い話聞けそうじゃん」
「本音、ポロリって?!」
「色んな話聞かせてよ」
「それは、冷めてからな」
「え?!」
「とりあえず、お前とは素面で話がしたい」
「そ…そうなんだ」
「1本タバコ頂戴。なんか、普段聞きたくてでも聞くまでもないようなそんな詰まらん話でもしようや」
「例えば?」
「そやなぁ~」
タバコに火をつけ、彼は気持ちよさそうに考え始めた。
考えているように見えているだけかもしれない、軟らかく笑顔を作りながら、彼はずっと私を見つめだす。
何処となく、その笑顔は悲しげで、少しだけ私を緊張させた。


今夜は駄目かもしれない。



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