おはようございます。小島です。
近現代2010も昨日で約1/4が終わりました。
僕が個人的に嬉しいのは、ほぼ全員が今年の重要文献である「敗者の戦後」を購入して、学生講義担当者だけでなく多くの人が通読するか、通読を目指していることです。
文庫版があるのは、諌山君に見せてもらって、今年初めて知りました。
ちなみにamazonで調べてみたら、昨日の時点で残り2冊、最低1,400円だそうですから、まだ持ってない人は…と思ってハードカバー版も調べたら、こちらはなんと残り14冊で「1円」からとのこと。
まだ持ってない人は、ちょっと大きいですがこちらの方がちょっと安いですね。ただ、文庫版は長谷川三千子さんの解説があるそうですから、それだけでも価値があると感じます。
さて、久しぶりのブログでなぜ「敗者の戦後」をテーマにしたかというと、皆さんが本書の言わんとするところを早くも察してくれたと感じるからです。
皆さんは最初に「敗者の戦後」という表題を聞いた時、どんな印象を抱きましたか?
「また戦争か」
「今年も敗戦の話題か」
もしかして、そんな考えもあったかもしれません。
でも実際に読んでみると、言葉では「敗戦」、「戦争」の一言で済む事柄から、実に深く人間性に迫っていけることが分かり、18~19世紀のヨーロッパを見るだけで、現代日本を考える上でも役立つ貴重な事実が溢れていることを感じたのではないでしょうか。
戦争は「勝ち負け」が大事だとよく言われます。
まぁ、それはそうでしょう。
戦争は戦略と戦術で成り立ち、戦略を忘れれば戦術では勝てないとも言われます。
しかし、本書では何度もクラウゼヴィッツのテーゼが登場し、戦争はあくまで政治の手段かその延長であるという事実が確認され、国家には戦勝以上に大事な目標があることも分かったのではないでしょうか。
勝って滅びた国もあれば、負けて自己を守った国もあり、このような見方は、戦争が政治か外交の手段であるという原理を知らなければなかなか見えてこないことです。
昨日の僕の講義は「敗戦によって国を守った」という事実をいかに感じてもらうかを焦点に書いたのですが、皆さんその要点をよく捉えてくれていて、僕が20代後半にやっと自分の中で論理化できたことをこの年齢で理解していて、すごいと感じました。
最近は「学生講義=文献の精読と解説」、「僕の講義=関心の拡大、視点の応用」という分業がはっきりしてきたような気がしていて、個人的には執筆も講義も楽しませてもらっていますが、皆さんはどうでしょうか。
歳を取ると話が長くなるので、その点は重々注意したいと考えていますが…。
ちなみに、講義の中では僕は一貫してフランスに批判的と思えるかもしれませんが、僕があの国で嫌いなのは政治や外交の手法で、シャンソンは昔から好きです。あれくらいのフランス語なら今でも理解できます。
ジッドやマルロー、モーパッサンなどの文学者も好きです。
あの国の映画や音楽は、国家が破滅した悲しい民族にしか表現できない世界観を持っていて、それはそれで人間の複雑さや面白さに迫っていて存在感があります。
あたかも軍備を封じられた欠陥国家・日本が戦後、世界や世界の現実と関われないストレスや不全感をアニメやゲームで表現し、人間の空想力の一つの完成形を世界に示したように…。
「勝者は文明を作り、敗者は文化を作る」
誰のか忘れましたが、そんな言葉があります。
僕は暗く理不尽で悲しい物語が好きで、ロシア文学や敗残者の評伝などを昔から愛読しています。
