記憶を捏造する人 下 | 『自分と家族の健康は、自前で築く』整体カウンセラーのブログ
(つづき)
 
 
 
暴走した感情には、理性を吹き飛ばす力があります。
感情が激しく暴走する時とは、簡単な話、
生きるか、死ぬかの境目の時だったりします。
 
そんな緊急の時に、いちいち考えてたら、命がいくらあっても足りませんよね。
なので、理性は吹き飛んで、計算をすっ飛ばして、行動してしまうのが生命体です。
 
 
 
暴走した感情が起こると、前頭葉つまり理性が働かなくなります。
母は曲がりなりにも、大学を出て薬剤師になったような人です。
職場では理性的な女性、とても真面目な女性ということで、評価を得ていました。
何回か母の職場に母を訪ねたことありますが、抜き打ちで行っても(笑)、
その働く姿はとても真面目でした。
お客さんからの評価も高かったと言います。
 
だから、能力として、理性で考える力がない人ではないんです。
若い頃は、読書が大好きな人でしたしね。
 
でも人間は、理性と、感情という本能、どちらが強いかと言ったら、
それは圧倒的に感情という本能が、強いです。
すべての理性を塗り替える力さえあるのが、感情という本能の力です。
母の場合も、圧倒的な感情・恐怖があったからこそなのです。
 
その恐怖とは大抵の場合、
自己を否定されるような恐怖、
自分の存在を無価値に思わせるような恐怖
です。
 
死への恐怖とも連動してると言っても良いでしょうね。
「こっちが死ぬところなんだ、お前の話なんか聞いていられるか!!」
と言う心境なのでしょう。
私が小学4年生までは、埒が開かないと判断すると、平然と手を挙げる人でしたからね。
私との話し合いで、母は勝手に、この昔の死への恐怖の感情にリンクしてしまったんです。
これじゃ、5分前に話していることも覚えてなくてしょうがないです。
私だって同じ状況なら、覚えられないでしょう。
 
極端な例ですが、父が昔言っていました。
「一人暮らしをしている時に、女の悲鳴が聞こえた。
ただごとじゃないと思って、アパートの2階から裸足で飛び降り、声のする方向へ走った。
女が乱暴されているのが、わかった。
俺のことを見ると、男はそのまま逃げ去っていた。
かわいそうにと思い、「もう大丈夫だよ」と声をかけて、警察を呼んで、保護してもらった。
すると警察に「犯人は誰なの?」と問いかけられると、その女は、俺のことを指さしたんだ。
混乱してたんだから仕方ないと思う」 と。
 
場合によっては、命の恩人である父です。
感情が暴走して理性が飛んでしまうと、恩義もへったくれもなくて、誰でも良くなるんですよね。
小説の世界なら、話にもならない展開の仕方ですよね。
これが現実ですし、人間の正体の1側面です。
これを前提で私たちは、人間世界を生きていく必要があります。
 
 
 
激しい感情の暴走。
 
こうした感情を生み出す元になった経験や、認識。
これらは幻想でしかなかったこと、これらを持つ必要がなかったことを、
大人になった今からでも認識できれば、克服は簡単です。
 
しかしまぁこうした人達は、
この不毛な幻想、家族さえ殺しかねない感情を知っていても、
これ克服をする気にはないなれないのです。
なる人は3割ぐらいはいますが、7割位の人はなれないのが通常みたいですね。
 
なぜならば、
過去に何らかの激しい絶望や失意があったからなんですが、
そこから這い上がる、生き残る術が、こうした幻想を抱くことであったからです。
言わば、彼らは、勝ち味を知ってしまったのです。
一度味をしめてしまうと、なかなか捨てられません。
しかも、幼少期のトラウマとリンクしていて、死の連想とリンクしているならば、
人間という生命体である以上、なかなか難しいですよね。。。
死という最大の恐怖から守ってくれた、最高の武器を手放すなんて、
いくら愛する子供たちの為でも、できないのが人間というものです。
親といえども、1人のかよわき人間ですからね。
 
でも本当は、
できないことは無いのが、事実です。
できる人も確実いるのが、人間です。
これが、人間の正体の1側面でもあります。
 
後は、本人のご縁と、決断といった所でしょうか。
「より良い人生を歩むこと」であっても、
他人に強要する事は面白くないことなので、お勧めはしません。
いくら肉親といえども「私の思い描く人間になれ、そんな人生を生きろ」
と押し付けるのは傲慢だし、そもそも無理不可能というものです。
今回の一生で、クリアできなくても良い課題なのかな?
と私は思ったりもします。
 
 
 
暴走する感情が、
記憶を捏造、削除、編集するということです。
 
彼らを指して、「不誠実」と言うことができます。
長く付き合う相手としては、通常は選ばない方が得策です。
もし長く付き合うとなれば、それこそ命賭けで付き合うしかなくなるでしょうね。
普通の人ならば、避けることをお勧めします。
 
この暴走する感情は常にその人の心の中にあるので、普通の人付き合いが難しいですね。
必ず隅々に、出てきます。
母のように、職場など家庭の外では、演技しまくる人生ができる人は、やればいいと思います。
母は、お金のために働いていたし、お金のために無理をしていました。
でもそれは、虚しいだけだし、苦しいだけですよ。
 
母が気絶するような交通事故にあった時、
急いで駆けつけた父に対して、病院のベッドの上で言ったと言います。
「私はあのまま、死んでいれば良かったのに・・・」と。
 
本音だと思います。
演技ばかりで、誰も信用しない人生なんて地獄そのものですよね。
その後も母が生きていてくれたおかげで、私の命が本当に助かりましたし、
本当に生きててもらって良かったと思います。
正直、1度ならずとも殺意を覚えた事は母にありますが、
人間にそうした感覚は、不要なのでしょうね。
少なくとも戦場でない限りは不要なのでしょう。
 

 

 

その後の母。

 

母は結局、宗教によって救われました。
母に合うに新興宗教に出会うことができたからです。
全くメジャーなものでは無いのですが。
母はとんちんかんな解釈で、兄や父が聞いても笑ってしまうし、
私はその信仰形態や、教えの内容に違和感しか覚えない団体でした。
最初は付き添いで施設まで行きましたが、
翌年には私含めて血縁は誰も全く信心もしていないし
関係者でも無いのですが、母には真理のように見えるようなのです。
権威には弱いし、スピリチュアルにも弱いので、母にはぴったりくるのでしょう。
 
今では、行動も積極的になったし、心も積極的になったし、
自分の醜い部分も、過去の辛く悲しかった部分も、心をあけっぴろげに話せる仲間、親友たちができたので、
母には最高の環境なんだと思います。
 
母が「入信する」と私たちに言った時、兄は大反対でした。
しかし私は大賛成でした。
そして兄を説得した覚えがあります。
 
どの宗教でもそうですが、食べ物と一緒です。
合う合わないがあるんです。
合う人は、食べ物と一緒で、ぐんぐん元気になってくるんです。
合わない人は辞めればいいし、合わなくなったら辞めればいいんです。
それだけのものです。
 
「死なないようにしてくれたので、これだけで御の字だね♪」
私はこう想って、その縁のない宗教団体を評価しています。
 
人間が生きる道は、実に様々あると思います。
だからこそ、世の中が上手く回るのでしょうね。
 
 
(追伸)
これを書き上げたら、父から食事の誘いのメールがやってきました(笑)
人間、必ずどっかでつながってるんですよね。
 
 

(感謝)
 
    
   
セルフ整体道場・新宿天心會   吉田直樹 拝
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