建国記念日に
愛媛県で講演させていただきました。

1,000人の会場に
 たくさんの方々が集い
祖国日本のお誕生日を寿ぎました。

 

 国を大切に思う心は、
人として当たり前のこと。

 そんな
当たり前のことを
当たり前に感謝できる
日本になりますようにと
心から祈ります。

伊曾乃神社の宮司さまとパチリ



でも、

まだまだ道半ばです。


 教育勅語の本を書いたというだけで、ネットに書き立てられたり、週刊誌に実名でバッシングされたりするのですから。

見も知らぬ人のブログに、赤塚高仁はスピリチュアル系の右翼と書かれたり、フェイスブックの写真も勝手に使われたり・・・


テレビ局から取材の電話かかってきたり、
夜、家に帰ってくると新聞記者が待ち構えてて、
ボイスレコーダー突きつけてきたり、


何が起こってるのか、
よくわからないけれど、

「教育勅語」は

これほどまでにタブーとなっているのですね。

でも、

令和に入り、

やまとこころのキャンドルサービス、いよいよ新しいステージに入ったようです。


少し力を抜いて、
和をもって、向き合っていきたいものです。

アンチは財産ですからね

無関心より愛があると思っています。

それはさておき、

私の「ヤマト人への福音」を読んでくださった方からの感想をご紹介します。


「《 それは宇宙の法則 》
〜ヤマト人への福音 教育勅語という祈り〜

かつての私は「教育勅語」と聞くと、漢字が多くて、固くて、そして少し「怖い」ようなイメージを持っていました。

私を始めとする多くの日本人が内容を説明できるどころか読んだこともないままに、軍国主義へ向かわせる思想の一つであるかのようなイメージを持ってしまっているようです。

これって何故なのでしょう。

逆風の真っ只中にある教育勅語の本を赤塚高仁さんが先日出版されました。

私は多くの素敵なお友達や学びを授けてくださる方々に恵まれています。
そしてそれぞれに様々な思想を持ってらっしゃいます。

世間ではよく右や左と言う言葉が使われますが、それで言うなら私は全くの真ん中に位置すると思っています。

それは識者の方から見ると勉強不足すぎてわかってないからでしょうと言われても反論の余地もないというのも大きな理由の一つです。

でも、そんな私だからこそ、なんの偏りもなく、フィルターもかかってない状態で素直に教育勅語に触れることが出来るのではないかと思いました。

赤塚さんからは、聖書を学び、昨年はイスラエルの旅にもご一緒させて頂きました。

ひねくれ者の私は「だから肩入れしてるだけでしょ?」とは決して言われたくないので、ツッコミどころは何処かにないかと気にしながら赤ペンを持ちつつ、2度読んでみました。

でもどう読んでもそれがみつからないのです。

そこにはいかなる政治、宗教、思想、時代にも片寄ることなく、そして、本当は世界のどの国や民族にも当てはまる、全てを超越した「普遍の真理」があります。

世界は力あるものが権力を持ち支配する「ウシハク」国がほとんどの中で日本は「シラス」つまり「知らす」という言葉の中に、和することで治めるという陛下の大御心が溢れていました。

封建的でも軍国主義的でもない、それはとても大きな意識。
「宇宙の法則」なのだと感じました。

それを体現する「靈止(ヒト)」のあり方の指針

イエスの本当の教えが歪められ、キリスト教という形で世界に広まり、それが戦争の歴史の中で利用されてしまっているように、教育勅語もある意味、明治天皇の想いとは別の形で利用され歪められてしまっているように感じています。

赤塚さんが心訳された「ヤマト人への福音 教育勅語という祈り」を読んでみて下さい。

それでも教育勅語はあかんわと言われる方は、どのあたりがあかんのか、「この本を読んだ上」であかんところを教えていただけたら幸いです(^^)

軍国主義に駆り立てるものであるどころか、もし世界中に広がり皆がこの内容を実践すれば、この地球は愛が溢れる幸せの星となり戦争など起こりようがない。そんな風に感じています。」

褒められると舞い上がり、
けなされると落ち込む
打たれ弱い私ですが、真っ直ぐ歩いていこ。

そして、

このまま旅を続けよう。

短い期間限定の人生という旅ですから。