悲しさを味わうと、自分が何を大切にする人間なのかが見えてくるので、昔から友人に「意味分からん」と言われながらも、戦争や混乱や倒産の話に興味があります。
悲しさは、幸せ以上に深い愛情の確認かもしれません。
「幸福になる唯一の方法は、不幸に耐える術を身に付けることだ」という福田恒存さんの言葉は、かなり深く人間を知ったうえでの言葉だと思います。
おっと、またもや話が長くなってしまった…。
近現代で毎年悲しいのは、回数が毎年42~45回であるため、多くの文献を除外しなければならないことです。
先日、「近現代2011」で読む本を35冊選びました。予想より早いペースで選定しているため、秋にはおそらく60~70冊の候補が挙がると思っています。年末にはまた100冊近くになるでしょう。
だから、また半分以上を除外しなければならないでしょう。
そのため、今年除外した本と、来年どうなるか分からない本をここでご紹介したいと思います。
今年は「戦争と外交」がメインテーマで、昔から戦争の話題が好きな僕は、かなり多くの本をリストアップしたのですが、結局は除外しました。
「敗者の戦後」を理解する上でも役立つと思う本をご紹介するので、興味がある方は買うか図書館に行くなりして、ぜひ読んでみて下さい。
①「一死、大罪を謝す」(角田房子)
…去年、上村君が何度も皆さんに紹介していた本です。角田氏は今年の一月に亡くなられましたが、僕はこの方の作品をけっこう持っていて、いずれも深い取材と正確な時代考証に裏付けられた作風が印象的です。
本書は終戦時に陸軍を代表した阿南大将の評伝で、宮城事件やご聖断についても陸軍の複雑な事情を踏まえて生き生きと再現されています。
「阿南大将は偉人講座で扱ってもいいくらいの人物だ!」
上村君はそう言っていました。皆さんもぜひ読んでみて下さい。きっと、心を揺り動かされる何かがあるはずです。
②「私の記録」(東久邇宮稔彦)
…これは古本屋にもオンライン書店にもなかなかなく、入手がかなり難しい本ですが、今はほとんど注目されない当事者中の当事者の貴重な記録です。
現在富田君に貸し出していますから、興味がある方は富田君に言って下さい。去年は植村さんが書評してくれましたよね。悲しい本の代表格と言ってもよいかもしれません。
③「第二次世界大戦回顧録」(チャーチル)
…こちらは政治家であり大作家でもあったチャーチルが書いた戦争回顧録です。イギリス人であるだけに、デモクラシーの観点に立って日独を批判していますが、特筆すべきは彼の壮大で本質的な文明観、人間観です。
僕は二度、全部を通読したことがありますが、読み終えるたびに「敵ながらあっぱれ」と思いました。
すごいのは、イギリス人は敗北や失敗を実に素直に認め、受け入れ、公開することです。「敗者の戦後」を理解するうえでも読んでほしいですが、欧米から見た戦争を知る上でも必読の文献だと思います。
中公文庫からダイジェスト版が出ていますから、概要はそれで知ってもよいでしょう。
④「剣と十字架」(竹山道雄)
…これは、僕が20代で最も愛読した竹山道雄さんが、当時国交のなかった東ドイツに単身赴き、日本のマスコミが伝えなかった共産圏の実態を綴ってきたレポートです。
敗戦と革命と占領という、日本が最も避けたかった悪夢を全て蒙ってしまった東ドイツでは、常識がどう逆転し、人々はどう生きていたのか。
「もし、ソ連に占領されていたら」という仮説を考えるうえで、最も説得力があった本です。
しかしまぁ、ドイツ人という人たちは、どこまで理屈っぽいのか…。社会主義にも民族性というものが如実に反映されることを感じさせられた一冊でもあります。
