今、ソコにある危機 | 逍遥録 -衒学城奇譚-
2007年03月24日 23時31分48秒

今、ソコにある危機

テーマ:思想録

すんごいヤバイっつたら、コレ――「国民投票法案」
どこのテレビも新聞もロクすっぽ報道しないけど、コレとんでもなくヤバイ法律ですよ。

<衆院憲法調査委>中央公聴会を開催 
衆院憲法調査特別委員会は22日午前、与党と民主党がそれぞれ提出している憲法改正手続きを定める国民投票法案に関する中央公聴会を開き、与野党が推薦した公述人から意見を聞いた。自民党が推薦した中央選挙管理会の浅野大三郎委員長は「選挙権を持つ人と国民投票法案の投票権者の範囲が異なる場合は周到な準備が必要」と指摘。投票権者の年齢を「18歳以上」とする場合は公選法などとの事前調整が必要との考えを示した。
 また、共産党が推薦した東京慈恵会医科大の小沢隆一教授は与党、民主党案とも最低投票率の制度が定められていないことについて「国民主権の原理に基づく制度としては根本的な不備だ」と主張した。公明党が推薦した法政大の江橋崇教授は一般的な国民投票制度について「憲法改正以外にも直接国民の意思を問う必要がある」と述べ、検討を求めた。
 同午後には民主、社民、国民新各党が推薦した公述人が意見を述べる。また公聴会に先立ち、28日に地方公聴会、4月5日に中央公聴会を開催することを自民、民主、公明、国民新党の賛成多数で決めた。共産、社民両党は反対した。【須藤孝】
【毎日新聞:3月22日】

さてさて、この「国民投票法案」なるシロモノ、どのようなモノかと云いますと……
現在では憲法を変えるために、衆参両議院の2/3以上の議員の賛成で国民に諮り“国民(有権者)”の過半数以上の賛成があって、初めて変更できるのです。
憲法は国のもっとも重要な法律ですから、簡単に変えるコトができない仕組みになっているのです。
それが今回の法案では“有効投票”の過半数以上の賛成で、国民の承認を得たものとしています。
地方自治体の住民投票ですら取り入れられている最低投票率制度すら、取り入れていないのです。
国民の15~20%程度の賛成で、憲法改正ができてしまうという試算もあります。
さらに「憲法第○条○項は現行では『~』となっている『~』と変更する」と云ったカンジじゃなくって「アレとコレとソレについて賛成か反対か?」ってまとめて投票する形式だったり、職業によって議論や情報収集が制限されたり、メディアの報道に規制が加えられる恐れがあったりと……とにかく悪法を絵に描いて、額縁に入れて飾って、花丸をつけたようなモノなのです。
※くわしい内容はコチラ、津久井進さんの「津久井進の弁護士ノート」 で。その他にも、たくさんのヒトたちが、警鐘を鳴らしています。

そして何より問題は、この法案を通したくてたまらないのは、日本の憲法を、国民生活をメチャクチャにしたがっている方々と云うコトです。
この法案が通過した場合、彼らにとって都合のよい、そしてボクたちの国民の生活をメチャクチャにするための法律が、今以上に乱立するコトは想像に難くありません。
この法案に賛成するヒトは、自分たちに都合がよいから賛成と云ってるようですが、そんなもん、廻り回っていつか自分に跳ね返ってくるんですよ。
モノゴトをキレイに見せるやり方なんて、いくらでもあるのだから。
たとえば国民の権利と義務に関する憲法の第3章に、片っ端から“公共の福祉に反しない限り”ってヤツをつけてみたら?

