東京が「蚊帳の外」にならないために

9月24日、トランプ米大統領と習近平国家主席の首脳会談が予定されている。台湾海峡、東シナ海、半導体、AI、経済安全保障。米中間で扱われる可能性のある議題の多くは、日本の安全保障と経済に直接関係する。

 

日本が会談後に「米国から説明を受ける」だけでは十分ではない。米中が話し合う前に、日本自身の認識と国益を米国側に伝えておく必要がある。その意味で、8月後半から9月は、高市外交にとって一つの重要な分岐点になる。

 

中国との関係は、高市早苗首相の台湾有事をめぐる国会答弁を契機として悪化したままである。ロシアでは8月13日、プーチン大統領が現職ロシア大統領として初めて択捉島を訪問し、日本政府は強く抗議した。さらに、米国は8月18日、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長らに制裁を発動した。

 

こうした中で迎えるのが、9月24日の米中首脳会談である。ここで、高市外交は何をするのかが注目されている。

確定したこととまだ決まっていないこと

8月17日~22日:外相がサウジアラビア、オマーン訪問〜実施
8月24日~27日:超党派国会議員団が訪中〜台湾有事答弁後の本格的な議員間接触
9月22日~28日:国連総会一般討論〜国連日程は確定、首相出席は調整・検討段階
9月24日: 米中首脳会談〜最大の外交節目
11月:深圳APEC〜日中首脳会談の有力機会

 

なお、報道では習主席は9月23~25日前後をワシントン訪問に充ており、ニューヨークでの国連総会には出席しない見通しとされているが、中国政府による正式な国連日程の発表はまだ行われていない。

高市外交は本当に停滞しているのか

熊本地震への対応を優先したこともあり、高市首相自身の海外訪問が少なく、外交活動が停滞しているようにも見える。しかし、実態は違う。

 

8月10日にはオマーン国王、12日にはイラン大統領、19日にはトルコのエルドアン大統領、20日には英国のバーナム首相と相次いで電話首脳会談を行っている。

 

茂木外相も、8月17~22日にサウジアラビアとオマーンを訪問した。つまり、高市首相が、国内にとどまる一方、電話首脳外交と外相外交によって中東、欧州との接触を続けている。

 

問題は外交量ではない。中国、ロシア、米国に対する姿勢が、国民から見たとき一つの原則でつながっているように見えないことである。

中国・ロシア・米国――対応の違いはどう見えるか

中国に対して、高市首相は台湾有事答弁を撤回する姿勢を示していない。その一方で、7月27日の記者会見では、中国を「重要な隣国」と位置付け、「戦略的互恵関係」を包括的に推進し、建設的かつ安定的な関係を構築する方針に変わりはないと明言した。

 

懸念があるからこそ「あらゆるレベル」で対話するとも述べ、11月のAPECについても「楽しみにしている」と語っている。したがって、高市政権の中国政策は、本来「譲歩しないが、対話も閉ざさない」というものである。

 

ロシアについても同様である。プーチン大統領の択捉島訪問に対し、高市首相は「強く抗議する」「断じて許容できない」と明言し、北方領土は歴史的にも国際法上も日本固有の領土だとの立場を改めて示した。

 

一方で、墓参という人道問題のため、対話チャンネルを維持する必要性にも言及し、追加措置については「政府内で検討する」とした。

 

その後、ロシアは、日本大使を呼び出して逆に抗議し、さらに北方領土周辺でミサイル訓練を実施した。事態は収束しているどころか、ロシア側が実効支配と軍事的存在を誇示する方向に動いている。

 

そして、最も難しいのがICCである。米国は8月18日、ICCの赤根智子所長らに制裁を科した。さらにルビオ国務長官は、米国がICC加盟国に対して離脱を働きかけていく姿勢まで示している。

 

したがって、単なる赤根氏個人への制裁問題ではなく、ICCそのものの国際的基盤を弱めようとする動きへ発展する可能性がある。

 

高市首相は、これを「極めて遺憾」としたが、同時に米国や関係国との意思疎通を続けるとしている。茂木外相も、日本は重大犯罪の防止と法の支配を重視し、ICCを一貫して支持すると明言している。つまり、政府は決してICCを見捨てたわけではない。

 

