2026年の夏は、猛暑、豪雨、台風、地震、山火事が世界各地で相次いだ。だが、本当に注目すべきなのは災害の「数」ではない。一つの災害が、次の災害を増幅する「複合災害」が現実になっていることである。11月に発足する防災庁は、この新しい時代に対応できるのか。世界と日本の災害史から考えてみた。

世界で続発する大規模災害

この夏に起きたことを、事実として列挙する。その上で、記録として残った数字から、昨今の異常気象や災害について論じたいと思う。

 

ヨーロッパでは2026年6月21日から28日頃にかけて広い範囲で顕著な高温が続き、平均気温は平年を10℃前後上回った。デンマーク、ポーランド、ドイツ、チェコ、ベラルーシ、ハンガリーの6か国が国内最高気温記録を更新し、イギリス、オランダ、ルクセンブルク、スイス、オーストリアでも6月としての記録が塗り替えられた。暑さが原因とみられる死者は、1万人を超えたとの分析もある。

 

日本では、7月中旬と下旬の西日本の平均気温が1946年の統計開始以降で最も高くなった。7月中旬の平年差は中国地方で+3.5℃、近畿で+3.1℃、九州北部で+2.9℃。東海では国内初となる5日連続の酷暑日を記録し、8月2日時点で延べ27地点が酷暑日となった。要因としては、偏西風の北偏、チベット高気圧の強まり、太平洋高気圧縁辺からの暖気の流入とともに、地球温暖化等の寄与が挙げられている。

 

2026年は1月から7月まで毎月台風が発生し、8月中旬時点で17個となる。これまでの平年値を大きく上回るペースである。6月3日には台風6号が和歌山県南部に上陸、1951年の統計開始以来4番目に早い日本列島への初上陸であり、6月の上陸は14年ぶりであった。三重県尾鷲市では24時間で535.5ミリ、東京都心では12時間で172.5ミリを観測し、和歌山県古座川水系では、新しい防災気象情報で全国初の「氾濫特別警報」が発表された。

 

8月11日20時頃には、台風15号が茨城県南部に上陸した。茨城県への台風上陸は、統計開始以来初めてである。上陸後に西へ進むという経路も異例であった。さらに、その数日後、千葉県では記録的な豪雨災害も発生している。

 

ロイターによれば、7月下旬、インド北東部・パキスタン・アフガニスタンの豪雨で1週間に少なくとも82人が死亡し、アッサム州の当局は前例のない惨状と表現した。中国湖北省でも激しい対流性の天候により11人が死亡している。

 

6〜7月の記録的熱波で森林と土壌が乾ききった欧州では、スペインとフランスで住民・観光客あわせて約30万人が避難した。スペイン政府はマドリード自治州とアビラ県に国家非常事態を宣言し、マドリード近郊の火災だけで8万ヘクタール近くが焼失。今年の全国被害面積は15万ヘクタールを超え、昨年の6倍のペースで拡大している。フランスではボルドー市街地の15キロ手前まで火の手が迫った。

 

7月28日16時27分、熊本県熊本地方でM7.1の地震が発生し、宇城市と氷川町で最大震度7を観測した。震度7は2024年の能登半島地震以来2年6か月ぶり、熊本県内では10年3か月ぶりで、県内3回目である。熊本県災害対策本部の8月17日時点の発表で死者は39人である。厚労省によれば、このうち17人は勤務中に被災して亡くなった。住家被害は約1万2千棟。断水は8月末までの完全解消が目標とされ、被災地では給水と入浴の支援が続いている。

 

海外では、6月24日にベネズエラ北西部でM7.2の地震が発生し、その約39秒後にM7.5が続いた。いわゆるダブレット地震である。死者は8月3日時点で6,125人に達した。さらに8月10日、コロンビア西部でM7.4。震源の深さは約107キロの深発地震で、ペレイラやマニサレスなどで建物が倒壊し、死者は報道により111人から220人超まで幅がある。同国では今世紀最大の地震とされる。8月15日には、インドネシアでM7.7の地震が発生している。

損害額は減ったという数字の虚実

ここで一つ、注意を要する数字がある。スイス・リー・インスティテュートが8月11日に公表した推計では、2026年上半期の自然災害による世界の経済損失は約1,000億ドル、うち保険損失は約420億ドルであった。前年同期の1,520億ドルから大きく減り、保険損失は2020年以来の低水準である。ミュンヘン再保険の集計でも、上半期の総損害は約1,120億ドル、保険損害は約440億ドルにとどまった。

