基準は、低コストから安全保障へ

世界の投資環境が、明らかに変わり始めている。UNCTADが7月7日の公表した「World Investment Report 2026」は、その変化を「乱流時代の国際投資」と表現している。

 

2025年の世界の海外直接投資、すなわちFDIは前年比6%増の1.6兆ドルに達した。これは、単純な投資回復ではない。伸びの中身は、AI関連インフラなど一部の巨大案件に大きく依存しており、地政学的緊張、貿易政策の不確実性、資本コストの上昇、技術競争の激化によって、投資活動全体はなお脆い状況にある。

 

先進国向けFDIが11%増えた一方で、途上国向けは2%増にとどまり、国・地域・産業ごとの格差が広がっている現状も明らかになった。この報告書の核心は、国際投資の判断基準が、安い労働力や効率的な生産拠点、巨大市場」から、安全保障、技術優位、供給網の強靭性、産業政策との整合性へ移ったという点にある。

 

報告書では、AIインフラ・AI関連技術、先端・機微技術、重要鉱物、エネルギー転換技術、半導体を戦略分野と位置付ける。これらの分野のグリーンフィールド投資は、2020年の1,090億ドルから、2025年には5,760億ドルへ急拡大している。中でも、AIインフラは戦略分野投資の60%を占め、半導体投資は2020年から2025年にかけて年率54%で伸びた。

 

つまり、世界では投資そのものが「国家戦略化」している。政府は、半導体、AI、クリーンエネルギー、重要鉱物、データインフラを放任市場に委ねず、補助金、税制、公共調達、投資審査、ローカルコンテンツ要求を組み合わせて誘導している。

 

UNCTADによれば、2016~2020年と2021~2025年を比較すると、世界の産業政策介入の年平均件数は60%増加し、中国、米国、EUだけで過去10年の産業政策介入の半分を占める。さらに、国家安全保障上の投資審査も広がり、防衛関連だけでなく、重要技術、データインフラ、供給網のチョークポイント、制度的依存関係まで対象が拡大している。

対外投資大国の日本は、国内投資の再構築が課題

この構図の中で、日本はどういう位置付けにあるかといえば、日本は依然として世界有数の対外投資大国である。UNCTADは、2025年の日本の対外FDIを1,860億ドルとし、米国に次ぐ世界第2位の投資供給国であると整理している。

 

日本企業は、製造業、インフラ、サービスを中心に、長年の国際化戦略に基づいて海外投資を続けているが、ここに日本の課題もある。海外へ出る力は強いが、国内へ投資を呼び戻す力や、世界から戦略投資を呼び込む力がまだ十分ではないという課題を抱える。

 

これまでの、円高や国内市場の成熟、人口減少、コスト高を背景に、海外で投資を展開してきたこと自体は間違いではない。問題は、海外で稼いだ力が、国内の産業再構築につながらず、国内投資、人材投資、研究開発、地域の産業基盤が細ってきたことにある。

日本の成長戦略は、世界の潮流に対応できるか

日本では、2025年の総選挙で高市政権が誕生し、危機管理投資と責任ある積極財政を進めているが、この文脈で見ると、高市政権の進める日本成長戦略や地域未来戦略、骨太方針2026は、単なる景気対策ではないことがわかる。

 

これは、UNCTADが描く「戦略投資の時代」に、日本が遅れずに対応するための国家的な投資設計となっている。政府は、日本成長戦略本部・日本成長戦略会議の目的について、リスクや社会課題に先手を打った官民連携の戦略的投資を促進し、世界共通の課題解決に資する製品やサービス、インフラを提供することで、日本経済の成長を実現すると説明している。

 

ここでとりわけ重要なのは、日本成長戦略が17の戦略分野を設定し、その下に62の主要な製品・技術等を置いたことである。

 

AI・半導体、デジタル・サイバーセキュリティ、情報通信、量子、防衛産業、航空・宇宙、造船、マテリアル、エネルギー安全保障・GX、フュージョン、港湾ロジスティクス、コンテンツなどは、いずれも今後の国際投資、経済安全保障、供給網再編の中核に位置する。

 

従って、総花的な羅列というよりは、世界の投資競争が向かう先を見据えた、かなり戦略的に絞り込まれた重点分野となっている。もちろん、その下にある62の主要製品・技術などは、さらに磨き上げる余地はあるが、現時点でそれをさらに絞り込こうという意図はない。

 

17の分野は、すでに日本の勝ち筋を意識して選ばれている。今後必要なことは、62項目については、どこで世界市場を取るのか、どこで国内供給網を作るのか、どこで同志国との連携を進めるのか、どこで撤収判断を置くのかを、不断に更新することである。

 

重要なのは、分野数の多寡ではなく、選ばれた分野を、どこまで実際の投資、産業集積、人材育成、インフラ整備、海外市場獲得に結び付けられるかである。成長戦略は、紙の上で項目を並べるだけでは意味がない。62の主要製品・技術等を、実際に日本企業が勝てる領域へと磨き上げる作業こそが、これからの政策運営では重要となる。

複数年度投資は転換点となるか?