それでも、中国やロシアへの厳しい言葉と比較して、米国への表現が抑制的であることから、「相手によって法の支配の基準を変えているのではないか」との批判もある。

求められる「全員に同じ対応」ではなく「同じ原則」

ここを、高市政権は整理して説明すべきである。中国、ロシア、米国に同じ制裁や同じ言葉を使う必要はない。日本にとって、米国は同盟国、中国とロシアは安全保障上の重大な懸念を抱える隣国であり、関係が違うのは当然である。

 

しかし、適用する原則まで変えてはいけない。高市外交が9月に打ち出すべき原則は、「日本の主権と国益を守る。力による一方的な現状変更を認めない。国際法と法の支配を重視する。同盟国であっても異論は伝える。同時に、対話の回路は敵対国に対しても閉じない」という一本の線であるべきだ。

 

これなら、中国にもロシアにも米国にも説明できる。そして実際、高市首相が7月27日に示した外交の基本線も、強固な日米同盟を基軸としながら、インド太平洋、欧州の同志国との連携を広げ、「自由」「開放性」「法の支配」を軸とするFOIPを進化させるものである。

 

足りないのは、政策ではなく、それを一つの外交哲学として見せることである。ここが、今大きな課題となっている。高市外交が示すべき原則は、次の5点である。

  1. 日本の主権と国益を守る

  2. 力による一方的な現状変更を認めない

  3. 国際法と法の支配を重視する

  4. 同盟国にも必要な異論は伝える

  5. 相手国との対話の回路は閉じない

米中首脳会談前の日米協議

これは、最大の焦点である。現時点で、9月の正式な日米首脳会談の日程は発表されていない。しかし、高市首相が国連総会に出席するのであれば、米中首脳会談に先立つタイミングでトランプ大統領との日米首脳会談を設定することが最も望ましい

 

理由は明確である。トランプ大統領は、翌24日に習主席と会談する。台湾海峡、東シナ海、中国の経済的威圧、重要鉱物、半導体、AI、北朝鮮など、日本の安全保障と経済に直接関係する議題が米中間で扱われる可能性がある。

 

日本が、米中会談後に「米国から説明を受けました」だけでは不十分である。最も重要だと考えるのは、日米事前協議 → 米中首脳会談 → 日米事後協議という3段階を作ることである。

 

対面会談が日程上不可能なら、少なくとも9月22日までに日米首脳電話会談を行うべきである。これは中国への敵対行為ではない。同盟国として、当然の政策調整である。

国連総会への高市首相の対応

現段階では、官邸から正式な訪米日程は発表されていない。しかし、複数の政府関係者を引用した報道では、高市首相は9月後半の国連総会出席を検討しており、9月後半に検討されている内閣改造の日程についても、「首相の訪米」を織り込んで調整しているとされる。

 

そのため、出席の可能性はかなり高まっているとみてよい。国連総会の一般討論は、9月22日~26日と28日である。熊本地震対応が悪化するなど、特段の事情がなければ、高市首相は出席するものと思われる。

 

国連総会を「多くの首脳と会う場」にするだけでは足りない。目的は、米中首脳会談を前に日本の立場を同志国・パートナー国と共有し、11月のAPECへ向けて中国との対話の回路も作ることにある。

 

今年の国連総会は、通常以上に意味がある。習主席がニューヨークの国連総会に来ないのであれば、高市首相は国連総会を利用し、米国だけでなく、韓国、豪州、インド、英国、欧州各国、グローバルサウス諸国との首脳会談を集中的に組むこともできる。

 

さらに、中国から李強首相などの高官が出席するのであれば、短時間であっても日中のハイレベル接触を試みる価値がある。

 

ここで、日中関係を解決する必要はない。11月の深圳APECで高市―習近平会談を実現するための地ならしをすることが9月の目標でよい。

中国には「撤回」ではなく「再確認」を提示

中国側の要求に応じて、台湾有事答弁そのものを撤回すれば、中国の圧力によって日本の国会答弁が変更されたとの印象を与えかねない。これは避けるべきであり、首相サイドも、これまでの政府答弁を見る限り、撤回する姿勢は示されていない。

 

一方、「何も説明しない」という態度も得策ではない。日本政府は、台湾海峡の平和と安定を重視すること、台湾問題の平和的解決を期待すること、日中間の既存の政治文書を尊重すること、実際の安全保障法制の適用は個別具体的な状況に即して判断されることを改めて整理して発信すればよい。

 

つまり、発言の撤回はしない。しかし、既存の日本政府の政策に変更はないことを再確認する。これなら一方的な譲歩にはならず、中国側にも関係改善の入口を与えられる。8月24日から訪中している超党派議員団の中国側との協議も、その温度感を測る一つの材料になる。

