神さまは、この世を喜びの世界に設計されていますから、本当は、この世は楽しくて嬉しくて仕方がないはずです。


本来の正しい生き方をすれば
「生きることが楽しくて仕方がない」ようです。


でも、
その楽園の掟をやぶったのは人間です。


 いつの間にか自分勝手に「私」という幻想を生み、
自分について考え始め、苦しみを創りだしました。


苦しみとは「私」について考えていることに他なりません。


聖書では、「知恵の木の実を食べて目が開いた」と書いていますが、
エゴの発生が苦しみの始まりであり、
それが、神から離れることであり、「死」だというのです。


 人間は神さまの願うように生きるように設計されているので、基本的には間違ったことでは、わくわくが持続しません。


もしも、
ずっとわくわくするのなら、一生それを続ければいい。

それが天の理に叶った人生でもあるからです。


 困るのは、わくわくしない人です。


どんなことにもわくわくせず、わくわくしないから怒り、
だれかのせいにしたり、自分を責めたりして人生を台なしにします。


つまらない人生を送るのです。


では、
どうしたらわくわくするのでしょうか。


まず、
「好きになる」ことです。


世の中にあるもの、出会うもの、
すべてに喜びはあるから、それを見つければいい。


でも、
自分に合わないのなら、そこから離れればいい。


そして、
自分がどんな風になっていたら最高に嬉しいか、
妄想して、想像して、イメージをするとき、
そこから現実が生まれます。


この妄想以上にわくわくするものはありません。


それから、
その妄想をにこにこ笑って聞いてくれる仲間を持つことです。


大体、
近くにいる人は、
「そんなのムリ」
「アホっちゃう」
と、頭ごなしに否定するものです。


そこで、
出会いを大切に、
妄想を認めてくれる仲間と出会う旅に出るのです。


 わくわく人生を送らないと、神さまが悲しみます。


誰でもない、
この広い宇宙でたった一つの自分です。


最高にユニークな存在です。

自分にわくわくをゆるし、自分を愛しましょう。


 自分を愛せた時、
人は、本当に人を愛することができるようになるから。