 

この数字だけを見れば「今年は災害が少ない」と読めてしまう。しかし、それは誤読である。スイス・リーの災害リスク部門責任者は、損失の少ない半年はリスクが消えたことを意味せず、大型のハリケーンや地震、山火事が一つあれば状況は一変すると釘を刺している。

 

上半期最大の被害はベネズエラの地震で、経済損失は約200〜300億ドルだが、この国は保険の浸透率が低く、保険でカバーされた額はごくわずかにとどまる。ミュンヘン再保険の言う保険ギャップ60%とは、要するに被害の6割は誰も補償しないということである。

 

損害額は災害の大きさを測る物差しではない。それは「保険に入れる社会が、どれだけ被災したか」を測る物差しにすぎない。この区別を曖昧にしたまま統計を語ると、貧しい国で起きた巨大災害が見えなくなる。

大災害を繰り返す世界の歴史

歴史を遡れば、人類は繰り返しこの種の経験をしてきた。日本では、1707年の宝永地震はM8.6級と推定され、その49日後に富士山が宝永噴火を起こした。地震と噴火が連鎖した記録として、今日の複合災害論の原型がここにある。1891年の濃尾地震は死者7,273人を出し、翌年の震災予防調査会設置につながった。

 

日本の地震学と防災行政は、この災害から始まったといってよい。1896年の明治三陸地震津波では約2万2千人が犠牲となり、1923年の関東大震災では死者・行方不明者が約10万5千人に達した。1948年の福井地震(死者3,769人)を受けて、気象庁は震度階級に7を新設した。

 

戦後の転換点は、1959年の伊勢湾台風である。死者・行方不明者5,098人、負傷者3万8,921人、家屋の全半壊14万9,187棟、堤防決壊5,760か所、被災者155万人。20世紀日本の気象災害として最悪の惨事であった。この経験を踏まえ、2年後の1961年に災害対策基本法が制定される。日本の防災法制の背骨は、伊勢湾台風の犠牲の上に立っている。

 

1995年の阪神・淡路大震災は6,434人の命を奪い、国の危機管理体制そのものを問い直させた。その帰結が、1998年の内閣危機管理監の設置である。2011年の東日本大震災(死者・行方不明者約2万2千人)は、翌年の復興庁創設をもたらした。以後も2016年熊本地震、2018年の西日本豪雨(死者200人超)、2019年台風19号、2024年能登半島地震、そして2026年の熊本地震と、災害は途切れていない。

 

世界では、1755年のリスボン地震が、地震・津波・火災の複合災害としてポルトガルの首都を壊滅させ、ヴォルテールやルソーの思想を揺さぶり、近代における「災害をどう考えるか」という問いを生んだ。1815年のインドネシア・タンボラ火山の巨大噴火は、翌1816年を欧州・北米で「夏のない年」とし、凶作と飢饉をもたらした。気候変動が社会を直撃した最初期の記録である。

 

1931年の中国大洪水は、推定に大きな幅があるものの、20世紀最悪級の犠牲者を出したとされる。1970年のボーラ・サイクロンは当時の東パキスタンを襲い、死者は30万人から50万人と推定される。中央政府の対応への不満が独立運動を加速させ、翌年のバングラデシュ独立へとつながった。災害が国家の形を変えた典型例である。1976年の唐山地震は公式発表で24万人超、諸説では65万人から70万人ともいわれ、毛沢東時代の終焉と重なった。

 

2003年の欧州熱波は、超過死亡が7万人を超えたとされ、熱波が「静かな大量死」であることを世界に知らしめた。2004年のスマトラ島沖地震・インド洋大津波は約22万7千人の命を奪い(当時の内閣府白書は30万人以上と記していた)、インド洋津波警報システム構築の契機となった。2005年のハリケーン・カトリーナ、2008年のサイクロン・ナルギス(死者・行方不明者約13万8千人)、2010年のハイチ地震、2022年のパキスタン洪水(死者1,700人超、被災3,300万人、損失約400億ドル)、2023年のトルコ・シリア地震(死者約6万人)、2025年のミャンマー地震(5,456人)。挙げ始めれば切りがない。

 