ロシアには「段階的対応」の基準を示す

択捉島訪問への抗議だけで終われば、ロシアから見ればコストはほとんど発生しない。一方、直ちに大規模な追加制裁に進めば、日露間の墓参問題やエネルギー、安全保障上の意思疎通まで失う可能性がある。

 

必要なのは、その中間である。日本政府は、北方領土へのロシア最高指導部のさらなる訪問、軍事施設の増強、大規模演習などが行われた場合には、関係する個人・組織に対する追加措置を検討するという、段階的な対抗措置の基準を示すべきである。

 

そのためには、「今回は抗議した。次に同様の行為があれば一段階上げる」という姿勢を明確にする。同時に、元島民の墓参など人道上のチャンネルは残す。これなら、強硬論にも融和論にも流されない、現実的な抑止外交となる。

米国に異論を言えることが日米同盟を強くする

高市政権にとって最も重要なのは、ICC問題を曖昧なまま終わらせないことである。米国との同盟関係を傷つける必要はない。

 

問題は、米国を批判することそのものではない。日本が、中国やロシアに「法の支配」を求める以上、その原則を同盟国との関係でも説明できるかどうかである。

 

日本が、「法の支配」を中国やロシアに求めながら、同盟国による国際司法機関への圧力には沈黙するなら、日本外交の説得力そのものが低下する。

 

日本は、ICC支持を明確に維持し、赤根所長を含む裁判官や検察官の司法上の独立を尊重するよう米国側に求めるべきである。しかし、それを反米外交にしてはいけない。

 

欧州などICC加盟国と共同歩調を取り、多国間の問題として米国と協議するべきである。同盟とは、何でも同意する関係ではない。重要な同盟国だからこそ、異なる考えを率直に伝えられる関係である。

国連演説で「高市外交の原則」を宣言

国連総会では、演説だけでなく首脳外交の組み方が重要になる。中国には台湾海峡と力による現状変更、ロシアにはウクライナと領土、ICCについては国際司法機関の独立を語る。同時に、「日本はどの国との対話も拒まない」と明言する。

 

主張すべきことは主張する。しかし、関係を壊すことを目的にはしない。これが高市外交の原則として示されれば、これまでバラバラに見えていた対応が一本の線につながる。そして演説では、個別問題を並べるだけでなく、5原則を一つの外交哲学として示すべきである。

高市外交が9月に打つべき5手

① 米中首脳会談前の日米協議:日本の台湾・東シナ海・経済安保に関する認識を事前共有する。

② 国連総会で外交原則を明文化:主権、法の支配、現状変更反対、同盟国への異論、対話継続を一本の線で示す。

③ 中国には「撤回」ではなく「再確認」:台湾有事答弁を撤回せず、従来の日本政府方針に変更がないことを説明する。

④ ロシアには段階的対応を提示:次の挑発に対して何をするのかをあらかじめ明確にする。

⑤ ICCでは欧州と連携して米国に異論を伝える:同盟を維持しながら、法の支配という原則も守る。

9月は「説明不足」を解消できるか

高市政権の現在の外交を詳細に見ると、必ずしも場当たり的ではない。中国には「主張を曲げず、対話を続ける」。ロシアには「領土原則を曲げず、人道的チャンネルを残す」。米国には「同盟を維持しながら、ICC支持を変えない」。そして、日米同盟を基軸としつつ、英国、インド、豪州、韓国、中東などへ外交網を広げている。

 

実際には、かなり一貫した構造がある。問題は、それが国民にも国際社会にも十分伝わっていないことにある。だからこそ、9月である。

国連総会に高市首相が出席し、米中首脳会談前の日米協議を実現し、中国側高官とも接触し、ロシアへの段階的対応を明確にし、ICCについて法の支配を正面から語る。そして11月の深圳APECへつなげる。

 

9月24日の米中首脳会談を、ただ見守る日にしてはならない。米中が大国間の秩序を話し合う前に、日本の国益と認識を米国へ伝える。会談後には、結果を検証する。一方で、中国とも自ら対話する。それこそが、「米国追随でも中国迎合でもない日本外交」を最も分かりやすく示すことになる。

 

高市外交に今必要なのは、さらに強い言葉ではない。何を守り、何には反対し、どこでは対話を続けるのか。その原則を、具体的な外交行動によって可視化することである。9月の国連総会は、高市外交がその姿を世界に示す大きな舞台になり得る。