⑤「危機の外相・東郷茂徳」(阿部牧郎)
…今年は後半で重光葵外務大臣の「昭和の動乱」を読むので、東郷茂徳外務大臣の手記「時代の一面」は外しました。
「時代の一面」は、巣鴨プリズンに収容されていた時期に書かれていたためか、東郷外相の頭の切れもやや鈍り、文体が難解でかなり読みにくい部分もあるからです。
しかし、東郷外相の苦悩は、近現代2008で「昭和の精神史」に触れた際にご紹介しました。その時は、増田薩摩守慎一君と植村さんがとても感動していました。
本書は評伝なのでかなり読みやすく、外務省から見た終戦工作の苦悩がよく伝わってきます。
これほど辛い立場に立った日本人は、ほとんどいないでしょう。就活中の方は、「就活で悩むなんて、ありえない!」と思うでしょう。
⑥「醒めた炎」(村松剛)
…これは「近現代」とは言い難いですが、維新の三傑の中ではやや存在感が薄い木戸孝允を扱った評伝です。
村松剛さんは戦後を代表するフランス文学者で、去年は「日本人と天皇」を扱いました。
「近衛は自分が運命の児であることを恨んだ。陛下はご自身の運命など問題にもされなかった」という一節は、近現代史上初めて卒論を書いた竹中君が「鳥肌が立った」と言っていた部分で、去年もその一文に感動した方が多くいましたよね。村松さんの文章は本当に美しく、ご友人だった福田恒存さんと似た気品を感じます。
「醒めた炎」は維新の悲劇や錯誤、それを全て越えて開国に邁進した日本人の姿を知る上でも好著です。あまり見かけることはありませんが、佐藤さんや畑井さんは好きそうだな、と感じます。
⑦「帝王後醍醐」(村松剛)
…こちらも村松さんの作品ですが、舞台が中世なので近現代で扱うことはないでしょう。しかし、日本史上初めて朝廷が分立した時代を扱っており、非常に悲しい作品です。本書を読んだ後皇居前広場に行って、楠木正成の銅像を見た時、そこにそれがあるのが本当に心から納得できた思い出があります。
⑧「南洲残影」(江藤淳)
…これは西郷隆盛の評伝で、去年の偉人講座で司会を務めた竹内君が「すごく感動した」と言っていた一冊です。
特に後半、負けると分かっていた西南戦争で西郷軍が敗れていく様子は悲劇的で、敗北に希望を託した西郷さんの巨大さ、強さ、悲しさがよく伝わってきます。
日本の歴史は勝者が現実を作り、敗者が日本の思想を残していく点で一貫していますが、本書からも「高貴なる敗北」の崇高さ、有り難さがよく伝わってきます。
⑨「戦死」(高木俊朗)
…これはインパール作戦の記録で、おそらく、読んだ人は十人中十人が「気分が悪い」とさえ感じるでしょう。
敗者の気品、敗北の受容、敗戦の価値…といったものとは無縁の、文字通りの「絶滅」を意味する敗北を扱った本です。
牟田口、富永、花谷といえば当時の日本陸軍では「馬鹿な大将、敵より怖い」と恐れられた悪名高き指揮官で、本書は花谷正師団長の恐るべき振る舞いを当事者の証言や史料で再現し、「戦死」とは呼べない軽すぎる死の理不尽さを切々と訴えています。
「おれは花谷を殺してイギリス軍に降伏する!」、「花谷の命令を聞くくらいなら自決する!」という部下が相次いだ鬼師団長とはどういう人だったのか。僕は陸軍軍人の中では辻政信が一番嫌いですが、花谷師団長の統率ぶりを知って、辻大佐に劣らない悪人だと感じました。