ここから読み取れることは、第1に、巨大災害は繰り返すということである。今夏の出来事は歴史の外にある異変ではなく、歴史の内側にある一コマにすぎない。

 

第2に、被害の大きさを決めるのは自然の規模ではなく社会の側であるということである。同じM7級でも、耐震基準のある国では数十人、ない国では数千人が死ぬ。唐山とベネズエラ、そして、熊本を並べれば一目瞭然である。

 

第3に、日本の防災行政は常に「事後追随型」であったということである。伊勢湾台風があって災害対策基本法、阪神・淡路があって内閣危機管理監、東日本大震災があって復興庁と、制度は災害の後にしか変わっていない。だとすれば、いま設けられようとしている防災庁もまた、能登半島地震という「後」に置かれた組織である。歴史の轍を踏むのか、初めて先回りするのか。そこも問われている。

原因を多角的に考える

では、なぜこれほど極端な現象が続くのか。単一の原因に還元せず、いくつかの層に分けて考えてみたい。

 

第1に、大気の流れの停滞がある。欧州の熱波も日本の猛暑も、直接の引き金は偏西風の大きな蛇行と、それに伴って発達・停滞した背の高い高気圧であった。いわゆるヒートドームである。日本の場合は偏西風が平年より北を流れ、上層のチベット高気圧と下層の太平洋高気圧が二重に重なった。蛇行が起きること自体は昔からある。問題は、それが起きたときの底上げが年々高くなっていることである。

 

第2に、海の熱がある。これが最も本質的である。2026年6月の全球平均海面水温は21.0℃で、6月として観測史上最高を記録した。6月末時点で全球海洋の約82%が海洋熱波の状態にあった。海は地球の余剰熱の約9割を吸収しており、2024年から2025年にかけて上部2000メートルの海洋熱量は約23ゼタジュール増えた。これは世界の年間総発電量のおよそ200倍に相当する。

 

海が熱を蓄えるということは、大気に供給される水蒸気とエネルギーが増えるということである。台風の急発達、線状降水帯の頻発、都市部での短時間強雨は、いずれもこの一点に帰着する。降水量の記録が次々に更新されるのは偶然ではない。

 

第3に、エルニーニョである。気象庁は8月10日、2026年春から続くエルニーニョ現象が冬にかけて継続する見込みを100%と発表した。7月のエルニーニョ監視海域の海面水温は基準値より+2.5℃高く、7月としては1950年以降で1997年と並ぶ最大値である。「スーパーエルニーニョ」の可能性が指摘されるゆえんだ。

 

注目すべきは、従来の経験則が崩れていることである。エルニーニョの年は太平洋高気圧の張り出しが弱まり、日本は冷夏になるというのが定石であった。1993年の記録的冷夏と米の大凶作がその典型である。ところが2023年も2026年も、猛暑になった。温暖化による底上げが、エルニーニョの冷却効果を打ち消してしまっている。一方で、太平洋高気圧の張り出しが弱まる時期があるという特性は残るため、台風は高気圧の縁を回って北上しやすくなる。茨城県への統計史上初の上陸も、この文脈で理解すべきであろう。

 

第4に、地震は別の話である。ここは冷静に切り分ける必要がある。気候変動と地震発生の間に、直接の因果関係を示す確立した知見はない。統計上も、2026年のM7.0以上の地震は8月上旬時点で数個であり、例年に比べて多いわけではないが、被害が大きく報じられるのは、地震が増えたからではなく、人と資産が危険な場所に集中したからである。

 

ベネズエラで6,000人を超える犠牲が出た一方、日本ではM7.1・震度7の熊本地震で死者39人にとどまった。この差は地震の性質の差ではない。耐震基準と初動体制、そして戦後日本が積み上げてきた蓄積の差である。この事実は、防災投資が確実に効くという何よりの証拠として、もっと強調されてよい。

 

第5に、災害が「掛け算」になるということを理解する必要がある。今夏の最大の教訓はここにあると考える。熊本では、震度7の直後に記録的な猛暑が襲い、被災地の熊本市では観測史上最高の40.3℃を記録した。断水が続くなかでの熱中症、車中泊、屋根の応急修理での墜落と熱中症のリスクが増えており、そこへ台風まで接近した。

 

欧州では熱波が乾燥を生み、乾燥が山火事を呼んだ。宝永地震の49日後に富士山が噴いたように、一つの災害が次の災害の条件を整える。この連鎖こそが、これからの防災が向き合う対象となる。

