7月30日、高市首相は自民党の臨時役員会で、食料品の消費税率を、2027年4月から2年間に限り、1%へ引き下げる方針を表明し、法改正に向けた党内調整を急ぐよう指示した。

 

政府は8月上旬に方針を正式決定し、秋の臨時国会に関連法案を提出する構えである。党内には、財政規律の観点から異論も根強くあり、野党の多くも別案を掲げたままである。それでも首相は、「決断する時は決断をする」と述べ、前へ進む道を選んだ。

 

そこで、ここに至る経緯と与野党の反応を整理した上で、反対論の中でこの決断を貫く意義と残された課題、そしてその解決の道筋を整理してみたい。

悲願から実質ゼロを選択か?

高市首相の食料品減税への思いは一貫している。総裁就任前の昨年5月には、「食料品の消費税率は0%にすべきだ」と主張し、今年1月の衆院解散会見でも、食料品の消費税減税を「私自身の悲願」と語っている。

 

背景には、深刻な物価高がある。昨年12月の実質消費支出は前年比2.6%減少し、家計支出に占める食費の割合を示すエンゲル係数は、30.7%と過去最高を更新した。物価高への不満が政治を揺さぶり続けた数年間の、いわば臨界点で行われたのが2月の衆院選である。

 

与党は、食料品の消費税減税を掲げて圧勝し、公約は民意の裏付けを得た。選挙後の2月9日には、高市首相は食料品消費税率の2年間ゼロの実現に意欲を示すとともに、財源を赤字国債に頼らない方針を明言している。

 

その上で、超党派の「社会保障国民会議」で議論を進め、夏前の中間とりまとめを目指すとした。減税を単独で押し切るのではなく、恒久制度である給付付き税額控除へのつなぎと位置づけ、野党の協力を条件に掲げた点が、この間の議論の枠組みである。

 

同会議の実務者会議で議長を務める自民党の小野寺税制調査会長は、6月に議長案を提示した。これは、税率をゼロではなく1%とし、残る1%分(年約6千億円)に相当する規模で中低所得者に給付を行い「実質ゼロ」とする構想である。

 

ゼロではなく1%とした最大の理由は、実装可能性である。政府の見立てでは、レジ等のシステム改修は、1%なら最大6カ月で済み、2027年4月の実施に間に合うが、ゼロでは最大10カ月から1年程度を要し、実施が後ずれするとしている。

 

そのため、6月26日に政府は初めて財源案を示し、2年間で約10兆円を特例公債(赤字国債)に頼らず、補助金の見直しや税外収入で確保すると説明した。

 

しかし、各党の主張の隔たりは大きく、最後まで溝は埋まらなかった。7月27日、実務者会議では、意見集約を断念し、29日の親会議で各党の意見を併記した中間とりまとめを決定し、判断は首相に委ねることとなった。

 

首相は28日、麻生副総裁、鈴木幹事長と会談して1%減税の方針を伝達し、麻生副総裁は「首相として決めたのであれば反対はしない」と応じたという。その上で、30日の臨時役員会での表明・指示に至ったという経緯になる。

まとまらなかった実務者会議

自民党内の空気は単純ではない。28日の党税制調査会・社会保障制度調査会の合同会議では、財源が明確でないこと、市場の信認を失うリスクへの懸念が相次いだ。財政規律を重んじる立場からの慎重論は、今も根強い。

 

一方で、小林政調会長は、議長案を「アプローチとしては1つの有力な選択肢」と受け止めており、連立を組む日本維新の会も、もともと「2年間の食品消費税ゼロ」を共に掲げてきた側であることから、方向性そのものに異論がないことは明らかとなっている。

 

野党の反応は、多彩である。29日の国民会議で主要野党は、恒久制度としての所得連動型給付の導入には賛同しつつ、議長案に基づく消費税減税には反対を表明した。

 

国民民主党の玉木代表は、「2年後に実質増税になるときの緩和策も考えないと、中間層に大きなダメージとなる」と述べ、「食料品1%にこだわらず、よりデメリットの少ない方法」の検討を求めた。同党の古川税制調査会長は、かねてより「つなぎとして消費税減税を行う必要はないのではないか」と述べており、現金給付を主張してきた。

 

中道改革連合は現金給付に加え恒久措置としての減税を主張し、立憲民主党は食料品の税率ゼロを唱えている。さらに、れいわ新選組は消費税そのものの廃止を掲げ、チームみらいは減税自体に反対し所得連動型給付を対案とする。行政の側でも、総務省が地方財政に支障が生じないよう申し入れを行っており、立場はまちまちである。

 

しかし、ここまで指摘してきて気づくのは、「物価高対策として何もするな」という反対意見は、ほぼ存在しないことである。ゼロか、1%か、給付か、恒久か時限かという形で、争われているのは物価対策の手段であって、目的ではない。


したがって、手段を巡る意見の相違に対しては、誰かが一つの形に収斂させなければ、国民の手元には何も届かない。それが、今回の高市首相の決断につながる。

反対論の中で貫く意義

党内にも反対意見が多くある中で、ゼロの看板を諦めても減税にこだわるのはなぜかと考えれば、その意義は以下の通りとなる。

 