ノモンハン事件並みに後味が悪いインパール作戦がどれだけひどいものだったか、また、そんな作戦でさえ決行するしかなかった日本軍がどれだけ大変だったか。「戦争は愚かだ」と済ませる人こそ愚かで、そんな言葉では済ませられない複雑で変わらない人間のあり方が詰まっている本だと感じます。
⑩「白夜に祈る」(橋本澤三・木村貴男)
…これは最後の最後まで入れようと思いましたが、一部描写が精神衛生上良くないところがあるので省きました。
日本には戦争が終わった後に死んだ人が40万人近くいます。いずれもソ連に強制連行され、スターリンによる強制労働でボロクズのように捨てられた日本兵です。
本書は祖国の勝利を信じて中国大陸で戦い、敗戦の知らせを聞いて祖国再建のために帰国しようとした関東軍の下級兵士たちが、ソ連に騙されてシベリアに連行され、そこで強制された人間の限界を超える労働の世界を綴った作品です。
共産主義の非人間性がどれほど恐ろしいものであるかを知ると同時に、そんな世界の中でも純朴で優しいスラブ魂が生きていたことに感動するシーンが印象的で、生産性のない労働にあえて打ち込むことで魂の躍動を確かめようとしたシーンが心に残りました。
「負けても捨ててはいけないもの」、「勝ってもやってはいけないこと」、名もなき下級兵卒たちの姿から、人間として大切にしなければならないことを感じさせられる一冊です。
以上のうち3冊でも、「敗者の戦後」の最終回「真珠湾とポツダムの間」までに読んでくれれば、「敗者の戦後」を読み終えた時に深い感慨があることでしょう。
「敗者の戦後」では特に「共存か対決か」の章が最も難解で史料の引用も多く、この章の言わんとするところを正確に理解できるかどうかがキーポイントです。
ご紹介した本はこの章と直接関係があるものではありませんが、この交渉に破れた後に到来した現実を扱っているので、戦中戦後を考える上では良い材料になると思います。
「共存か対決か」の担当はどなたでしょうか…。
この章は関連文献を最低10冊は読まないと講義のレジュメが作れないと思うので、心してかかって下さいね。
まぁ、今からならそれほど大変でもないでしょうけど。
諌山君はこの章が特に面白いと言っていて、「さすがセンスがあるな」と感じました。
他にも、僕は今年の近現代で、多くの部員の皆さんの長所やセンスをこっそりと、しかしたくさん発見しています。
皆さんもきっと、お互いにそうだと思います。
お互いを刺激し合い、尊敬しあえるよう、毎週毎週「次の人にプレッシャーを与えるくらい最高の講義をするぞ!」と誓って、残り3/4もますます盛り上げていきましょう。
うぅ、釣りに行きたい…とは思ひませぬか。
近現代2010も昨日で約1/4が終わりました。
僕が個人的に嬉しいのは、ほぼ全員が今年の重要文献である「敗者の戦後」を購入して、学生講義担当者だけでなく多くの人が通読するか、通読を目指していることです。
文庫版があるのは、諌山君に見せてもらって、今年初めて知りました。
ちなみにamazonで調べてみたら、昨日の時点で残り2冊、最低1,400円だそうですから、まだ持ってない人は…と思ってハードカバー版も調べたら、こちらはなんと残り14冊で「1円」からとのこと。
まだ持ってない人は、ちょっと大きいですがこちらの方がちょっと安いですね。ただ、文庫版は長谷川三千子さんの解説があるそうですから、それだけでも価値があると感じます。
さて、久しぶりのブログでなぜ「敗者の戦後」をテーマにしたかというと、皆さんが本書の言わんとするところを早くも察してくれたと感じるからです。
皆さんは最初に「敗者の戦後」という表題を聞いた時、どんな印象を抱きましたか?
