K-123 ボルゲーゼのマルス胸像(台なし) | きょうの石膏像 
2013年02月08日(金) 22時15分40秒

K-123 ボルゲーゼのマルス胸像(台なし)

テーマ:石膏像 K-胸像  
ええと、石膏像の記事。

はて?しばらくぶりだね・・と思って調べたら、具体的な石膏像の製品について取り上げた記事というのは、12月9日の”デルフィの御者の像半面”以来ということで、なんと2か月ぶりということになってました。

ということで、古代ギリシャ時代のアルカイック期(クーロス、コレ―など・・)を抜けて、クラッシック期(パルテノン神殿など・・)に差し掛かった辺りのものということで、本日の石膏像はこちら。


K-123 ボルゲーゼのマルス胸像           H.76cm (パリ・ルーブル美術館収蔵 紀元前430年頃のアルカメネス原作 現存するのは紀元前1世紀頃のローマン・コピーのみ)



もうみなさんよくご存じの石膏像ですよね。
美術大学の試験問題としては、定番中の定番。基本ですね~。

原作彫刻は、パリのルーブル美術館に収蔵されています。

FR114

この作品は、本家本元としては、古代ギリシャ時代の紀元前430年頃にフェイディアス(パルテノン神殿建造のリーダー格だった人物)の弟子の”アルカメネス”が作ったブロンズ作品があるとされています。

ただし、そのブロンズ製のオリジナルは現存せず、このルーブル美術館収蔵のものはローマ時代(紀元前1世紀~1世紀頃)に制作された模刻です。

”ボルゲーゼの”と付くのは、この彫像が元々はシエナ(ローマから北西に200km)出身のイタリアの名門貴族である”ボルゲーゼ家”のコレクションだったことに由来します。

ボルゲーゼ家は、17世紀初頭に教皇パウルス5世を輩出し、同時期に枢機卿だったシピオーニ・ボルゲーゼとともにベルリーニ、カラヴァッジョなどの芸術家のパトロンとなりコレクションを充実させました。


ローマのボルゲーゼ美術館(ベルリーニの作品などで有名です)


19世紀初頭、ナポレオンがイタリア半島を支配した期間に、ボルゲーゼ家の美術コレクションが大量にフランスへと移動されたことで、現在ではルーブル美術館の収蔵品となっているものもあります。このマルス像も、そういった作品のひとつでしょう。

ナポレオンは、他にもヴァティカン宮殿の美術品などもたくさん略奪して、パリへと持ち去ったのですが、それらの多くはナポレオンの失脚後に元の場所へと返却されました。

ただボルゲーゼ家のコレクションに関しては、
①当時ボルゲーゼ家が財政的に困窮していたこと
②当時の当主であったカミッロ・フィリッポ・ボルゲーゼの妻が、ナポレオンの実の妹のポーリーヌ・ボナパルトであったこと
などの状況のため、フランスに留まることになったようです(ルーブル側の管理としては、1807年に”購入”という扱いになっています)。


カノーヴァ作 ボルゲーゼ美術館収蔵の”ウェヌスとしてのポーリーヌ・ボナパルト”




さて、この彫刻は日本では”マルス(Mars)”と呼ばれることが一般的ですが、フランスでの表記としては”アレス(Arès)”と表記されています。

”アレス”はギリシャ神話上での軍神の呼び名で、”マルス”はローマ神話での呼称となります。
この二つは同一視されることも多いのですが、少し性質の異なる部分もあるようです。

ギリシャ神話上での”アレス”は、好戦的で荒々しく、怒りやすい狂乱の存在とされ、まるで疫病神のような扱いであるのに対して、ローマ神話上での”マルス”は、勇敢な戦士、青年の理想像として慕われ、主神並みに篤く崇拝された重要な神ということになっています。


ギリシャ神話でのアレスは、父がゼウス、母がヘラという、実に正当な血筋ではあるのですが、双子の妹が”闘争と不和の神エリス(パリスの審判の原因・・・つまりトロイ戦争の遠因を作った)”ということで、兄弟そろってちょっと荒っぽいキャラクターなのです。

「アレスは、火、炎、災難、恐怖という四つのキャラクターを象徴する4頭の馬に引かれた馬車に乗り、青銅の鎧、巨大な槍を握って戦場に向かう。それに不和の神エリスと、二人の従者デイモス(恐怖)とポポス(驚愕)、都市の破壊者エニューオーと死者の血に飢えた陰鬱の神ケールが続いた」
(「恋する石膏像」 視覚デザイン研究所編 より)

どんだけ”呪い”キャラ?
そして、美の女神アフロディテとは不倫の恋仲で、知恵と正義の女神アテナとは常に敵対関係でケンカばっかり。。。


「アテナとアレスの戦い」 ダヴィッド作 1771年 ルーブル美術館収蔵
やっぱりアレス負けてるし・・・



そんな良いとこなしの”アレス”ではありますが、ローマ人にとっての”マルス”は大切な神様なのです。

なんといってもローマ建国の伝説に登場する”ロムルスとレムス”という双子の兄弟の父親が”マルス”であることになっているからです。
成長したロムルスの建国した国がローマですから、マルスは建国の祖ということになります。



有名な、「狼の乳を吸うロムルスとレムスの像」
(カピトリーノ美術館収蔵 狼部分は紀元前480~470年頃のエトルリア人によるもの 二人の赤子部分は1471年にルネッサンス期の彫刻家ポッライオーロが追加したもの 日本では日比谷公園内にブロンズ像が展示されています)



とういうことで、この石膏像の原作彫刻が、古代ギリシャ時代の紀元前5世紀頃であることを考慮すると、”アレス”という名称は妥当なものなのでしょうが、彫像自体の持つ、ゆったりとした、どこか内省的な表情と、その美しい肉体のプロポーションを考慮すると、やはりローマ神話上での”マルス”を描いているのではとも思えてきます。


他にも、Wikiでの発見画像を少し・・・


ミュンヘンの美術館収蔵のマルス頭部 こちらも150年ころに作られた大理石製のローマンコピーと考えられています。



1925年に、ローマのアルジェンティーナ神域遺跡跡から発掘された頭部(カピトリーノ美術館収蔵 From the sacred area in Largo Argentina, 1925.)
おお、ヘルメットの飾りがゴージャス。



LV054
別の日に撮影したルーブル美術館でのマルス像



こちらはWiki様より。写真の解像度がスバラシ~~。けっこう表面はザラついてますね。




FR189

こちらはウフィッツィ美術館収蔵のもので、石膏像だと”青年マルス”と呼ばれるタイプのものですが、基本的なコントラポスト(重心等の配置)、腕の位置などはよく似ています。




こちらの”台座付き”も制作することが出来ます。こちらは”K-122”番となります。



2006年に東京芸術大学美術館で開催された「ルーブル美術館展」には、たくさんの大理石像とともに、このマルス像も来日していました。

ルーブル美術館内だと、わりと照明が暗めの環境に展示されているのですが、この芸大美術館では明るい室内に展示されていて、彫像表面の凹凸などをじっくりと観察することができました。
石膏像のおへその上くらいの位置にある凹凸が、原作のマルス像と一致する部分が確認できて興味深かったです。
僕の印象としては、このマルスの石膏像は、原作彫刻に直接型をかけて複製されたもの・・・だと思う・・・っていう感じでした。





今回取り上げた、K-123 ボルゲーゼのマルス胸像は、私共の運営するオンラインショップ「石膏像ドットコム」で実際に購入していただくことが出来ます。以下のバナーをクリックすると、ショップに入れます。よかったら覗いてみてください。






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