第1に、公約の履行である。高市首相は、1月の解散会見で食料品減税を悲願と語り、衆院選で信を問うて圧勝した。選挙で約束したことを、選挙後に実行する。当たり前のことだが、これまでこの当たり前のことが守られてきたとは言い難いのが日本政治だった。決断を先送りせず、期限を切って実行に移すことが、政治への信頼を回復する営みでもある。

 

第2に、実装可能性を優先したということである。ゼロの看板に固執すれば、システム改修の制約から、減税の実施は2028年にずれ込みかねない。1%案なら2027年4月に実施が可能であり、これなら後退ではなく前進となる。残る1%分は、中低所得者への給付で実質ゼロを担保し、国民の負担を極力減らそうとしている。

 

第3に、財政規律との両立を、制度の内側に組み込んでいる。財源は赤字国債に頼らず、補助金や租税特別措置の見直し、税外収入で確保する。国会で、債務残高対GDP比の安定的な低下を財政運営の中核に据え、市場からの信認を確保すると答弁してきたことから、減税と規律を二者択一にせず、両立の枠組みの中で減税を行おうとしている。

 

第4に、恒久制度への接続が明確なことである。2年限定の減税は場当たりの人気取りではなく、給付付き税額控除という恒久的な逆進性対策を導入するまでのつなぎと位置づけられており、主要野党も所得連動型給付の導入には賛同している。入口の手段で対立しても、出口の制度では与野党に接点がある。この接点が、今後の審議で合意を広げる足場ともなる。

 

第5に、熟議を尽くした上での決断であることだ。超党派の国民会議で半年にわたり議論し、各党案を併記した中間とりまとめまで作った上で、まとまらない責任を首相が一身に引き受けた。「決断前の意見であれば反対だが、首相として決めたのであれば反対はしない」という麻生副総裁の言葉は、決定前の議論と決定後の結束を峻別する意味を示している。熟議の果てに決断があり、決断の後に結束がある。この順序を回復したことの意味は小さくない。

残された課題と解決の道筋

それでも、もとより課題の多い取組である。想定される課題を列挙した上で、その解決の形を考えてみたい。

 

第1は、財源の具体化である。2年間で約10兆円という規模に対し、補助金・租税特別措置の見直しと税外収入で賄う方針は示されたが、積み上げの中身はこれからである。年末の予算編成・税制改正大綱に向けて、項目と金額を工程表として示すことが、市場の信認を左右する。恒久財源についても、早期に結論を得るとされており、先送りは許されない。

 

第2は、市場と金利への目配りである。折しも30日に、内閣府の試算で2026年度の債務残高対GDP比の悪化が示された。長期金利が上昇し、日銀の政策金利が1.0%にある局面での減税である。赤字国債不発行の堅持と、債務残高対GDP比の安定的低下を明示することが重要である。市場との丁寧な対話を欠けば、減税の効果は金利上昇で相殺されかねない。

 

第3は、2年後の「出口」の設計である。玉木代表の指摘は傾聴に値する。2029年4月に税率が8%へ戻れば、国民には実質増税と受け止められる反動が来る。解は明快で、2029年度に導入するとされる給付付き税額控除への切れ目ない接続を、法案の本則ないし附則に明記することだ。ここを曖昧にすると、2年後に「延長か否か」の政局の種を蒔くことになる。

 

第4に、事業者負担への支援である。レジや受発注システムの改修、価格表示の変更は、2027年4月の開始時と2年後の終了時の2度発生する。中小事業者への改修支援と、早期の実務指針の提示、十分な周知期間の確保が不可欠である。ここを怠れば、負担軽減策が、現場の混乱で評判を落とすという本末転倒を招く。

 

第5に、地方財政への手当てである。食料品分の消費税収の減少は、地方消費税や交付税原資に直結する。総務省の申し入れの通り、地方の財政運営に支障が生じない補填の枠組みを、法案とセットで明示すべきである。

 

第6に、給付の実務設計である。「実質ゼロ」を担保する1%分・年約6千億円規模の所得連動給付は、制度が複雑になれば届くべき人に届かない。マイナンバーと公金受取口座を活用した簡素で迅速な設計とし、政権が進めるデジタル行財政改革の成果を示す場とすべきだ。

次善にして、最善の一手となるか?

率直に言って、今回の減税案は、完全な案とは言えないかもしれない。ゼロを望んだ国民には物足りず、財政規律を重んじる向きには踏み込みすぎに映るだろう。

 

だが、2027年4月という確実な実施時期、実質ゼロの負担軽減、赤字国債に頼らない財源方針、恒久制度への接続、この4つを同時に満たす案は、議長案しかなかったのも現実である。

 

野党の反対論も、その多くが選挙で何らかの減税を公約に掲げてきたことを踏まえれば、減税という方向性そのものを否定するものではない。

 

選挙で約束した減税を、実行可能な形に収斂させることこそが、政治の信頼回復にもつながる道である。その意味で、今回の決断は次善にして、最善の一手であると言える。

 

無論、この減税案の評価はこれからである。8月上旬の政府方針決定、年末の予算編成、そして、今秋に予定される臨時国会での法案審議で、財源の中身と出口の設計をどこまで具体化できるかが、現実の評価につながるものとなる。

 

決めたことを、決めた通りに実行する。それが、有権者の負託に応えることでもある。課題も山積する中、どこまで国民の寄り添った制度にできるか、今後の動向も注視したい。