N-001 ミロ島ヴィーナス全身像(原作大) | きょうの石膏像 
2015年11月09日(月) 07時23分19秒

N-001 ミロ島ヴィーナス全身像(原作大)

テーマ:石膏像 N-全身像 


N-001 ミロ島ヴィーナス全身像      H.216×W.65×D.52cm (ルーブル美術館収蔵 紀元前130~100年頃制作)


2009年からスタートしたこのブログ、最近はもう本当にポツポツくらいしか更新していませんでしたが、最初の頃はけっこうマメに書いていました
その当時から、全部の石膏像を紹介し終わったらラストはこれにしよう!と決めていました。ついにラスボスの登場です

日本で西洋彫刻と言えば、真っ先にこの「ミロのヴィーナス」をイメージする人も多いのではないでしょうか
石膏屋にとっても、大小様々な縮小バージョンや、胸像・半身像・半面像などにカットされたものなどヴァリエーションの豊富さ、取扱量の多さなど、その存在感はやはりNO.1と言ってよいと思います

19世紀前半、エーゲ海・キュクラデス諸島の一つであるミロ島(Milos)で発掘されたもので、古代ギリシャ・ヘレニズム期に製作されたオリジナルの大理石彫像です。サモトラケのニケと並んで、パリのルーブル美術館の至宝とされており、過去にルーブル美術館外で展示されたことは一度しかありません・・・

それは、1964年4月~6月に東京・京都で行われた展示!
オリンピック開催を目前に控えた日本へのフランスからのエールだったのでしょう。オリンピック自体が巨大プロジェクトだったことは当然ですが、このミロのヴィーナスの展示も関係者の方々の膨大な努力で実現したものと推察できます。


1964年の東京での展示のために作られた図録
金文字のタイトルに、ヴィーナス像が浮き上がるような立体加工された表紙

たった一つの彫像展示のために、全100ページオーバーのズッシリした図録
細部を様々な角度から撮影した映像や、詳細な寸法(詳細すぎるくらい・・・)が記された「ミロのヴィーナス作品調書」、発掘の経緯、彫像の歴史的な位置づけ・・・などなど、受け入れる日本側の熱気が伝わってくるようなすばらしいものです

もう50年が経過しているにもかかわらず、日本語で記された資料としては、いまだに最も詳しい資料なのではと思います


ギュスターブ・アローによる発掘当時の様子を描いた木版画も5枚掲載されています
(これは有名な資料ですが、必ずしも史実に忠実なものかは疑問が残ります。彫像の発見者のひとり、オリビエ・ブーティエの話を元にして描かれたもの)




ルーブル美術館収蔵のオリジナル彫像


①ヴィーナス像の発見

ミロのヴィーナスは、1820年ギリシャ・ミロ島の古代ギリシャの劇場跡から発見されました
島の農夫が偶然発見したものを、たまたま立ち寄ったフランス艦隊の乗組員が目にし、その重要性が認知されました

当時のミロ島はオスマントルコの支配下にあり、彫像をめぐってはトルコ側に引き渡そうとする勢力と、是が非でも本国に持ち帰ろうとするフランス側との間で激しい争奪戦が起こりました。フランス側が彫像の購入の意思決定に手間取っているうちに、ヴィーナス像は一度はトルコ船に荷積みされてしまいます。フランス側がコンスタンティノープルから派遣した艦船は間一髪でミロ島の港に入港し、様々な交渉の末に彫像はフランス船に移し替えられたのです

彫像は上半身・下半身に分割された形で発見されたのですが、他にも右手の一部・リンゴを持った左手・結った髪の断片・奉納文を刻んだ大理石版・左足断片などが発掘されたとされています。しかし、その後のトルコとフランスとの彫像の争奪戦による混乱のため、果たしてどれくらいのパーツが発掘されたのか?それらはフランスの船に荷積みされたのか?といったことは不明瞭なままとなっています

最終的に1821年の2月中旬に彫像はパリに到着し、国王ルイ18世に献上された後、ルーブル美術館の収蔵品となりました


②製作者・年代

現在では、彫像は紀元前130~100年頃のヘレニズム期に製作されたものとする評価が定着しています

頭部の表現などはクラッシック期(紀元前5世紀頃)の要素を感じさせるものですが、彫像が上半身・下半身で別々の大理石から制作されていること、その他の腕などのパーツも分割して制作したうえで接合されていることなどから、紀元前2世紀の製作であると判断されています

作者については、彫像がルーブル美術館に到着した時点では存在していたとされる左足側の台座の断片(ルーブル美術館内で紛失した!)に、「アンティオキアのアレキサンドロス」との銘があったとされていますが、学術的に断定されるまでには至っていません


③ヴィーナス像の本来の姿


両腕を失っているため、この彫像が本来どのような姿であるのかということは、長いあいだ議論の的となってきました。

同時に発掘されたとされるヘルム柱、リンゴを持った左手などを考慮すると、ドイツの美術史家フルトウェングラーの提示した復元案は理にかなったものに見えますが、これらの断片が本来ヴィーナス像に由来するものなのか?(他の彫像の部品かもしれない・・)という疑問が残されるため、決定的な案とはみなされていません。他にも様々な復元案が提出されてきましたが、学術的に断定されるようなものはいまだありません。


フルトウェングラーによる復元案



④ヴィーナス(アフロディテ)について

ヴィーナスとは、ローマ神話に登場するウェヌス(Venus)の英語読みです。ウェヌスは元々”魅力”を意味する言葉から来た名前で、本来は菜園・庭園の女神でした。ローマがギリシャ文化を取り込む中で、ギリシャの愛と美の女神アフロディテと同一視されるようになり、その後は両者はほとんど区別なしに古代における美神を表すものとして使われるようになりました

アフロディテは、オリンポス12神の一人ですが、ギリシャ本来の神ではなく古代オリエント地方の豊穣と繁殖の大地女神の信仰のながれをひくものと考えられています。「パリスの審判」をめぐるエピソードは有名です。古代ギリシャの神々の中で、最も美しい人は?と問われたトロイの王子パリスは、アフロディテを選び、その証となる”ヘスペリデスの林檎”を手に入れます。このエピソードから、リンゴはヴィーナス像に関連づけられることが多く、リンゴを手にもつヴィーナス像は「勝利のヴィーナス(Venus Victrix)」と呼ばれます。





ミロのヴィーナス像の腰部分アップ 







今回の記事で、ひとまず特定の石膏像を取り上げて詳しく解説するというスタイルの記事は完結となります

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