まず「気付く」ということ。

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今でこそ、
私が自分の特性を表現する時に、

「繊細さ」

という言葉を用いることができるけれど、

自分が「繊細である」ことに気付いたのは、
2年前くらいのこと。

それまで自分は、
面倒くさがりで、大雑把、
繊細さとは程遠い人間だと思っていたのです。


「繊細さ」

という表現に込められている、
ちょっとしたことで壊れてしまいそうな危うさや、
だからこそ丁寧に取り扱う必要がある慎重さ。

そのようなものが実は私の中に
それもかなりのボリュームで内在している。


けれどそれは、
私にとっては非常に生きづらく、扱いづらくて、

もう記憶にないくらい遥か昔に、
自分自身でなかったことにしていた。

記憶から消し去っていた、
自分の中にはないことにして深くに隠していた、
そんな質だったのですね。


けれど、
昨年AFPというものに出会って、
思考(頭)ではなく体感(身体)で感じる、
ということを深めるにつれ、

「繊細さ」

というものがものすごいボリュームで溢れ出し、
私の中にあったということを
思い出させてくれたのでした。


繊細さ、といっても様々な解釈があるけれど、
心理学用語で言うと「HSP」に私は当てはまります。

その上さらに、「HSS」という質も
同時に持ち合わせている。


簡単に言うと、内向性と好奇心を併せ持った質。

静と動が同時に内在している状態。


しかも、
両方かなりの高感度なものとして。


だから、さまざまなことを感じすぎて、
それが自分にとっては苦しかったから、
奥に押し込めてきたんだね。


でも。
もうその必要はなくて、
むしろ生かしていく時が来た。


時代が、追いついてきた。 (笑)


この繊細さと、好奇心を併せ持つ、
私を生きるということ。


人それぞれ、自分が持つ資質がある。

それは、
この世に生まれてきた今世、
この地球号で経験するために、

必要な質として、
自分で選んで搭載してきたもの。


ないことにせず、活かす。

それが強みとして生きるからこそ、
持って生まれてきている。


だからこそ、その質を思い出す。

その質を持っていることに気付いていく。

そしてそれを、ownしていく。

自分のものとして、受け取り、受け入れていく。


そのプロセス。
本当に大切で、輝けるとき。


そのために私は、AFPというツールが
本当に役立ったし、それなしでは語れない。


まだ私自身がリードしていく立場にはないけれど、
近い将来そうなるはずだから、
来年からはその要素も含めて、

【繊細な自分を生きる】

という人たちと共に、
より豊かな世界観を創り出していきたいって思う。


楽しみだな。

自分の力が役に立っていくって、
ほんと、
ありがたい以外の何物でもないって思う。