さらに、骨太方針2026との連動が重要である。日本成長戦略の最大のポイントは、複数年度予算で国内民間投資を引き出し、それを起点に「強い経済」を構築することにある。

 

17の戦略分野では、危機管理投資と成長投資を徹底的にてこ入れし、自律性・不可欠性を起点とする成長、イノベーションを通じた成長につなげることが重視されている。あわせて、強く豊かな日本投資枠の創設、官民連携の強化、PDCAの徹底、複数年での事業計画・予算計画の策定も打ち出されている。

 

これは、従来の単年度予算主義からの転換である。半導体工場、AIデータセンター、造船ドック、港湾、電力網、工業用水、宇宙関連施設、防衛産業基盤のような投資は、一年ごとの予算では動かない。

 

企業が本気で国内投資を決めるには、政府の政策に予見可能性が必要である。高市政権が、複数年度の投資枠や官民投資ロードマップを打ち出しているのは、この点で正しい。

地域未来戦略は国家戦略の地方実装

地域未来戦略もまた、単なる地方対策ではない。UNCTADが指摘するように、戦略分野への投資は一部の国・地域・企業に集中しやすい。国内でも同じことが起こり得る。

 

放置すれば、半導体、AI、宇宙、防衛、GX、港湾物流の投資は、一部の大企業、一部の地域、東京圏の意思決定に偏る。そこで、地域未来戦略は、戦略産業クラスター計画、地域産業クラスター計画、地場産業成長プランを通じて、国家の成長戦略を地方の産業構造に落とし込もうとしており、この点が極めて大きい。

 

日本の成長戦略が過去に失速した一因は、中央で掲げた政策が、地方の雇用、所得、取引、技能形成に十分つながらなかったことにある。地域未来戦略がうまく機能すれば、地方は補助金の受け皿ではなく、国家戦略の実装拠点になる。

 

半導体には水と電力が必要で、データセンターには安定電源と通信インフラが必要である。造船には港湾と熟練技能、防衛産業には精密加工、電子部品、素材、ソフトウェア企業、宇宙には射場と周辺サプライチェーンが必要となる。これらは、いずれも地方に現場を持つ。

 

地域未来戦略の意義は、地方を単なる補助金配分の対象にすることではない。地域ごとの産業クラスターを全国各地に形成し、地場産業の付加価値向上と販路開拓を進め、地方から日本を成長軌道に押し上げることにある。

 

したがって、地域未来戦略は、地方バラマキにしてはならない。必要なのは、地域ごとの強みを国家の17分野と接続することである。

 

半導体なら素材、装置、部材、後工程、人材育成を一体化する。造船なら港湾、技能者、部材供給、防衛需要と結び付ける。宇宙なら射場、電子部品、通信、観測データ活用をつなげる。地域に実際の付加価値が残る設計にしなければ、一時的な公共事業で終わってしまう。

政府の事業への過干渉は排除

ただし、この戦略には大きな条件がある。政府は方向性を示すべきだが、個別の事業に口うるさく介入してはならないということだ。政府の役割は、勝負の土俵を整えることにある。

 

電力、用地、港湾、道路、工業用水、研究開発、人材育成、規制改革、公共調達、経済安全保障上の初期需要などを整えることは政府にしかできない。しかし、どの企業が、どの技術で、どの市場を攻めるかまで政府が細かく指示すれば、産業政策は官僚統制に変質する。

 

AI、半導体、量子、宇宙、防衛、GX、バイオの世界は、技術の変化が速い。政府の会議体や審査プロセスが企業の判断を縛れば、国際競争には勝てない。政府は大きな方向を示し、必要な制度とインフラを整え、リスクマネーの呼び水を作る。しかし、事業の成否は民間に委ねるという、この距離感が不可欠である。

成功の鍵は「撤収できる産業政策」

撤収の仕組みも重要である。大胆な投資戦略には、時には失敗も含まれる。全ての投資案件が成功するのは難しい。むしろ、先端技術分野では、一定割合の失敗は避けられない。失敗を責める姿勢だけでなく、失敗した案件に政治的配慮や官庁のメンツ、地元利害、業界団体の圧力などで資金を流し続けることは、負の連鎖となるのでやめるべきである。

 

そのため、投資ロードマップには、工程表だけでなく撤収の基準も必要となる。一定期間で技術開発が進まない、民間投資が誘発されない、海外市場獲得の見込みが立たない、地域への波及効果が乏しい、補助金依存から抜け出せない。そうした案件は、早期に見切る勇気が必要だ。国家として成長投資を本気で進めるなら、欠いてはいけない規律である。

利権化を防げるかは、戦略の生命線

利権化を防ぐ仕組みも要る。370兆円超という投資規模が示されれば、各省庁、業界団体、自治体、企業、政治家は、自らの案件を戦略分野に入れようとする。

 