 

第6に、社会の側の変化である。ハザードにさらされる資産の増加、インフレによる再建コストの上昇、老朽化したインフラ、加えて情報の問題がある。熊本地震の直後には、豪華寝台列車が脱線したという事実無根の情報がSNSで広く拡散した。デマは、救助資源を空費させ、被災地の判断を狂わせる。情報空間の防災は、もはや付随的な課題ではない。

今後の想定される方向性

以上を踏まえ、地球規模で何が起きているかを幅広く見通しておきたい。まずは、気温は当面下がらないということである。WMOが2026年5月に公表した年〜10年規模の予測によれば、2026年から2030年までの各年の世界平均気温は産業革命前比で1.3〜1.9℃の範囲に収まる見込みであり、5年平均が1.5℃を超える確率は75%、少なくとも1年が1.5℃を超える確率は91%、観測史上最高を更新する確率は86%とされる。

 

エルニーニョが強まることから、2027年が記録更新の年になる可能性が指摘されている。パリ協定の1.5℃は長期平均で評価されるものであり、単年の超過が直ちに目標の破綻を意味するわけではないが、「例外」が「毎年」になりつつあることは直視せねばならない。

 

次に、熱波は常態化するということである。40℃という数字が特別でなくなり、真夏日の日数ではなく「危険な暑さの累積時間」で社会を設計し直す必要が出てくる。屋外労働、物流、農業、学校行事、電力需要など、すべてが再設計の対象である。熊本の死者39人のうち17人が勤務中の被災であったことは、労働と災害の接点を改めて突きつけている。

 

豪雨は「量」ではなく「集中」で来るようになった。海洋熱量の増大は、降水の総量よりも短時間強雨の頻度を押し上げる。東京の目黒川や神田川で水位が急上昇したように、都市河川と下水道の設計思想そのものが問われる。

 

台風は経路と速度が変わり始めた。発生数の増減以上に重要なのは、高緯度での上陸、迷走、動きの遅さ、そして接近前のフェーン現象による急な高温である。「進路から離れているから安全」という判断は、もはや通用しない。

 

山火事が新たな主戦場になっている。スイス・リーによれば、欧州の山火事による保険損失はインフレ調整後で1970年以降年8〜11%のペースで増えており、世界で最も急速に成長する気象リスクとされる。日本も林野火災を他人事とは言えない段階に入っている。

 

地震は頻度より被害が伸びる状況が深刻である。日本にとって最大の課題は、依然として南海トラフである。2025年3月に13年ぶりに改定された内閣府の被害想定では、最大死者29万8,000人、うち津波によるものが21万5,000人、全壊・焼失235万棟、経済的な被害・影響額292兆3,000億円である。前回想定の220兆円から72兆円悪化している。今回初めて算定された災害関連死は最大約5万2,000人、断水は最大3,690万人に及び、1か月後でもなお460万人が断水状態と推計されている。発生確率は今後30年以内に約80%である。

 

同時に、この想定は希望も示している。耐震化率を現状の90%から100%に引き上げれば、揺れによる全壊棟数は約128万棟から約36万棟へ、最大72%減らせるという試算である。被害想定は運命の予告ではない。政策の余地を測る道具である。

 

災害は被災国の政治を揺らしている。コロンビアでは就任からわずか3日の新大統領が非常事態を宣言した。ベネズエラは深刻な経済危機のただ中で6,000人超の犠牲を出した。ボーラ・サイクロンがバングラデシュ独立を早めたように、災害対応の巧拙は国家の正統性を左右する。食料・エネルギー価格を通じた国際的な波及、気候起因の移住、温暖化対策をめぐる国際協調の揺らぎなどが重なれば、災害は純粋な自然現象ではなく、地政学的変数となる。

果たして防災庁は答えなのか

こうした中で、日本では11月に防災庁が発足する。首相を組織のトップとし、専任の防災大臣を置き、平時から他府省庁に対する勧告権を持たせる。内閣府防災の体制を約220人から352人へ1.6倍に拡充し、あわせて、災害対策基本法の基本理念に「事前防災」と「被災者の生活環境の確保」が加えられた。

 

地方機関である防災局は、公布から2年以内に南海トラフと日本海溝・千島海溝の想定地域内へ1か所ずつ設置される方針である。

 