第十八条【奴隷的拘束及び苦役からの自由】
 何人も、“公共の福祉に反しない限り”いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、“公共の福祉に反しない限り”その意に反する苦役に服させられない。
第十九条【思想及び良心の自由】
 思想及び良心の自由は、“公共の福祉に反しない限り”これを侵してはならない。
第二十五条【生存権、国の生存権保障義務】
1  すべて国民は、“公共の福祉に反しない限り”健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
第二十六条【教育を受ける権利、教育の義務、義務教育の無償】
1  すべて国民は、“公共の福祉に反しない限り”法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

……とかして見たらどう?
一見、おだやかな変更のようですが、国民生活に常に強烈な制限がかけられるコトになるワケですし、憲法を元にした下位の法律が、どんどんしめつけてきますよ。
それとか……

第二十条【信教の自由、国の宗教活動の禁止】
1  信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2  何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3  国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

……の第3項「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」なんて、なくしちゃったらどう?
コワイよね~?今まで以上に宗教団体が政治に露骨に介入するための、制限がなくなるワケですから。

こんな風にちょっとの違いでも、法律の性質はガラッと変わってくるのですが、ちょっと見ただけでは何がよくって、何が悪いのか、にわかにはわかりません。
でもまぁ、コレはシステムの問題だから変えようもあるし、他の優秀なブロガァ諸氏が批判されているので、ココでは深くは突っこまないけれど、ボクが一番云いたいのはコレ。

――もし仮に憲法を変えるための手段が、安易にボクらの手にゆだねられたら……?ってコトです。

みんな、仕事に追われている毎日の中で、憲法のあんなコトやこんなコト、変えてよいかどうか訊ねられて考えるコトができますか?
真夜中まで残業して、疲れきってやっと帰った自分の部屋で、憲法について新聞や週刊誌、はたまたネットや政党のビラを読んで、その内容や妥当性を精査するコトができますか?
子どもの勉強や学校のコト、家計のコトにアタマを悩ませている日常で、講演会にでも行って憲法のコトを考えようって気になりますか?
もし連休や夏休みに投票日が設置されたら、休日や数少ない家庭サァビスの機会を返上してまで、みんな投票に行きますか?

多分、ムリ。

どんなにがんばっても、ただ普通に生きている庶民に、国家を動かすコトができるほどの仕事はできるワケがないんですよね。
大体、一億人以上いる有権者の意見が全部まとまるコトなんてできやしない。
だからこそ選挙ってもんがあって、ボクらの代わりに政治のプロに、そういった方面のコトを専門的に処理してもらおうってワケですよね。
ボクらは自分たちの意見を代弁する代表者を、国政の場に送り出すコトによって、政治に参加するのです。
それが日本の民主主義。

もちろん常時政治を監視して、意見や批判をおこなうコトも必要だけど、すべてにおいて国民が決定するコトは不可能だし、実際ボクみたいな普通の庶民に、そんなコトはできません。
ボクらは日常生活の方が大切なんですよ。ソッチに使う労力の方が、はるかに大きいんですよ。
このクソ忙しい日常の中で、どの憲法がよいだの、この憲法のココがおかしいだの考えるヒマなんざ、ありゃしないんですよ。
それをいきなり「ホレ、国民主権だろ?オタクらこのコトについて正しいと思うか、間違ってると思うか、ハッキリしなよ」って具合にボォルをひょいと渡されて、国民の一体どれくらいのヒトが対処できると思いますか?

ボクら国民は(少なくともボクには)、憲法について判断する能力は充分ありません。
あってもせいぜい、限定された案件について賛成か反対かを判断できるぐらいで、包括的に判断するコトはできません。
ボクらにとっちゃ、日常生活のほうが大切なんです。

ボクなんて政治や社会のハナシを、たま~に書いたりしてるけど、正直云って実生活の中でコレをやるのは、結構負担なのだ。
それでもガンバッテるんだよ~スゴイでしょ?なんて云うワケじゃないけど、毎日仕事して、子どもとご飯食べて、風呂に入れて、寝かしつけて、休日は休日で庭や畑仕事したり、遊び行ったりして(ん、仕事の比重少な?)、そんでもってブログなんてやるのは、かなり制約があるのです。
ボクのブログは元々、読書録や創作モノを乗っける場所として創ったワケだけど、コレは読んだ本の感想を書いたりするだけだから、あんまり負担にはならない。
でも政治や社会のネタを扱うのだったら、そうはいかない。
それなりの本を読んだり、ネットで情報を仕入れたり、他人のブログなんか読んで発想を広げていく必要があるのです。
ソレを毎日できるヒトなんて、スゴイと思う。情報収集の上手さもあると思うけど、何より下地があるんだなぁ……って感じる。
それなりにそーいったコトに関心を持っているつもりのボクだって、政治とか社会とかの動きについていくのは、なかなか大変なコトなので、きっとほとんどのヒトが大変に感じるんじゃないかな?
だから多分、いきなりそんな決定権が押し付けられても、困るばかりじゃないかなと思うんですが?