そのため、選定基準やKPI、期限、第三者評価、公開性を明確にすること重要になる。民間投資誘発額、国内生産能力、輸出額、国内調達率、雇用、賃上げ、研究開発成果、特許、地域内取引額などで、基準を評価するべきである。

 

成長戦略が利権化すれば、政策は成長のエンジンではなく、既存産業の延命装置になる。補助金に慣れた企業だけが残り、新しい企業や技術が入りにくくなる。

財政規律や分配論で成長投資を潰さない

成長戦略を進めれば、財政規律重視派や分配重視派からの批判も出る。財政規律重視派は、巨額投資が財政不安を招くと懸念し、分配重視派は、成長投資よりも生活支援や再分配を優先すべきだと主張する。いずれも、一面では正しい主張である。財政信認を失えば金利上昇を招き、生活支援を怠れば国民の不安は増す。

 

しかし、財政規律や分配を理由に成長投資を潰してしまえば、日本は低成長のまま税収も伸びず、分配の原資も細る。財政規律と成長投資は対立した関係で見るのではなく、成長投資によって潜在成長率を高め、企業収益、賃金、地域所得、税収を増やすことができれば、結果として財政の持続可能性も高まるという、相互関係で捉えるべきだ。

 

分配も同じである。分配の原資は成長によって生まれる。稼ぐ産業を育てず、供給力を高めず、国内投資を増やさないまま分配だけを広げれば、分配の土台そのものが弱くなる。重要なのは、成長か分配かではない。成長によって分配を支える循環を作ることである。

最大のリスクは、やらないことである

もちろん、これは失敗すれば批判される。だが、失敗を恐れて何もしないことの方が、今の日本にとっては大きなリスクである。UNCTADの報告書でも明らかなように、世界では、米国、中国、EUが戦略分野に巨額の資金を投じている。半導体、AI、重要鉱物、エネルギー、宇宙、防衛、量子の競争は、すでに始まっているのである。

 

日本だけが、「財政が心配だから」「失敗したら批判されるから」と慎重論に閉じこもれば、投資は海外へ流れ、国内産業は薄くなり、地方はさらに衰退する。それを避けるために策定しようとしているのが、高市政権が進める成長投資である。

 

実際、ここまで大胆に重点産業を選び、巨額の官民投資を地域の産業クラスターにまで落とし込む成長戦略を、複数年度予算で推し進めようとする政権は初めてである。

 

成長戦略という言葉は過去に何度も使われてきたが、その多くは、規制改革や観光、スタートアップ、DX、賃上げなどを並べる総花的な政策にとどまっており、強い意気込みや覚悟も見えなかった。今回の戦略は、そのような見方を一変させるものとなっている。

骨抜きになれば、成長期待は一気に萎む

従って、この戦略を骨抜きにしてはならない。批判すべき点は批判されても良いが、財政の緩み、補助金依存、利権化、官僚的介入、失敗案件の温存などは厳しく監視して、成功へのステップにする必要がある。

 

もしこの戦略が、財政規律論や分配論、既得権益の抵抗、短期的な批判によって骨抜きになれば、日本に対する成長期待は一気に萎む。企業は、政府が本気で国内投資環境を作る気がないと見て、投資を引き上げ海外へ向けてしまうだろう。

 

海外では、日本は戦略を掲げても実行できない国だと判断するはずだ。地方も、結局は従来型の小粒な補助金政策に戻ると受け止める。これは、一つの政策の失敗では済まなくなり、日本全体の成長を失速させ、再浮上を難しくする事態を引き起こす可能性が高い。

 

日本に必要なのは、小さなリスクを避け続けて、大きな衰退に沈む政治ではない。勝ち筋に資源を集中し、政府は土俵を整え、民間は市場で勝負し、進まない案件は素早く撤収し、利権化を防ぎ、うまくいく分野を一気に伸ばす政治である。

 

UNCTADの報告書が示したのは、世界の投資は選別の時代に入っているという現実である。世界の投資は、自然に流れてくるものではない。安全保障、技術、電力、人材、制度、地域クラスター、政策の予見可能性を備えた国に集中する。

 

日本も、その条件を満たし得る国の一つである。だが、満たし得る国であることと、実際に投資を呼び込み、国内産業を再構築できる国になることは別である。

 

高市政権の進める成長戦略や地域未来戦略は、国内産業を再構築する可能性もある。しかし、この動きに反発する抵抗勢力も多く、これからが正念場である。リスクを恐れて縮み続けるのか、リスクを管理し成長へ繋げるか、結果はいずれ明らかとなる。

 

戦略の成果が出れば、今までの停滞した流れは反転し、海外からの投資も増えるものと思われる。骨抜きにされず、利権化させず、現実の成長につなげることが重要である。世界が、日本を再び注目する日が来ることを期待したい。高市政権の真価が問われている。

 

ただし、成功には条件がある。財政規律や分配を理由に成長投資を潰せば、税収も賃金も伸びず、日本の成長期待は一気に萎むことになる。最大のリスクは、大胆な投資戦略を実行することではない。リスクを恐れて何もしなければ、静かに衰退の道を進むだけである。