「2016年の“旧車天国”」( 日比恆明氏) | 清話会

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【特別リポート】
「2016年の“旧車天国”」

日比恆明氏 (弁理士)


今年も11月20日に「旧車天国」を見学に出掛けました。このイベントは自動車専門の雑誌社が主催するもので、東京・お台場の駐車場が会場です。

前日の19日は一日中雨が降っていて、「明日のイベントはどうなるやら」と心配していたのですが、当日は快晴となり、気温は20度以上となって久し振りのポカポカ陽気となりました。絶好の外出日和であり、ダウンのジャケットでは汗をかくような気持ちの良い日でした。

           写真1

このイベントでは、現在は製造が中止されている古い自動車・オートバイ(旧車と呼んでいる)を展示し、その所有者(要するにマニア)がお披露目しようというのが趣旨です。ポンコツとなったボロ車を修理し(マニアはレストアと呼ぶ)、新車の時と同じような状態に戻して乗り回す趣味があります。また、その昔に新車を購入したのだが、他の車に乗り換えずにその車を大切に乗り回している人達(ケチなのか省資源を目指しているのか理由は不明)も意外に多いようです。

このようなマニアや趣味人は自慢の愛車を他人に見せびらせてみたい、という願望があります。また、同好の人達と交流をしたいという理由もあって、全国各地でこれらのマニア、趣味人のための旧車のイベントが開催されています。ネットで検索すると、ほぼ各県で似たようなイベントが開催されているのが分かります。しかし、これらのイベントは数十台程度が集まる小規模なもので、中古車店や地元クラブが主催しているものが多いようです。
 
お台場での「旧車天国」は、展示されている旧車の台数は700台以上で、全国の同類のイベントの中で一番規模が大きいものです。最初はそれほどの来場者が集まらなかったのですが、年々知名度が上昇してきたようで、昨年の来場者は1万9千人を越したようです。今年の来場者は2万人を軽く突破し、2万5千人以上ではないかと推測されました。
 
写真2は入場券を購入するための行列で、撮影したのは午前10時頃です。開門が9時30分なので、開門前はもっと来場者が並んでいたのではないかと思われます。

写真3は会場の中央付近で、原宿ほどではないのですが人込みで真っ直ぐには歩きにくい状態でした。久し振りの快晴であったので、外出しようという人達が増えたのかもしれません。


             写真2       

            写真3 

           写真4

このイベントに出展できる自動車には条件があり、
 ①1985年(昭和60年)よりも前に製造が中止されている。
 ②自力走行が可能で、会場まで運転することができる。
 ③車検を通過してナンバーを取得し、改造車ではない。
ことなどです。

さらに、出展には主催者による審査があり、あまりイベントの主旨にそぐわない車両はお断りしているそうです。自主的に出展する自動車は出展料が徴収されるのですが、これはお披露目代でしょう。
 
また、このイベントでは、毎年のように招待車(持ち主ではなく、自動車が主体であるため)があり、全国から珍しい車が展示されています。こちらの招待車は出展料が無料のようです。全国各地にある個性のある車を見つけては出展を依頼しているようで、これがイベントの目玉になっています。

写真4は見ればだれでも分かる霊柩車なのですが、車体は1954年製のクライスラーです。宮大工が製作したお宮が搭載されていて、その意匠は戦前の霊柩車の名残のように凝ったものです。現在、宮型霊柩車は極めて少なくなっていて、都内で走行しているのは滅多に見ることはできません。都内で走行している霊柩車の殆どは黒塗りの洋式となっています。これは火葬場の周囲の住人から苦情が多いからだ、と言われています。自宅の周囲に霊柩車がウロウロされていたなら、住人は良い感情を持たないからでしょう。


          写真5 


          写真6

写真6はお馴染みのデコトラですが、このデコトラは菅原文太主演の東映「トラック野郎」シリーズのために、1975年に製作された実物です。何と40年前のトラックなのです。映画の撮影後は個人の運送会社に引き取られて実際に使用されていたのですが、一旦は廃車となって保存されていました。最近になって東京のマニアに引き取られてレストアされ、車検も通したので「1番」のナンバーが付いています。電飾品はオリジナルです。

当日はこの一番星号の運転席に試乗することもできるのですが、募金を徴収してみえました。これだけ大がかりなレストアなので、拝観料と考えるべきでしょうか。廃ガス規制を通過させるためエンジンや車体には資金を投入したようですが、パネルのペンキが剥げているのが目につきました。順次、手入れされるのかと思われます。
 