設置を推す論拠は明快である。現在の内閣府防災は職員の多くが数年で入れ替わる出向者で占められ、専門知識が蓄積しないためである。しかも、大規模災害が起きれば対応に忙殺され、企画立案が事実上止まってしまう。実動部隊も持たない。これでは「本気の事前防災」はできないというものである。

 

しかし、ここに正直な疑問も提起しておきたい。それは、組織を作れば解決するのかという疑問である。この論点は永田町でも早くから出ていた。自民党の小林鷹之氏は総裁選の局面で、防災省という組織を作ることは屋上屋を架すことになるのではないかと述べていた。

 

国会図書館が本年3月に公表した調査資料も、勧告権の実効性、復興庁に蓄積された経験の活用、長期にわたり担当する専門性の高い職員の確保といった論点を挙げ、これらが伴わなければ、多様な関係者の意思決定を調整するという本来の課題は解決されず、いわゆる「組織いじり」に終わる懸念があると指摘している。これは無視できない警告である。

米国FEMAが最良の教材である

米国のFEMAは、1979年、カーター大統領が連邦政府の6機関を統合し、独立機関として設立された。まさに今の日本が目指す形である。ところが、設立当初の対応は稚拙で、評価は低かった。それを変えたのは組織図ではなく人であった。クリントン政権下でウィット長官が組織改革を断行し、FEMAは世界的に称賛される水準に到達した。

 

しかし、2002年以降、同時多発テロを受けてFEMAは国土安全保障省の傘下に組み込まれた。組織としては「大きな体系の一部」になったわけだ。そして、2005年のハリケーン・カトリーナで壊滅的な対応の失敗を露呈した。本部職員の労組委員長は当時、省の傘下に入って以降、職員も予算も訓練も削られ、対応が緩慢になったと証言している。長官は更迭され、翌2006年、議会はポスト・カトリーナ緊急事態管理改革法を制定し、長官の資格要件までも法律で定めることになった。

 

2025年には、トランプ政権下で職員の約3分の1にあたる約2,000人が離職し、現・元職員が議会に書簡を送って警鐘を鳴らす事態となっている。同じFEMAという組織が、最高にも最悪にもなった。決めたのは組織図ではなく、トップの資質と、政権の本気度である。

 

日本の経験も同じことを教えている。1995年の阪神・淡路大震災では、当時災害対策を所管していた国土庁に危機管理のための当直体制がなく、首相への第一報がいつ届いたのかさえ判然としなかった。これは明らかに組織の欠落である。しかも同時に、自衛隊の派遣要請や被害把握をめぐる判断の遅れという、指揮の問題も重なった。村山元首相自身が後年、初動の遅れについて弁明の余地はないと率直に振り返っている。組織の穴と指揮の躊躇は、別々の問題として同時に存在した。

 

とすれば、組織は必要条件だが、十分条件ではないということになる。防災庁が機能するのは、以下の3つが揃ったときだけである。

 

第1に、人が居着くことである。352人のうち何人が生え抜きの防災専門職なのか。出向者が2、3年で入れ替わる構造が温存されるなら、看板を掛け替えただけで実質は変わらない。防災は経験知の世界であり、経験知は人に宿る。組織図には宿らない。

 

第2に、権限が実効を持つことである。勧告権は、文字どおり読めば勧告にすぎない。従わなかった省庁はどうなるのか。予算と人事に手が届かない調整権限は、平時には尊重され、有事には無視される。ここを詰めずに発足すれば、危機の瞬間に「調整のための会議」だけが増えることになりかねない。

 

第3に、トップが躊躇しないことである。これが最も重要な部分である。事前防災は政治的に報われにくい仕事だ。起きなかった災害の功績を評価する有権者はいない。堤防を高くしても、耐震補強に予算を回しても、票にはならない。だからこそ、そこに資源を投じ続ける意志は、制度ではなく人が持つほかない。

 

長く永田町に身を置いた実感として言えば、危機の現場で組織図を見ながら動く人間はいない。誰が責任を取るのかがはっきりしていれば、人は驚くほど早く動く。決まっていなければ、どんなに立派な組織図があっても足は止まる。防災庁の成否を分けるのは、条文ではなく、初代の防災大臣と長官に誰を据え、その人物にどこまで決断させるかである。

 

