K-187 ポセイドン胸像 | きょうの石膏像 
2012年11月16日(金) 21時36分19秒

K-187 ポセイドン胸像

テーマ:石膏像 K-胸像  


K-187 ポセイドン胸像        H.74cm ( アテネ考古博物館収蔵 紀元前460年頃制作)



久々に石膏像記事です。ギリシャ彫刻でしたよね。

ずっとアテナ神が続いていましたので、今度はそのアテナとはライバル的な位置づけのポセイドンを。


この石膏像の元となったオリジナル彫刻は、たいへんに貴重な作品です。
古代ギリシャ彫刻というものはたくさん発見されており、世界各地の美術館には山のように収蔵されていますけど、その中でもとりわけ素晴らしい彫像のひとつだと言えるでしょう。

オリジナルはこちら、


アルテミーシオンのポセイドン(またはゼウス)  アテネ考古博物館収蔵 紀元前460年頃


この彫像の素晴らしいところは、まず真正な古代ギリシャ時代のオリジナルブロンズ彫刻であること(ローマ時代のコピーとかではなく・・・)。
さらに、彫像全体の保存状態がたいへん素晴らしく、制作当時の基本構造がほとんど失われていないことです。

1926年に、ギリシャのエウボイア島北西部(Cape Artemision,in northern Euboea アテネがあるアッティカ地方の北側にある大きな島が”エウボイア島”)のアルテミーシオン岬沖合の海中から偶然に発見されて、1928年に引き揚げられました。
(1926年は、左腕部分のみが漁船によって偶然発見されて、28年に盗掘船が残りの部分を引上げ中に、官憲に発見されて・・・無事にギリシャ国家の所有物に・・・)

古代ギリシャで制作されたブロンズ像が、イタリア半島へと輸出される際に、船が難破してそのまま沈んだと考えられています。
彫像が制作されたのは、紀元前5世紀前後ですが、この船が沈没したのは紀元前2世紀頃と推定されています。

紀元前2世紀頃は、ローマによる古代ギリシャの神域に対する略奪が繰り返されていた時代で、その戦利品として本国(またはローマの同盟国)へ移送される途中に船が沈没したものと考えられています。


このブロンズ彫刻が、誰によって、どういった意味合いで制作されたのか?ということについては、まだ判明していません。

それにこの彫像は、発見当初からポセイドンを表しているのか、ゼウスを表しているのかが論争の的となってきました。
右手に持っていたであろう、雷 Or 三叉の鉾 が残っていればはっきりするんでしょうけど、残念ながら失われてしまっています。

近年の研究で、同時代の同様のポーズの彫像がゼウスを表現しているものが多いことから、”ゼウス”であるという結論に傾きつつありますが、研究者の間ではいまだに議論が続いているそうです。



この彫像が発見されたこと、そして同時に同じ場所から発掘された・・・


”アルテミシオンのジョッキー”

この騎馬像などによって、古代ギリシャの想像を絶するブロンズ鋳造技術の一端が明らかになりました。

他にも、

File:AurigaDelfi.jpg
1896年にデルフィで発見された、”御者の像”


1972年に、イタリア近海で発見された”リアーチェの戦士A・B”


これらの、古代ギリシャの素晴らしいブロンズ像は、いずれも紀元前5世紀頃に制作されたものです。

ギリシャ・ローマ彫刻というと、とかく大理石をイメージしがちですが、古代ギリシャにおける彫像のメインストリームは実はブロンズだったのではないかと考える研究者もいます。

この”古代ギリシャのブロンズ像”については、後日別の記事で本の紹介とともに書いてみようかなと思って入ます。
素晴らしい研究をなさっている方がいるのですよ・・・・・




さて、いちおうこの石膏像は”ポセイドン”である、ということにしておいて・・・

肝心のポセイドンについて少し。



ポセイドンは、ギリシャ神話上では海の神。
ローマ神話上でのネプチューンとも同一視される存在です。



これもアテネ考古博物館にあるポセイドン像 こちらは”三叉の鉾”を持つのが自然なポーズですね。


家系図的には、ゼウスの”兄”という立場であるため、本来はゼウスと並ぶような強大なパワーを持ち、大海と、大陸を自在に支配し、その支配力は全物質にまで及ぶ・・・というようなすごい存在でした。

ただ、紀元前12世紀頃からの古代ギリシャの暗黒時代(ミュケナイ文明が終焉して以降の400年間くらいの混乱の時代)以降は、海とか、地下水とかに結び付けられるような、ちょっと控えめな立ち位置に落ち着いてしまったようです。


ポセイドンと言えば、アッティカの土地(現在の首都アテネのある地域一帯をさす・・)の領有権をアテナと争ったエピソードが有名です。

オリンポスの12神が、それぞれの土地の守護神となるべく争ったときに、アッティカの土地に対してはアテナとポセイドンが名乗りを上げました。

人々からの信頼を得ようと、それぞれがアピールをすることに・・・

そこでアテナは、オリーブの樹をはやし・・・
ポセイドンは、大地に三叉の鉾を打ち付け、海水の泉をだした・・・


こんな感じですよね。。

当然・・・人々はオリーブの樹をもたらしたアテナを支持し、その後守護神とすることにしました。

塩水じゃね~・・・・ちょっとウッカリすぎですよ、ポセイドン。



後期ルネッサンスの彫刻家ジャン・ボローニャが、ボローニャに作った”ポセイドンの泉”

ポセイドンっていうと、こういうイメージが強いですね。





今回取り上げた、K-187 ポセイドン胸像は、私共の運営するオンラインショップ「石膏像ドットコム」で実際に購入していただくことが出来ます。以下のバナーをクリックすると、ショップに入れます。よかったら覗いてみてください。



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