「また戦争か」
「今年も敗戦の話題か」
もしかして、そんな考えもあったかもしれません。
でも実際に読んでみると、言葉では「敗戦」、「戦争」の一言で済む事柄から、実に深く人間性に迫っていけることが分かり、18~19世紀のヨーロッパを見るだけで、現代日本を考える上でも役立つ貴重な事実が溢れていることを感じたのではないでしょうか。
戦争は「勝ち負け」が大事だとよく言われます。
まぁ、それはそうでしょう。
戦争は戦略と戦術で成り立ち、戦略を忘れれば戦術では勝てないとも言われます。
しかし、本書では何度もクラウゼヴィッツのテーゼが登場し、戦争はあくまで政治の手段かその延長であるという事実が確認され、国家には戦勝以上に大事な目標があることも分かったのではないでしょうか。
勝って滅びた国もあれば、負けて自己を守った国もあり、このような見方は、戦争が政治か外交の手段であるという原理を知らなければなかなか見えてこないことです。
昨日の僕の講義は「敗戦によって国を守った」という事実をいかに感じてもらうかを焦点に書いたのですが、皆さんその要点をよく捉えてくれていて、僕が20代後半にやっと自分の中で論理化できたことをこの年齢で理解していて、すごいと感じました。
最近は「学生講義=文献の精読と解説」、「僕の講義=関心の拡大、視点の応用」という分業がはっきりしてきたような気がしていて、個人的には執筆も講義も楽しませてもらっていますが、皆さんはどうでしょうか。
歳を取ると話が長くなるので、その点は重々注意したいと考えていますが…。
ちなみに、講義の中では僕は一貫してフランスに批判的と思えるかもしれませんが、僕があの国で嫌いなのは政治や外交の手法で、シャンソンは昔から好きです。あれくらいのフランス語なら今でも理解できます。
ジッドやマルロー、モーパッサンなどの文学者も好きです。
あの国の映画や音楽は、国家が破滅した悲しい民族にしか表現できない世界観を持っていて、それはそれで人間の複雑さや面白さに迫っていて存在感があります。
あたかも軍備を封じられた欠陥国家・日本が戦後、世界や世界の現実と関われないストレスや不全感をアニメやゲームで表現し、人間の空想力の一つの完成形を世界に示したように…。
「勝者は文明を作り、敗者は文化を作る」
誰のか忘れましたが、そんな言葉があります。
僕は暗く理不尽で悲しい物語が好きで、ロシア文学や敗残者の評伝などを昔から愛読しています。
悲しさを味わうと、自分が何を大切にする人間なのかが見えてくるので、昔から友人に「意味分からん」と言われながらも、戦争や混乱や倒産の話に興味があります。
悲しさは、幸せ以上に深い愛情の確認かもしれません。
「幸福になる唯一の方法は、不幸に耐える術を身に付けることだ」という福田恒存さんの言葉は、かなり深く人間を知ったうえでの言葉だと思います。
おっと、またもや話が長くなってしまった…。
近現代で毎年悲しいのは、回数が毎年42~45回であるため、多くの文献を除外しなければならないことです。
先日、「近現代2011」で読む本を35冊選びました。予想より早いペースで選定しているため、秋にはおそらく60~70冊の候補が挙がると思っています。年末にはまた100冊近くになるでしょう。
だから、また半分以上を除外しなければならないでしょう。
そのため、今年除外した本と、来年どうなるか分からない本をここでご紹介したいと思います。
今年は「戦争と外交」がメインテーマで、昔から戦争の話題が好きな僕は、かなり多くの本をリストアップしたのですが、結局は除外しました。
「敗者の戦後」を理解する上でも役立つと思う本をご紹介するので、興味がある方は買うか図書館に行くなりして、ぜひ読んでみて下さい。
①「一死、大罪を謝す」(角田房子)
…去年、上村君が何度も皆さんに紹介していた本です。角田氏は今年の一月に亡くなられましたが、僕はこの方の作品をけっこう持っていて、いずれも深い取材と正確な時代考証に裏付けられた作風が印象的です。