その昔、私がヒッチハイクをしていた時にはデコトラに便乗させてもらうことがありました。当時はデコトラの全盛期で、国道一号線の夜の箱根峠を走行していると、眩いばかりにランプを点けたデコトラが帯をなすように連なっていたのを覚えています。デコトラは白ナンバーの冷凍車や保冷車が多く、鮮魚や野菜を満載して高速道路を飛ばしていました。一度、10トン車に20トンの積荷を搭載し、120キロで走行したデコトラに便乗させてもらったことがありますが、この時は事故を起こすのではないかと度肝を抜かれるような心境でした。


       写真7        


       写真8 


               写真9
  
写真9は飛行機のようなデザインをした三輪車です。アメリカ製の「パルス」という車種で、自動車ではなくバイクに分類され、多摩ナンバーを付けてました。


              写真10


              写真11

写真10は国産初の四輪駆動車「くろがね四起」です。旧陸軍の要請で製造されたもので、1938年頃のもの。ボロボロの状態から自走するまで再生したそうですが、このような車が残っていた(保存していた)ことだけでも驚かされます。この車の所有者はNPO法人で、今後も戦前の車両のレストアを続け、博物館を創設するのが目標だとのことでした。


              写真12
 
こちらは女神のエンブレムでお馴染みのロールスロイスで、正面から見た写真12では誰でも分かるフロントです。だが、何だか変な車だと思い、横から見ると写真13のようにバン型になってました。常識的に考えれば、ロールスロイスは人を乗せて運ぶためのもの、という先入観があります。すると、このロールスロイスでは何を乗せるために製造されたのか疑問です。ロールスロイスは受注生産なので、どんな形の車種でも製造してくれるので、誰かが何らかの目的のために発注したのでしょう。


              写真13


       写真14      


       写真15 

こちらはプリンス自動車工業(後に日産プリンスに合併した)が製造していた車を愛用するクラブで、「マイラークリッパー」の生産50年記念をしてました。その車種が写真15のトラックなのです。街で走行しているのを見かけたことのある車なのですが、それほど珍しいとは思ってませんでした。このようなマイナーなトラックに愛着を持つマニアもいるようです。


          写真16

写真16は1936年製のダットサン・フェートンで、3台が並んでいました。一昨年には同型車が1台のみ展示されていたことから、全国に残っている同型車はもっと現存するのではないかと思われます。もしかしたら100台以上も残っているのでは。戦前の映画を観ると、フェートンが医者の往診に使われていた場面が良く出てきます。地方の開業医が所有していた車両が未だあるのではないでしょうか。


       写真17       


       写真18

写真17はトヨペットのトラックタイプで、どういう訳か荷台にはモペットが積まれていました。モペットは自転車に小さなエンジンを取り付けたもので、私が小学生の頃にはまだ現役で走っているのを見かけました。別名が「バタバタ」であり、砂利道をバタバタと走っていました。その後に現れたホンダのスーパーカブによって、あっと言う間に消えてしまいましたが。


       写真19        


       写真20

毎年のことですが、会場内には特設ステージが設けられていて、ライブなどが開催されてました。今年のステージでは「レトロファッション」と題して懐かしの昭和デザインのファッションショーをしてました。仮設の舞台裏では出番を待つモデルさんが並んでました。どこかのプロダクションに所属するモデルらしいのですが、あまり売れそうにもないモデルのようです。ファッションは「昭和のデザイン」と言われればそれらしく見えるようなもので、古いのか新しいのかよく分かりませんでした。


       写真21       


       写真22

会場にはオートバイも多数展示されていて、写真21は1926年製のハーレーのサイドカー、写真22は陸王のサイドカーです。こうして比較すると陸王がハーレーのコピーではないか、と言われる理由が分かります。微妙な点が違うのですが、パッと見ただけでは素人には見分け付かないかもしれません。


       写真23        


       写真24

今年も現れたのはパトカーの模造車で、ドラマ「西部警察」に出てくるパトカーを真似したのだそうです。車の所有者は本物の警察官制服を着用してご満悦でした。しかし、顔つきからすると本物の警察官ではないことが直ぐに分かります。顔が柔和なのです。本物は目つきが鋭く、笑顔などは滅多に見せません。これでは警察官ではなく、ガードマンといった風情です。


       写真25

          
              写真26

会場内のあちこちでは知人や同好の士が集まって昼食を摂っていました。日頃は顔を会わせることが少ない仲間同志での食事でしょう。アスファルトの上ですが、ピクニックの気分のようでした。


