400万人という数字の前で

2025年末現在の在留外国人数は、412万5,395人となった。前年末比35万6,418人(9.5%)増で過去最高を更新し、初めて400万人の大台を超えた。

 

この数字をめぐる議論は、しばしば2つの極に分かれる。人手不足を埋めるために受け入れを拡大せよという声と、治安が悪化するから入国そのものを絞れという声である。

 

しかし、どちらの側も肝心の問いを飛ばしている。日本はどういう人に来てほしいのか。そして、来た人に何を求めるのかである。この2つを言語化しないまま、数字の増減だけを論じても、それは政策にはならない。

 

移民政策を「安い労働力の確保」と考えるのであれば反対するが、日本で学び、働き、生活することを選び、日本の法やルールを守り、公的な義務を果たそうとする人が、一定の要件を満たせば安定して暮らし続けられる制度には賛成する。そして、外国人の入国は犯罪の温床になるから即反対、という立場は取らない。

安い労働力という発想が国を弱くする

技能実習制度は、「技能移転による国際貢献」を目的に掲げながら、実態は人材確保であり、その建前と実態のねじれゆえに国際社会からも批判を受け続けてきた。

 

2024年6月の改正法により同制度は発展的に解消され、2027年4月1日から育成就労制度が施行される。分野ごとに定められる1~2年の転籍制限期間を経て、技能・日本語能力など一定の要件を満たした場合には、本人の意向による転籍が認められる。3年の育成期間を経て技能と日本語の水準を満たせば特定技能1号へ移行できる。

 

これは、使い捨てから、育てて定着させる政策への転換であり、方向としては正しい。なぜ、「安い労働力」という発想を退けるのか。その理由は3つある。

 

第1に、外国人材を低賃金労働力として受け入れ、それを賃上げの代替手段とすれば、日本人労働者の処遇改善にも悪影響を及ぼしかねない。外国人材の受け入れが、賃上げの逃げ道として使われれば、損をするのは国内の働き手である。

 

第2に、安価な労働で穴を埋めることができれば、省人化投資や設備更新を先送りする誘因にもなり得る。政府が新たな官民目標として位置づけた2040年度250兆円の国内民間設備投資とも方向が逆になる。成長戦略が描く生産性向上の道筋とも正面から矛盾することとなる。

 

第3に、これが最も重い。人をコストとして扱う国は、いずれ人から選ばれなくなる。円安と賃金水準の相対的低下が続くなか、日本はすでに人材を選ぶ側ではなく、人材から選ばれる側に回っている。安く使う相手として人を呼ぶ発想は、遠からず現実によって否定される。

治安の議論は数字で行う

外国人受け入れに反対する論拠として、治安の問題は必ずと言ってよいほど持ち出される。ここは、楽観論でも感情論でもなく、最新の数字で見なければならない。

 

警察庁によると、2025年中の「来日外国人」による刑法犯の検挙件数は1万7,614件、検挙人員は7,333人となった。検挙件数は前年の1万3,405件から31.4%増加し、検挙人員も965人増えている。警察庁は、件数増加の主な要因としてベトナム、タイなどによる窃盗犯の増加を、検挙人員増加の主な要因としてベトナムによる窃盗犯や知能犯の増加などを挙げている。

 

さらに、刑法犯検挙事件に占める共犯事件の割合は45.3%で、日本人の11.5%を大きく上回る。組織的犯罪への警戒を強める必要があることは明らかである。

 

ただし、ここには重要な注意点がある。警察統計でいう「来日外国人」は、在留外国人全体を意味しない。永住者、永住者の配偶者等、特別永住者などの定着居住者は、この統計から除かれている。したがって、1万7,614件という数字を、412万人を超えた在留外国人全体の犯罪傾向として、そのまま読み替えることはできない。

 

実際、在留資格「永住者」に限れば、2025年の刑法犯検挙件数は3,215件で前年比2.7%減、検挙人員は2,482人で同0.4%減となっている。犯罪の増加が確認される層や罪種がある一方で、外国人全体が一様に同じ傾向を示しているわけではない。

 

また、不法残留者数は2026年1月1日現在で6万8,488人となり、前年から6,375人、8.5%減少した。不法滞在や制度の濫用への対策は引き続き厳格に進め、こうした減少傾向を定着させる必要がある。

 

重要なのは、犯罪の増加という事実を軽視しないことと、その数字を統計の対象を超えて一般化しないことの両方である。違法行為、組織犯罪、制度の悪用には厳格に対処する。一方で、それを理由に、適法に働き、学び、生活している人々まで一括りに疑うべきではない。

 

治安を守ることと、外国人を排除することは同義ではない。必要なのは、国籍だけで人を見るのではなく、具体的な行為とリスクに基づいて、ルールを執行することである。それこそが、秩序ある共生を実現するための治安政策である。

要件は約束の明文化

政府は2026年1月23日、「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」を決定した。内閣官房に司令塔となる推進室を置き、出入国在留管理の適正化と、日本語教育・相談体制の充実とを両輪で進める立て付けとなっている。注目すべきは、その本文が双務的に書かれている点である。

 

外国人には、入国前から日本語や社会規範・制度を学び、入国後も学び続けながら地域コミュニティの一員として責任ある行動をとることが求められる。同時に、受け入れる日本社会の側にも環境整備の責任があり、公正で明確なルールを設定したうえで、それを言語化・可視化することが国の責務とされている。求めるだけでなく、応えるという構えは評価してよい。

 

その具体化が、2026年7月3日に法務省が公表した「日本語・生活学習プログラム(仮称)」の報告書だ。ICTを活用して、入国前から日本語や行政手続、生活上のルールを学べるようにし、入国後も継続できる環境を整える。受講状況を在留審査の判断材料とすることも、検討事項に挙げられている。自民党の第2次提言では、2028年度からの試行実施を求めており、政府でも具体的な制度設計が進み始めている。

