映画「レディ・バード」を観る | 世日クラブじょーほー局

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 「レディ・バード」(=羽ばたけ自分の意?)とは、主人公クリスティン(シアーシャ・ローナン)のニックネームで、実は自分で付けたのだが、これをミドルネームのように使って、友達や家族にもそう呼ばせている。クリスティンはカルフォルニア州サクラメントに住むシニアの高校生。大学進学を控え、都会の学校に行きたいと望むが、母親はお金の問題もあって、地元で我慢しなさいと二人の間で確執が絶えない。

 

 クリスティンは、両親と兄ミゲルとその恋人の5人家族で暮らす。暮らし向きは楽ではなく、彼女はケータイさえ買い与えられずにいる。そんな鬱憤もあってか、クリスティンの高校生活ははじけている。学校はカトリック系で信仰をベースにした教育がなされるが、生徒は面従腹背ここに極まれりで、クリスティンも髪をピンクに染め、素行も良くない。空気が読めず、思ったことをそのまま口にして周りを凍り付かせることも。仲良しのデブっちょジュリーとは赤裸々な性の話に花が咲く。これも自分が美形でないことのコンプレックスの裏返しなのだろう。それでもクリスティンは狙った男子に果敢にアタックしていく。はてさて、彼女の恋と針路の行方は?

 

 本作は、今の米国の等身大の女子高生像を描いたものではないだろう。もしそうであれば映画のモチーフになどなるまい。青春時代というやんちゃ盛りでもあるが、実際はガラス細工のような人生の揺籃期に、あけすけに言いたいことを言い、したいことをする。そんな奔放なクリスティンに自分の願望を投影させたいという思いが本作の人気の秘密だろう。主人公があまり美形でないところもちょうどよいのだ。

 

 欧米では、年頃の娘には、もしもの時のために親がコンドームを持たせるという状況もあるようだし、そもそも性に関しては女子の方が早熟だとも言うが、本作が描くような性にアグレッシブな女子なんて、男はドン引きと思うけど…。昔気質の伝統が崩れてきているとはいえ、日本人の女子はまだ恥じらいというものを知っているはずだ。これは当方が保守的な考え方ゆえの勝手な願望というのでもあるまい。とにかく性という問題は、命を生み出す行為でもあり、取り返しのつかない問題をはらんでいるのだから。

 

 聖書に、「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ」(伝道の書12章1節)とある。造り主とはいうまでもなく神のことだが、一神教を信仰することの強要ととらえずに、自分を慎むべしととらえることもできよう。ただ作中ではミッション系スクールの状況を通じてキリスト教の形骸化がこれでもかと描写されているが、これが現実で、今のキリスト教にイスラムに太刀打ちできる力はない。

 

 人は失って初めて大切なものを知るという。“青春”という二度とない、もっとも輝くべき貴い時間。この期間に、のちの人格者も変質者も形成される。振り返って、拳を打ち付けて泣き悔やむことだけはすまい。クリスティンも新天地での生活が始まり、慣れない環境の中で静かに自分と向き合った時に、今まで気づかずにきたものが見え、込み上げてくるものを抑えきれなかった。

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