無駄に哲学 -4ページ目

無駄に哲学

日常の「あんなこと」や「こんなこと」を、無駄に哲学的に考えるブログ。


どんなに孤独が私を支配しても. 誰かに心明け渡せない
君がいつか ふと淋しくて振り返る その時に抱きしめたいから

さまよい違う場所に何かあると期待してるんじゃないの?
ココでいいじゃない めぐり来る明日を迎え撃てば...

Float World/GARNET CROW


墓場まで持って行きたい名曲。
AZUKI七さんが創られる詩は大好き。
GARNET CROWも大好き。
子の曰わく、古者、言をこれ言ださざるは、躬の逮ばざるを恥じてなり。

<訳>
先生が言われた、「昔の人がことばを〔軽々しく〕口にしなかったのは、
実践がそれに追いつけないことを恥じたからだ。」

岩波文庫 論語 金谷治 訳注

軽々しく大口を叩く自分への戒めの言葉。

>私はこの「隠す」という行動・行為が、性欲を性欲たらしめる一つの要因であるように思う。
>だめだと言われるとしたくなる。隠されると見たくなる。

>もしも町中が裸の女性・男性で溢れかえっていたら?
>最初のうちは乱交の嵐だろう。

>しかし、それが続いたら?

-----------------------------------------------------

裸で過ごす部族が存在する。
たまにテレビ番組でアフリカの僻地へ足を踏み入れたときの様子が報道されるが、
女性は乳房を露わにしている場合がよくある(乳首部分はモザイクがかかっているが)。
それが普通なのだ、彼らには。日本とは文化が違うのだ。

日常的に身体を露わにする部族女性ばかりなら、男性部族にとって「たまらん」状態だろう。

しかし、それは違うらしい。
民族・部族にもよるが、どうやら日常的に裸でいる部族は、着衣の状態で興奮するらしい。
女性は普段は男性を刺激しないよう裸でおり、性的な儀式などの際、服を着るようだ。

なんと。日本とは逆だ。

>私はこの「隠す」という行動・行為が、性欲を性欲たらしめる一つの要因であるように思う。
これはまんざら間違ってもないようだ。

そこで私は思う。
性犯罪のきっかけになるから、という理由で、現在様々な媒体から「いかがわしい画像・動画」の
規制がされている。
でも、そんなものが規制されていなかった時代の方が、
性犯罪の発生率はよっぽど低かったのではないか。

規制され、見えなくする。隠す。

規制で見えなくすることが、人間の「隠されるから見たい」という欲求を
増大させるきっかけになってるんじゃないか。

規制を取っ払ってしまうと、性犯罪率は減るんじゃないか。
そう考えているのは私だけではないはずだ。

「来るもの拒まず去るもの追わず」って言うと
どーしても「女たらし」「男たらし」を想像してしまうのは私だけではないはず。

でも、この言葉は、考えようによっちゃ
拘りの無い、非常に清々しい言葉に聞こえる。

私達はとても強い所有欲求を持ってる。

この地位は私のもの。
この金は私のもの。
この土地は私のもの。
この人は私のもの。
・・・

所有欲求があるが故、離し難くなる。
離れたとき、とても心が痛む。
離れたら取り返したくなる。
心の平安を保つことが出来ない。

でも、世は無常で、同じものが同じところに留まっていることはないんだ。
だから、「自分のものだ」と思い込んでいたものだって、いつか、離れていく。

私達は困難や不幸を避けたいと感じている。
そして、いざ困難にぶち当たると、世界で一番苦しんでいるのは自分だって思う。

こんなに苦しいのは私だけ。
この苦しみは永遠に終わらない。

でも、世は無常で、同じものが同じところに留まっていることはないんだ。
だから、「自分だけの苦しみ」と思い込んでいたものだって、いつか、離れていく。

結局、私たちを苦しめ、心を痛ませる原因は、
拘ってしまう自分の心にあるんだ。

そんなことに気づいた、夜。


すべての不幸は未来への踏み台にすぎない。

ソロー

――――――

弱いものほど相手を許すことができない。
許すということは、強さの証だ。

マハトマ・ガンジー