とある作家の一族2

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 前回では作家Kの弟の墓所があるという霊園お訪れ、同じ苗字の家が4家あるので、それを探そうというところで終わった。

 1つめのK家の墓。霊園入り口から左に入ったところにあった。これは違った。

 そして次は逆方向へ。霊園入り口から右へ右へ…

 何列かある。Sさんが「手分けして探そう」ということで、SさんとIさんは南の道を、私と隊長の凸凹コンビはその北の道をたどる。

 すると…

 「あったよ~」

 というSさんの声。

 駆けつけると確かにあった。数年来探していたKの弟の墓所。

 それは姉(つまりKの妹)との合葬墓であった。

 隣には姉の嫁ぎ先の某家の墓所。十字があったクリスチャンだとわかる。墓碑銘からここに姉の夫と二人の間に生まれ、自殺してしまった子-つまりKの甥-が葬られていることがわかった。

 のちにKはこの甥の死を悼んで、かれのための追悼小冊子を発行している。

 さて、Kの弟と姉の墓所。本来はそれぞれ違う墓所だったのかと色々と想像をしてしまう。

 なぜなら姉は隣の某家の墓所に入るはずだったからである。

 そして後ろには卒塔婆立てがあって、もう文字も見えない朽ちた卒塔婆が1本かろうじて姿をとどめている。きっとZさん夫妻が草刈りするまで、何十年も詣る人が居なかった墓所。

 こうした墓所の在り方を考えると、K死後の一族の争いがよほど深刻なものであったことを感じさせた。その余波は少なからず現在でも部外者の私でも感じる。この墓また然りである。

 ここで、まだ生えている雑草を少し抜いて、香華を手向けて辞去し、Kが幼少の頃の恩師だったという同霊園内にあるS先生の墓所にも詣った。こちらは地元でも史跡扱いなので、説明板も建っている。

 その後は隣町のKが訪れたとがあるというM:を尋ねた。若山牧水夫人喜志子も訪れていて、彼女の歌碑も残る。

 今回の掃苔はやっと見つけた嬉しさと、墓の在り方から感じるK

死後の一家の争いを感じる何とも複雑な思いに抱かれたのであった。