 

さらに8月18日には、政府横断の『日本語・生活学習プログラム(仮称)』検討WGが初会合を開いた。7月のPT報告書をたたき台に、対象者、学習内容、受講方法、在留審査との関係などの制度設計が具体的に始まっている。

 

これは選別ではなく、「約束の明文化」である。日本語を学ぶ。生活のルールを理解する。納税と社会保険という公的義務を果たす。そうした努力を続ける人が、将来を見通しながら安定して暮らせる制度にしていくべきだ。

 

基準が曖昧なまま裁量で運用されるより、要件が明示されるほうが、受け入れる側にとっても、来る側にとってもはるかに健全である。要件を厳格にすることと、門を閉ざすことはまったく別の話である。

 

外国人に日本語を学ぶこと、法や生活ルールを守ること、税や社会保険料を適切に納めることを求めるのであれば、それは一方通行であってはならない。日本社会の側にも約束が必要である。

 

適法に働く人には公正な労働条件を保障する。日本語を学びたい人には学べる環境を用意する。行政、医療、教育について必要な情報にアクセスできるようにする。そして、ルールを守り、日本で生活を積み重ねてきた人が、自分と家族の将来を予測できる透明な在留制度をつくる。条件を課すことと、受け入れた人を社会の一員として扱うことは、セットでなければならない。

 

政府自身も、従来の共生政策で「受入れ側の日本人」と「受け入れられる側の外国人」の双方に役割があるという考え方を示している。

日本の価値は何か?

412万人の在留外国人のうち、働く外国人も257万人を超えた。2025年10月末の外国人労働者は257万1,037人、前年比11.7%増、過去最多となった。

 

日本と外国人との接点は、もはや観光だけではない。2025年10月末の外国人労働者は257万1,037人に達しており、日本の職場や地域社会を構成する存在として、その重要性は急速に高まっている。

 

日本を選ぶ理由は人によって異なる。しかし、日本が提供している価値の中には、治安、生活環境の清潔さ、公共サービスの安定、食や文化など、日本人が日常の中で意識しなくなったものも少なくない。いずれも、日本人自身が当たり前と思って軽んじてきた価値だが、日本を選ぶということは、その価値を選ぶことと同じになっている。

 

その中から、ここで暮らしたいと思う人が現れるのは自然の流れである。日本語を覚え、ごみの分別を覚え、祭りに顔を出し、祭りや自治会、さまざまな地域活動の担い手になっていく人が現れれば、人口減少が加速する地方にとっては脅威ではなく希望である。

 

さらに言えば、日本で学び、働いた人は、やがて母国に戻った後、知日層・親日層として日本との橋渡し役になり得る。日本と自国、そして世界の友好に貢献したいと考える人を積極的に受け入れることは、外交資産の形成そのものである。

 

これはODAを通じて長期的な信頼を積み重ねてきた発想とも通じるところがある。国際化とは、国内に外国人が増えることではない。日本を理解し、日本を語れる人が世界中に増えることである。ここを取り違えてはならない。

課題から目を逸らさない

もちろん、実在する課題を軽く見るつもりはない。医療費の不払い、国民健康保険の適正利用、土地・不動産の取得実態、集住地域における教育と行政の負担など、いずれも現場では切実な問題であり、放置すれば制度そのものへの信頼が崩れる。

 

政府の準備は進んでいる。2026年6月14日から、希望者を対象に、在留カードにマイナンバーカードの機能を付加した「特定在留カード」の運用が始まり、電子渡航認証制度(JESTA)は2028年度中の導入を目指す。永住許可の適正化、不法滞在者ゼロプランの推進も、同じ流れにある。

 

ただし、負担の設計には慎重さが要る。政府は8月25日、在留手続きに関する手数料を引き上げる政令を閣議決定した。10月1日から、在留資格変更・更新は在留期間に応じ1万円から最大7万5,000円、永住許可は現在の1万円から20万円となる。一方、生活に困窮し、人道上の配慮が必要な人については減額措置も設けられる。

 

まさに来てほしい層、すなわち留学から就職し、地域に根を張ろうとする若い人材にとっての障壁とならないかは気になるところだ。要件は厳しく、門は狭くしすぎない。この匙加減が政策の腕の見せどころである。

開くか閉じるかではなく、どう開くか

経済界からも、2025年12月に「秩序ある戦略的誘致」を軸とした提言が出されている。人手不足を埋めるための受動的な受け入れから、必要な人材を自ら選んで迎える能動的な戦略への転換を目指す。問題意識は、政府・与党・経済界に共有されつつある。

 

そこで問われているのは、「開くか、閉じるか」ではない。どう開くかである。安い労働力として呼ぶのであれば、反対する。それは、日本人の賃金を傷つけ、企業の投資意欲を鈍らせ、迎えられた側の尊厳をも損なうからだ。

 

しかし、日本で学び、働き、生活することを選び、日本のルールと文化を尊重し、公的な義務を果たし、地域の一員として生きようとする人には、胸を張って門を開けばよい。

 

そうした人に対して、どうぞ日本で将来を築いてくださいと言える社会でありたい。日本語を学び、義務を果たし、地域の一員として生きようとする人に対して、どうぞ住み続けてくださいと言えないはずがない。

 

排外でもなく、無制限でもない。要件を明示し、それを満たして生活する人を、社会の一員として遇する。それができる国だけが、真に国際化した国家と呼ばれる。400万人という数字は、その覚悟を日本に問うていると言って良いだろう。