ボクらが政治に対する意見は、選挙で表しています。
それ以上求められても、負担が重すぎるってのが実際のトコロ。
だからわざと負担を重くして、ボクらが政治に関与するコトについて、ウンザリさせる。
「そんなコト考えちゃいられないよ、アンタたちで勝手にやってくれよ」国民がそう考えるようになるまで、ウンザリさせる。
国民にとってどんなに都合の悪いコトでも、右から左に通過できるようになるまでウンザリさせる。
その結果どうなるか?
無関心がやってくる。

そうなると「ふ~ん今度は何?テレビで何かいいように云っていたから、多分いいんだろ」とか云って、何も考えずに判断しちゃうかもしれない。
そうなってくると、テレビや新聞といったメディアからの情報が重要になってくるけど、ご存知のように大手のメディアは軒並み大政翼賛化しちゃって、国民にとってホントに大切な情報は流さない。
前にもちょくちょく書いたのだけど、いくらなんでも偏向がヒドすぎやしないだろうか?
今回のコトだって、憲法を変えようってすんごい大事なハナシ(憲法を変えるための手続きを変えるってな、そーゆーコトだよ)なのに、まるで無関心。
国の行き方を左右すると云ってもいいぐらいの、超ド級の重要な問題なのに、メディアがこんな体たらくじゃ、実際法案が通ってしまえば、こりゃある種のモノの考え方を持つ権力者の、やりたい放題なワケだよね。

この前の世論調査で、国民投票法案に賛成は70%近いとの結果が出ていました。
ふ~ん……で?ボクはその賛成した7割近い回答者に訊きたいね。
アンタたち、よいか悪いか判断できるほど、憲法のコトよくわかってんの?そんな責任、持てるの?

多分、国民が直接政治に参加できるのはよいコトだ……国民が政治を決定できるコトが民主主義であるとか、せいぜいその程度の感覚なんじゃない?
国民投票――いかにも国民が自分たちの意思でモノゴトを決定できる、いかにもコクミンシュケン的な語感に惑わされてない?
賛成の投票したヒト、一体どれぐらいが内容知ってるのかな?
民主主義?――結構!ではその制度の中で生きる一体何人が、責任がともなうって自覚持ってるだろうか?

憲法は変えちゃいけないってモンじゃない。
世の中の状況によっちゃ、変えなきゃいけない場合だってある。
しかしそんな場合だって、何がどういけないのか、どうして変えなきゃいけないのかってのを、主権者である国民が石橋叩くつもりでじっくり議論して、その上でみんなで責任をとるつもりで決めなきゃならないと思うのです。
でもこの「国民投票法案」なるシロモノは、国民の意思を有効に吸いとるシステムになっていません。
どうしてもこの法案を通したければ、それこそ国民投票をおこなうか、内閣は解散をして総選挙でこの法案の国民の審判(云っててシラけるが)を受けるべきじゃないのかな?

そんでもって結論――こんな欠陥だらけの「国民投票法案」なんていらない。おととい来やがれ。


※この記事の大元は今月のはじめぐらいに書いたモノですので、ココで問題視している内容と、与党が提出しようとしている実際の法案の内容とは少し違うかもしれませんが、一度制定されてしまうと、内容はいくらでも変えるコトはできますので、危険度は変わりません。
ココ では「国民投票法案」についてのアンケェトをしていますので、よかったら投票をお願いします。

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