チェコのとある辺境の寒村には、

不思議な能力で人々を助ける「女神」と呼ばれる女性たちが生きていた。

天候をも左右したというその術に戦争中はナチスが注目し、

共産主義時代には弾圧されたことも。

チェコに実在した彼女たちの数奇な運命を、

その血を受け継ぐ民族誌学者の女性が探っていく。

歴史のベールをはぎ取る物語。

 

 

 

図書館で目に留まって借りてきた。

 

小説なんだけど

7割くらいが史実だという。

 

家に帰って見返すまで

てっきり

「ジートコヴァーの最後の魔女たち」

だと思っていた。

 

「ウィンザーの陽気な女房たち」ってのもあったな( ^ω^)・・・

 

 

チェコのなかでも

とりわけ貧しい農村地域ということは

必然、労働力のある男性の社会になるから

共同体の補償作用として

「女神」と呼んで畏れ敬ったのか…

 

 

 

「いいかい、ここにやって来るのは

悩みを抱えている人たちでね、

もう十分に苦しみ、

他人がどうこう言う必要がないんだよ。

良く覚えておきな」

 

女神を頼るのが正しいのか、

馬鹿げているのか、

そういう議論をとうに通り越した

崖っぷちに立つ人々の

最後の命綱のように

彼女たちは存在した。

 

 

だが、

女神たちの人生には不幸が付きまとう。

 

 

近所の未亡人が振り向いてくれないから

その家の屋根に火をつけた、とか

そういう気性の人たちがごろごろいる中で

(私刑がまかり通る中で)

他人の禍に触れ続ける女神たちが

穏やかな最期を迎えられるはずもない。

 

 

物語の核心である「呪い」も

近代的な個人主義の視点からみると

「それって八つ当たりだよね」と言いたくなるが…

 

でもね。

人の本心ってたいてい偽装して出てくるから

こういう八つ当たりとか逆恨みって

現代でも普通にある。

 

ありふれている。

 

 

 

「もしあんたが何かを信じ、

周囲にそのことを信じている人がいれば、

望むと望まないとにかかわらず、

そっちの方向に向かうことになるんだ。

呪いを証明するために、

マフダルカに特別な力は必要ではなかった。

人間の信じる気持ち、

何を信じる気持ちであろうと、

強い、揺ぎない気持ちであれば

恐ろしいほど強力なんだ。

頭に入れておきな!」

 

 

主人公は呪いに飲み込まれたのか

それとも

ただの偶然だったのか。

 

人は物事を因果関係で考えたがる。

原因がわかれば

何とかなるはずだ、と。

 

事態をコントロールできると

思いたいのだろう。

 

はてさて、

それは本当に可能なのか?

 

傲慢ではないのか?

 

 

 

 

 

移動手段や通信手段が発達して

狭い世界が外に開けて、

風通しも良くなったが、

 

今世紀の初めに最後の女神が亡くなって、

 女神の知識も力も

歴史の中に消えてしまった。