これは、防災庁不要論に与するものではない。専門人材が育たず、災害のたびに企画立案が止まるという現状の欠陥は本物であり、放置してよいものではない。静岡県立大学の小川和久特任教授が指摘するように、過去の大災害を教材に関係省庁を集めた図上演習を行えば、既存の体制では迅速な対応が困難であることは容易に明らかになる。「屋上屋」批判は、演習によって検証すればよい。

 

要は、組織かリーダーシップかという二者択一が誤りなのである。器を作るのは政治の仕事であり、器を使えるものにするのも政治の仕事である。防災庁設置法が成立した今、議論すべきは「作るか否か」ではなく「どう使うか」に移っている。にもかかわらず、国会でも報道でも、発足後の運用をめぐる具体論は十分に交わされていない。ここを詰めないまま11月を迎えるとすれば、それこそが歴史の轍である。

急ぐべきことは

以上の留保を置いたうえで、防災庁の発足までに詰めるべき事項や、今後備えるべき事項を挙げておきたい。

 

第1に、熊本の教訓を発足前に総括することである。震災と酷暑と台風が重なった今夏の複合災害は、新組織にとって最良の教材である。断水下の熱中症対策、応急修理現場の安全、車中泊への対応、災害関連死の抑制。数値と時系列で記録し、制度に落とし込む作業を先送りしてはならない。

 

第2に、事前防災を「支出」ではなく「投資」として位置づけることである。耐震化率10ポイントの向上が全壊棟数を7割減らすという試算は、事前防災の費用対効果が桁違いであることを示している。事後の復旧に投じる巨額と比べれば、議論の余地はない。

 

第3に、避難所の水準を国際標準に引き上げることである。体育館に雑魚寝という光景は、災害のたびに繰り返されてきた。難民支援の国際基準であるスフィア基準に照らせば、日本の避難所は先進国の水準に達していない。ここは組織論以前の、実務と予算の問題である。

 

第4に、技術への投資を行なうことである。高市首相は防災庁設置を契機に、ドローンやAIを想定した防災技術への投資に意欲を示している。観測の高度化、被害推定の即時化、要救助者の探索、情報空間の監視などは日本が得意とすべき分野であり、成長戦略と接続する。

 

第5に、保険と共済のギャップを埋めることだ。世界の保険ギャップ60%という数字は、日本にとっても無縁ではない。復旧の速度は、結局のところ誰が費用を負担できるかで決まる。

 

第6に、国際貢献である。耐震技術、観測網、早期警戒システム、災害対応の運用知見などは、日本が世界に対して持つ数少ない揺るぎない資産である。国連が掲げる「すべての人に早期警戒を」の枠組みにおいて、日本が主導的役割を果たすことは、外交資産としても大きい。インド洋大津波の後に警報システムが整備されたように、日本の知見が制度として他国に根づけば、それは何万人もの命を救うことに相当する。

最後に

2026年の夏に起きたことを、異常気象という言葉で片づけてはならない。異常とは、平常があってこその言葉である。海が記録的に温まり、大気が停滞し、エルニーニョが従来の経験則を裏切り、そこへプレートの動きという別系統の営みが重なる。これはもはや「異常」ではなく、私たちが生きることになった新しい平常である。

 

しかし、悲観する必要はない。リスボンから伊勢湾台風、阪神・淡路、東日本大震災に至るまで、人類は災害のたびに制度を作り替えてきた。そして熊本でM7.1・震度7の直撃を受けながら死者を39人にとどめた事実は、その積み重ねが確実に人命を救うことを証明している。被害想定は絶望の宣告ではなく、どこに手を入れれば何人助かるかを教える設計図である。

 

一方で、制度は自動的には働かない。伊勢湾台風から生まれた災害対策基本法も、阪神・淡路から生まれた内閣危機管理監も、それを使う人間がいて初めて意味を持った。防災庁もまた同じである。作ったから安心なのではない。誰が、どういう覚悟で使うのか。そこにすべてがかかっている。

 

災害が「重なる」時代に入った以上、対策も重ねるほかない。気候の適応と地震の備え、ハードとソフト、国と自治体、平時と有事、そして組織と人。これらを分断せずに束ねられるかどうかが、これからの10年を決める。

 

世界有数の災害大国であるということは、世界有数の防災先進国たりうるということでもある。日本はその道を、自信をもって進むべきだ。ただし、看板ではなく中身でである。