       写真27        


       写真28


       写真29         


       写真30

今年初めて出店していたのは「ウッドチャンプ」と呼ばれる模型自動車のレースでした。写真27はその全景で、流し素麺のような細長い木製の樋がコースなのです。コースの最上部に模型自動車を置いて、重力の力で坂を走らせることで到着を競うものです。ソープボックスレースの模型版と考えれば良いでしょう。参加者は写真29にある削り出した木製の素材を購入し、車輪などを取り付けて完成させるのです。親子が小一時間かけて模型を組み立てていました。小学生がスマホをいじるよりも健全で、省エネの遊びでしょう。

今年の会場には「スワップミート」と称したエリアが設営され、即売会場となっていました。写真31はその全景で、昨年までは飲食の屋台が並んでいたエリアでした。ここでは各種の商品を即売でき、プロ、アマの何れも参加できることになってました。要するに、フリーマーケットなのです。半数がプロ、半数がアマチュアではないかと推測されました。


       写真31       


       写真32


       写真33      


       写真34

写真32は各種のステッカーを売るブース、写真33は何だか分からないが車に関連する部品や材料を売るブース、写真34はプラモデルを売るブースでした。


       写真35       


       写真36

写真35では個人タクシーの行灯まで売ってましたが、これは売っていいのでしょうか。自宅の応接間に飾るには問題はないでしょうが、自家用車の屋根に取り付けると問題ありでは。
 
ここでは車に関連する商品ばかりではなく、あらゆる古物が出品されてました。写真36はディズニーの人形、写真37は鉄瓶、写真38は古カバンなどです。こうなると蚤の市となってしまうのですが、それはそれで、何か宝物を見つける楽しみがあるでしょうか。


       写真37      


       写真38

この日、運良く狙っていた戦利品を購入した人は早速台車で運んでいました。小物なら手で持ち帰ることができるのですが、重いものは近くに駐車した自家用車まで運ばなければなりません。宅配便のサービスがあれば便利なのですが。


       写真39


       写真40       


       写真41

さて、今年になって感じたのですが、来場者の多くが注目するのは「高価な車」ではなく「珍しい車」だということです。写真40はロータスヨーロッパが並んでいるブースですが、来場者はあまり近寄りません。一台数千万円する高級車なのですが、来場者は余り関心を持たないようでした。

その理由は、高級車なのですがどこかの街角で見たことがあり、それが記憶に残っているからではないかと思われます。また、高級車が一台だけであれば「これはすごい」と感じるでしょうが、これだけ沢山並んでいると「どれも同じ」という心境になるのでしょう。写真41はポンコツの車なのですが、人だかりしていて熱心に観察してました。過去に見たこともなく、珍しい車の方に関心があるのです。


        写真42

 さて、会場は広いのですが公衆便所があるのは2ヵ所しかなく、しかも台数が少ないのです。それで、便所の前は写真42のように行列ができてました。小用をたすのに30分待ちということになります。これは不便なので、来年は何とか解決して欲しいものです。

■場 外 編



           写真43        


           写真44

さて、旧車天国はお台場にある駐車場の一区画を借り切って開催されたのですが、隣の区画にある駐車場でもマニア達が集まってました。こちらは旧車ではなく、少々危ないマニア達なのです。駐車場のあちこちには改造車が見かけられ、これからパレードの出発を待っていました。

写真43は出っ歯に羽根を付けた改造車で、写真44は「シャコタン」と呼ばれる車高を低くした改造車です。この日、旧車天国があるので、彼らは自慢の改造車を付近の道路で走行させてお披露目させようというのが目的です。公道では一日中、「バリバリバリ」というエンジン音と「フニャラ、フニャラ」という独特のラッパ音が響いていました。


           写真45        


          写真46

改造車に続いて、暴走族のオートバイも待機していて、こちらも危ない連中が隊列を連ねていました。年齢的には30才代が多く、高校生などは見かけられませんでした。最近は未成年の暴走族は少なくなり、この分野でも高齢化が目立つようになりました。写真40はそのメンバーで、この日は数グループが集まっていたようです。危ない連中が集まるところには官憲が介入するのが法治国家のため、付近ではパトロールする警察官の姿も見かけられました。どういう訳か、暴走族は警察官が到着する前にいち早く散っていて、交通指導を受けるようなことは有りませんでした。携帯電話などで連絡を取り、事前に情報を流していたのでしょう。


           写真47

お台場の歩道には多数の観客が待機していました。こちらの連中は暴走族の走行を見るだけの「期待族」と呼ばれている人達です。皆様、カメラ、ビデオを手にしていて、改造車を撮影していました。暴走族が走行するのを見るのが楽しい、という趣味もあるようですが、どんな心理なのかは私には理解不能です。


       
         写真48       

        写真49