シニアになったからといって「このあたりで十分」と思うと、毎日がつまらなくなってしまう。これからの人生をもっと楽しく生きていくには服の力を借りるのが一番。
70代の現役スタイリストが、人生の山を楽しく登り続けるコツを提言する。本稿は、西ゆり子『Life Closet』(扶桑社)の一部を抜粋・編集したものです。
もちろん、この先の人生にまったく不安がないわけではありません。とはいえ、やみくもに老後の心配をしたり、嫌なことが起こらないようにビクビクしていると、その不安が現実になる可能性がかえって大きくなってしまうような気がします。
そして、どの道起きることならば、前もってあれこれ心配するよりも、起きたときにどう対処するかを考えたほうが悩んでいる時間も短くて済むんじゃないのかなって。
人生の山を楽しく登り続けて、登りつめたところで果てればいい。そんな生き方が、私にはきっと似合っているのでしょう。
年をとればとるほど素直であるべき
60代も半ばになった頃、以前、とてもおしゃれなファッション誌を作っていた編集長から連絡がありました。その彼も私とほぼ同年代。いったんリタイアしたけれど、「一緒に、またなにか新しいことを始めたいんだよね」ということで、私を含め、かつて彼と仕事をしていた才能あふれるスタッフたちが集まったのです。
ところが、話が一向に進みません。せっかくだれかが面白いアイディアを出しても、「ああ、そんなことは知ってる」と知らん顔。「今どきの、こういうやり方はどうだろう?」と提案しても、「いや、俺たちの時代にそんなやり方はあり得なかった」と受け入れない。
「これじゃあ、ダメだ」。
そのときに気がつきました。年をとればとるほど、素直じゃなきゃいけないのだと。ただでさえ、どんどん頭が固くなっていく年齢ですから、他人の意見や提案に「ハイ!」と言って素直に耳を傾けないと、自分が知りたいことや新しい情報がいっさい入ってこなくなる。私も気をつけなきゃいけないなって。
対照的に、最近、「かっこいい」と思ったのがプロ野球のダルビッシュ有選手です。今年で 37歳になる彼は『侍ジャパン』のなかでは最年長。長年、メジャーリーグで活躍してきた輝かしいキャリアの持ち主です。
なのに、自分のキャリアをひけらかすことなく若い選手たちと一緒にトレーニングに励み、自分より年下のピッチャーに、「君の変化球は、どうやって投げているの?」と、素直に質問を投げかけていたと聞きました。そのフラットな姿勢、本当に素敵です。「私もかくありたい」と思います。
60代はさらに自由に70代はさらにとんがる!
もう一度、前を向けるようになったとき、これからの人生をもっと楽しく生きていくにはどうすればいいのかと考えました。そして、それには、やっぱり服の力を借りるのがいちばんだと気がついたのです。
30~40代でコーディネートの基礎を学び、50代のときは個性的なデザインの服を着ていたこともありました。ベーシックな服からアーティスティックな服まで一通り経験したので、だったら60代からは自分が好きな服だけを自由に着ていこうと決めました。
バラエティ番組のスタイリングに携わり、「派手な服なら、西ゆり子」と言われたときの感覚を思い出し、「目立って、なんぼ」の服を着ることを存分に楽しんでいこうって。
そして、70代からはさらにとんがる! 夫を亡くして一人になった私の心の奥から、「一度きりの人生。やらずに悔やむより、やりたいことはどんどんやっちゃえ!」という声が聞こえてきました。
この年齢になったら、どんな服を着ようと周囲は大目に見てくれます。花柄のワンピースだろうが、ヒラヒラのフリルがついたブラウスだろうが、裸で道を歩かない限り、他人に迷惑をかけることもないですからね。
好きな服を着ることは自分自身を表現することだと思います。この先もますますとんがって、これからの私がどんなふうに変わっていくのか楽しみでなりません。新しい服に袖を通すたびに未知の自分に出会える――そんな希望が胸いっぱいに膨らんでいます。
10年後になりたい自分をイメージして服を買おう
「10年後になりたい自分をイメージして、新しい服を買いましょう」
『着る学校』の生徒さんたちには、繰り返しそうお伝えしています。なぜならば、どんな服を着るのかは、その人の生き方そのものだと、私は思っているからです。
新しい服を買う前に、まずはこれからの自分はどんな人生を歩んでいきたいのか、10年後にはどんな自分になっているのが理想なのか――目標をきちんと定めてこそ、自分らしいおしゃれが楽しめるのだと思います。
10年というのは目安ですが、服以外のものでも、10年後まで大切にできているかどうか、というのは私のなかのひとつの基準です。素敵なお店を紹介されたときには「おいしいけど、10年後も通うかな」と考える。
大好きなお菓子はとらやの羊羹やウエストのシュークリームで、時間を超えて長く愛されるものに価値を感じます。だからこそ、服を選ぶときにも「10年」が大事な基準になるのです。
『Life Closet』 (扶桑社) 西ゆり子 著© ダイヤモンド・オンライン
ちなみに、私の10年後は80代。自分はどんな80代になっていたいのかを考えるに、服やおしゃれに関する仕事はずっと続けていきたい。いくら年齢を重ねても、やっぱり「着ること」が好きなので、生涯、好きなことにまい進していく生き方が私には合っているのだと思います。
とはいえ今よりはゆったり仕事をしたり、着ることがラクな服を選んだほうが体は心地いいだろうから…シルクでできたカットワークのレースのブラウスに、ゆるめのタイトスカート、そこに帽子といったコーディネートが似合いそう。
背筋がシャンと伸びるジャケットや、ウエスト切り替えのベーシックなワンピースもワードローブに加えて、仕事も日々の生活も、ひとつひとつ丁寧にたおやかに過ごせるように。そんな10年後の自分を想像すると、またワクワクしてきます。
「あんな80代になれたら素敵よね」
そんなふうに言ってもらえたら本望です。10年後の私が、今よりもっと自由におしゃれを楽しんでいることを願いつつ、服と共に歩んでいく人生はまだまだ続いていきそうです。
人生の山を楽しく登り続け登りつめたところで果てよう
何年か前に、「シニアになったら、人生という山の下り方を考えよう」という内容の本が注目されたことがありました。でも、私はそうは思いません。人生もおしゃれも、常に上を向いて歩いていきたい。年齢を顧みず、無理して険しい山に登る必要はないけれど、「このあたりで、もう十分」と、山から下りてしまうと、毎日がつまらなくなってしまうと思うのです。
とはいっても、私の場合、日々の生活のなかでそんなに大それたことをしているわけではありません。夕食を作るときに、三國シェフの動画を参考にして定番のメニューに新しいアレンジを加えたり、ベレー帽に前髪をすべて入れて、いつもとは違うかぶり方をしてみたりとか。些細なことでも、新しい試みにトライしてみると楽しいし、一日があっという間に過ぎていく。それが私にとって「山を登る」ことなんですね。