父とお酒と私と心 | 充溢のムジントウ

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じゆうきまま 
かぜのふくまま

 私の父は、私が幼少期の頃から浴びるようにお酒を飲んでいた。毎晩ビールや4Lの甲類の焼酎を一晩で半分空けてしまうほどのお酒を飲んでは、くだを巻きエスカレートしてやがて母を中傷する。そして毎夜、激しい夫婦喧嘩が繰り広げられる。

私も姉妹も、寝室でその怒号を聞くたびによく涙したものだ。なぜなら次の朝には必ず母に言われるのだ。

「お父さんとお母さん、どっちについて行くか選べ!」と。

父はもともと寡黙な人だった。お酒を飲んでいなければ、朝から晩まで真面目に働き、虫すらも殺せない優しい人だった。

けれど、酒を口にすると人格が変わる。
凄く嫌な奴になる。
目付きも変わる。
叫んだり、怒鳴ったりひどい時は暴れたりもする。

そして人の欠点ばかりを指摘して、ひたすら家族を罵倒するようになる。どんなに頑張っても、酔った父にはみんなダメな人間に写るのだ。

泥酔すると、玄関で用を足そうとするから千鳥足の父を介錯しながら、姉妹とあわててトイレへ誘導することもしばしば。ソファーの上で嘔吐したり、粗相したり。その片付けも手伝わされる。
怒り狂った母の側で泣きながら掃除をする。例え就寝中でも起こされて手伝わされる。

それを繰り返すうちに、私たちの中で本来尊敬すべき父はダメな人間へと認識が変わっていく。

そのうち子供なりに、父がお酒を飲みすぎないように躍起になって工夫をするようになる。焼酎に水を混ぜたり、飲んだ量がわかるように焼酎ペットボトルにマジックで線を引いたり。最終的にお酒を隠したり。

そんな事をしたって何も変わらないのに。

子供は子供なりに必死で何とかしようとする。狭い知識のなかでひたすら平穏な日々を求め続ける。

母は、あきれ果ていつも酔った父の介錯を子供たちに押し付けることが多かった。たまに酔い潰れた父を置いて、子供たちを車に乗せて夜の街にドライブすることもあった。

車内は愚痴と沈黙が常。

その度に車のなかで、今後どうなってしまうのか不安な気持ちを抱えていたことを覚えている。

散々暴れまわったあとは酒が抜けるといつもの寡黙な父になり、ガックリとうなだれ落ち込んでみんなに謝罪するというのがいつものパターンだった。

けれど、これは永遠に繰り返される。
また酒が身体に入れば元の木阿弥だ。
そして父は絶対に酒を手放さない。
いや、手放せないのだ。

ダメな父親とわかっていても、母に罵倒され続ける父を見ると可愛そうになる。情けないと思っていても気の毒で力になろうとしてしまう。

それが子供だ。

純粋で真っ直ぐで、両親の事が心の底から嫌いになれない子供という存在だ。

子供という生き物は、大人のようには簡単には割りきれない。逃げる術がないからひたすら我慢してしまう。例え逃げ道を記されたとしても、両親以外という選択肢に逃げるという選択はあまり出来ないのではないかと思う。

よほど親身な親族でもいない限り。

我が家の場合、怒涛の日々を繰り返すうちに、姉は父や母に反抗的な態度をとり続け、私は表情がなくなり喋らなくなり、妹は上手く表現が出来なくなった。
小学校高学年で姉は既に家を出る決意が固かったし妹も小学校低学年でいつかは家を出ると決めていた。

私だけは覚悟が出来なかった。

姉と妹がいなくなったら、父と母はどうなってしまうのかー。

そんなことは気にしなくていい。
自分の人生をちゃんと生きればいい。
今だったらそういってあげられるのにー。

でもきっと、その頃に私には伝わらないだろう。

 母はいつもことあるごとに私たち子供にもヒステリックに怒鳴り散らしていた。

朝から仕事に出掛け、職場では義父母に苛められ、安い給料でこき使われ。父は庇ってもくれず。帰宅したら家事をこなさなければならない。

相当、過酷だったろうと今は思う。

けれど子供だった私たちにそれがわかるはずもない。常に機嫌の悪い母でしかなかった。
だから子供達に出来ることは、機嫌の悪い母の機嫌がもっと悪くならないように阻止すること。

けれど、学校から帰って来てどれだけ完璧に家事をやったとしても、仕事から帰宅した母が機嫌が悪ければ全て台無しになることが多かった。
理不尽な折檻を受けることもしばしばだった。

頑張っても、頑張っても、努力は実らない。
子供がどんなに耐えて苦しんで知恵を絞っても、両親は変わらない。

人を変えるなんて、到底無理な話だ。
本人自身が変わろうと、変わりたいと心から思わない限り。

けれど、子供にはそれがわからない。
自分たちが頑張れば、変わるんじゃないかと信じて疑わない。両親にとって自分たちは大切な存在のはずだからと、信じて頑張る。

けれど、どんなに頑張って自分を犠牲にしても状況は変わっていかない。それを繰り返すうちに失望に駈られるようになる。自暴自棄になる。

やがて希望が持てなくなるー。

テレビやアニメの世界では皆が希望を語るのに。
周りの友達は幸せそうなのに。
なぜ自分の家はそうではないのか。

子供の頃の記憶をたどると、あまり穏やかに過ごした記憶があまりない。いつもイライラしている母の機嫌をとるのに必死だったし、酔った父にバカにされて苛立っていることが多かったからだ。

学校の友達を、自宅に招くことなんか不可能だった。機嫌の悪い母に鉢合わせして、友達が不快な思いをするのが怖かった。
友達に母を悪く言われるのも嫌だった。

私の特技は、人の一瞬の表情を見逃さないこと。

特に相手の表情に負の感情が表れたときは敏感に感じとることが出来る。

それは、長年培ってきた自分を守るための術なのかもしれない。けれど、その特技は人付き合いをしていくなかではかなり疲弊させられる。

相手の負の感情に必要以上に感情移入してしまうからだ。面倒ごとに、自ら捨て身で関わっていってしまうこともある。

けれど、それはとても危険なことだ。

そして何よりも困ることが、自分が被った被害に対して即座にリアクションが取れない事だ。

痛い、辛い、苦しい、悲しい。

それらの感情を抱いていても表に出せない。
感じているのに無意識に感じていない振りをしてしまう。これもやっと最近、気づいたことだ。

つづく、、、かも?