本書は終戦時に陸軍を代表した阿南大将の評伝で、宮城事件やご聖断についても陸軍の複雑な事情を踏まえて生き生きと再現されています。
「阿南大将は偉人講座で扱ってもいいくらいの人物だ!」
上村君はそう言っていました。皆さんもぜひ読んでみて下さい。きっと、心を揺り動かされる何かがあるはずです。
②「私の記録」(東久邇宮稔彦)
…これは古本屋にもオンライン書店にもなかなかなく、入手がかなり難しい本ですが、今はほとんど注目されない当事者中の当事者の貴重な記録です。
現在富田君に貸し出していますから、興味がある方は富田君に言って下さい。去年は植村さんが書評してくれましたよね。悲しい本の代表格と言ってもよいかもしれません。
③「第二次世界大戦回顧録」(チャーチル)
…こちらは政治家であり大作家でもあったチャーチルが書いた戦争回顧録です。イギリス人であるだけに、デモクラシーの観点に立って日独を批判していますが、特筆すべきは彼の壮大で本質的な文明観、人間観です。
僕は二度、全部を通読したことがありますが、読み終えるたびに「敵ながらあっぱれ」と思いました。
すごいのは、イギリス人は敗北や失敗を実に素直に認め、受け入れ、公開することです。「敗者の戦後」を理解するうえでも読んでほしいですが、欧米から見た戦争を知る上でも必読の文献だと思います。
中公文庫からダイジェスト版が出ていますから、概要はそれで知ってもよいでしょう。
④「剣と十字架」(竹山道雄)
…これは、僕が20代で最も愛読した竹山道雄さんが、当時国交のなかった東ドイツに単身赴き、日本のマスコミが伝えなかった共産圏の実態を綴ってきたレポートです。
敗戦と革命と占領という、日本が最も避けたかった悪夢を全て蒙ってしまった東ドイツでは、常識がどう逆転し、人々はどう生きていたのか。
「もし、ソ連に占領されていたら」という仮説を考えるうえで、最も説得力があった本です。
しかしまぁ、ドイツ人という人たちは、どこまで理屈っぽいのか…。社会主義にも民族性というものが如実に反映されることを感じさせられた一冊でもあります。
⑤「危機の外相・東郷茂徳」(阿部牧郎)
…今年は後半で重光葵外務大臣の「昭和の動乱」を読むので、東郷茂徳外務大臣の手記「時代の一面」は外しました。
「時代の一面」は、巣鴨プリズンに収容されていた時期に書かれていたためか、東郷外相の頭の切れもやや鈍り、文体が難解でかなり読みにくい部分もあるからです。
しかし、東郷外相の苦悩は、近現代2008で「昭和の精神史」に触れた際にご紹介しました。その時は、増田薩摩守慎一君と植村さんがとても感動していました。
本書は評伝なのでかなり読みやすく、外務省から見た終戦工作の苦悩がよく伝わってきます。
これほど辛い立場に立った日本人は、ほとんどいないでしょう。就活中の方は、「就活で悩むなんて、ありえない!」と思うでしょう。
⑥「醒めた炎」(村松剛)
…これは「近現代」とは言い難いですが、維新の三傑の中ではやや存在感が薄い木戸孝允を扱った評伝です。
村松剛さんは戦後を代表するフランス文学者で、去年は「日本人と天皇」を扱いました。
「近衛は自分が運命の児であることを恨んだ。陛下はご自身の運命など問題にもされなかった」という一節は、近現代史上初めて卒論を書いた竹中君が「鳥肌が立った」と言っていた部分で、去年もその一文に感動した方が多くいましたよね。村松さんの文章は本当に美しく、ご友人だった福田恒存さんと似た気品を感じます。
「醒めた炎」は維新の悲劇や錯誤、それを全て越えて開国に邁進した日本人の姿を知る上でも好著です。あまり見かけることはありませんが、佐藤さんや畑井さんは好きそうだな、と感じます。
⑦「帝王後醍醐」(村松剛)
…こちらも村松さんの作品ですが、舞台が中世なので近現代で扱うことはないでしょう。しかし、日本史上初めて朝廷が分立した時代を扱っており、非常に悲しい作品です。本書を読んだ後皇居前広場に行って、楠木正成の銅像を見た時、そこにそれがあるのが本当に心から納得できた思い出があります。
