皆さんこんばんはお月様


昨日の海釣りで、また自然の厳しさ波を教えられた西南3年I山です

(=⌒▽⌒=)


そんな僕は今週水曜日、近現代史勉強会で学生講義をさせていただきました星



今回はその学生講義を終えての感想を書かせていただきたいと思いますえ゛!



僕が担当した文献は竹山道雄さんの「歴史的意識について」の<昭和史と東京裁判>という部分でしたクローバー



この文献から、いかに昭和という時代が混乱していたのかや、東京裁判というものが、強者の敗者に対する復讐に近いものであったということ、しかしそれも一概に悪いとは言えないといった、とても複雑な想いを感じずにはいられませんでした。


その中で、僕が学生講義で取り上げたのは

日本人の多くが東京裁判史観にとらわれていること・力と正義の関係性について考えること・歴史は同じようなことはくりかえしてもまったく同じことは繰り返さないということです。


これをブログに書くと、大変な長くなるので今回は省略しますあせる



僕が感想として書きたいことは、学生講義をするにあったて考えたことと、講義を終えて感じたことですo(^-^)o


まず、講義をするにあたって考えたことは、やはり自分の頭の中のことを字や、言葉で表現することは大変難しということです!!



まず、これは一朝一夕でできることではありません。日々やっていくことで、できるようになるものです。ゆえにいかに日々の中で自分が表現するという部分をおろそかにしていたのかを痛感しましたえっ



また、なぜ難しいか考えたら、そこには言葉に対する責任があるからではないかと思いましたビックリマーク


講義をする側は、、聞き手に間違った解釈をされてしまわないような表現をしなければならいないのです(-。-;)


たとえ、一文字でさえ使い方を間違えると自分の意図は相手に伝わりません叫び

そこが講義レジュメを作る時・また講義をする時に大変苦労しましたキラキラ




次に終わってから持った感想は、やはり準備はしすぎても、しすぎるといことはないことですビックリマーク


講義する側が100パーセントの準備をすることは当たり前です。しかし、本番でその100パーセントをすべて出し切れるかというのは、なかなか難しいです( ̄_ ̄ i) (もちろんすべて出す努力は必要ですが)


そう考えると講義をする側は200パーセントや300パーセントの準備が必要となってきます音譜それができていれば、仮に本番ですべてを出し切れなくとも、100パーセント以上のものが発揮できるのではないかと思いますニコニコ



その他にもまだまだたくさん思ったことはありますが、ブログなのでこれくらいにしておこうと思います得意げ


これから学生講義をされる方は、皆いろいろな気づきがあると思いますビックリマーク

またそれは学生講義でしか得られないものだとも思いますので、近現代史勉強会に参加する者のひとりとして、学生講義をどんどん盛り上げていければなと思います(*^ー^)ノ



また、これからは学生講義が終わったからといって、そこで止めるのではなく、今、U村洋平先輩がされているように、関連文献などをさらに読みながら、さらに学び続けていきたいと思いますにひひ


最後に、

このようなこのような機会を与えてくださった

小島さん・近現代運営の方本当にありがとうございますm(_ _ )m

そしてなにより、僕の講義を聞いてくださった近現代メンバーの皆さん本当にありがとうございましたm(_ _ )m