⑧「南洲残影」(江藤淳)
…これは西郷隆盛の評伝で、去年の偉人講座で司会を務めた竹内君が「すごく感動した」と言っていた一冊です。
特に後半、負けると分かっていた西南戦争で西郷軍が敗れていく様子は悲劇的で、敗北に希望を託した西郷さんの巨大さ、強さ、悲しさがよく伝わってきます。
日本の歴史は勝者が現実を作り、敗者が日本の思想を残していく点で一貫していますが、本書からも「高貴なる敗北」の崇高さ、有り難さがよく伝わってきます。
⑨「戦死」(高木俊朗)
…これはインパール作戦の記録で、おそらく、読んだ人は十人中十人が「気分が悪い」とさえ感じるでしょう。
敗者の気品、敗北の受容、敗戦の価値…といったものとは無縁の、文字通りの「絶滅」を意味する敗北を扱った本です。
牟田口、富永、花谷といえば当時の日本陸軍では「馬鹿な大将、敵より怖い」と恐れられた悪名高き指揮官で、本書は花谷正師団長の恐るべき振る舞いを当事者の証言や史料で再現し、「戦死」とは呼べない軽すぎる死の理不尽さを切々と訴えています。
「おれは花谷を殺してイギリス軍に降伏する!」、「花谷の命令を聞くくらいなら自決する!」という部下が相次いだ鬼師団長とはどういう人だったのか。僕は陸軍軍人の中では辻政信が一番嫌いですが、花谷師団長の統率ぶりを知って、辻大佐に劣らない悪人だと感じました。
ノモンハン事件並みに後味が悪いインパール作戦がどれだけひどいものだったか、また、そんな作戦でさえ決行するしかなかった日本軍がどれだけ大変だったか。「戦争は愚かだ」と済ませる人こそ愚かで、そんな言葉では済ませられない複雑で変わらない人間のあり方が詰まっている本だと感じます。
⑩「白夜に祈る」(橋本澤三・木村貴男)
…これは最後の最後まで入れようと思いましたが、一部描写が精神衛生上良くないところがあるので省きました。
日本には戦争が終わった後に死んだ人が40万人近くいます。いずれもソ連に強制連行され、スターリンによる強制労働でボロクズのように捨てられた日本兵です。
本書は祖国の勝利を信じて中国大陸で戦い、敗戦の知らせを聞いて祖国再建のために帰国しようとした関東軍の下級兵士たちが、ソ連に騙されてシベリアに連行され、そこで強制された人間の限界を超える労働の世界を綴った作品です。
共産主義の非人間性がどれほど恐ろしいものであるかを知ると同時に、そんな世界の中でも純朴で優しいスラブ魂が生きていたことに感動するシーンが印象的で、生産性のない労働にあえて打ち込むことで魂の躍動を確かめようとしたシーンが心に残りました。
「負けても捨ててはいけないもの」、「勝ってもやってはいけないこと」、名もなき下級兵卒たちの姿から、人間として大切にしなければならないことを感じさせられる一冊です。
以上のうち3冊でも、「敗者の戦後」の最終回「真珠湾とポツダムの間」までに読んでくれれば、「敗者の戦後」を読み終えた時に深い感慨があることでしょう。
「敗者の戦後」では特に「共存か対決か」の章が最も難解で史料の引用も多く、この章の言わんとするところを正確に理解できるかどうかがキーポイントです。
ご紹介した本はこの章と直接関係があるものではありませんが、この交渉に破れた後に到来した現実を扱っているので、戦中戦後を考える上では良い材料になると思います。
「共存か対決か」の担当はどなたでしょうか…。
この章は関連文献を最低10冊は読まないと講義のレジュメが作れないと思うので、心してかかって下さいね。
まぁ、今からならそれほど大変でもないでしょうけど。
諌山君はこの章が特に面白いと言っていて、「さすがセンスがあるな」と感じました。
他にも、僕は今年の近現代で、多くの部員の皆さんの長所やセンスをこっそりと、しかしたくさん発見しています。
皆さんもきっと、お互いにそうだと思います。
お互いを刺激し合い、尊敬しあえるよう、毎週毎週「次の人にプレッシャーを与えるくらい最高の講義をするぞ!」と誓って、残り3/4もますます盛り上げていきましょう。
うぅ、釣りに行きたい…とは思ひませぬか。