過剰反応は禁物
中国の対日姿勢が、威圧の度合いを高めている。レアアースや重要鉱物の輸出規制、日本企業を狙い撃ちするようなデュアルユース品目の制限、尖閣周辺での海警局船舶の活動、そして、原子力潜水艦からの長距離弾道ミサイル発射である。
これらは、単なる個別の軍事・経済措置ではない。日本に対し、「中国の力を見よ」「これ以上踏み込むな」と圧力をかける一連の政治的メッセージであると考えて良い。
しかし、この威圧を、そのまま中国の余裕や自信の表れと見るのは早計である。むしろ、現在の中国の行動には、焦りにも似た気配が漂っている。
中国経済は、かつてのような高成長軌道にはない。不動産不況は長期化し、家計消費は弱く、若者の雇用不安も根深い。製造業や輸出は強いが、国内の需要が十分に戻らなければ、作る力はあっても、国内で国民が買う環境は弱いという構造問題から抜け出せない。国家の威信を外に示すのは、内側の不安を覆い隠そうとしているようにも見える。
加えて、日本外交の動きは、中国が想定する以上に速い。高市政権は、日米同盟を基軸に、インド、豪州、フィリピン、欧州、ASEANなどとの連携を重層化し、経済安全保障、海洋安全保障、重要鉱物、半導体、防衛産業の面で、中国依存を下げる方向を加速している。
中国から見れば、日本が単独で反中姿勢を強めているのではなく、インド太平洋全体で中国の威圧が効きにくい構造が形成されつつある、というように映るはずである。
さらに、中国にとって不安なのは、米国の動向である。トランプ米大統領の再登場は、日本にとっても不確実性を高める要素ではあるが、中国にとっては読み切れない存在のはずだ。
米国が、中国とは取引的に動く可能性がある一方で、対中強硬に一気に振れる可能性もある。中国が、日本や台湾をめぐって米国を揺さぶろうとしているのは、日米間、日台間、米台間に疑念を差し込み、結束を弱めたいからである。
報道ベースでは、習近平主席がトランプ大統領との会談や電話協議で、台湾問題を強く持ち出し、日本に対して発言の抑制を促すような動きがあったと伝えられている。これが事実であれば、中国の狙いは明確である。日本に直接圧力をかけるだけでなく、米国を通じて日本の行動を抑え込もうとしたのである。
しかし、この話が外に漏れた時点で、高市・トランプ間の良好な関係も明らかとなった。習主席の訴えは聞かれず、裏目に出たということになる。外交的には、習主席の最大級の失点である。そのことを諌める側近がいないのも、習近平政権にとってはマイナスである。
日本は慌てる必要がない。
中国が威圧を強めるほど、日本が取るべき道は明確になる。挑発に乗らず、過剰反応せず、しかし、沈黙もしないことである。中国の威圧行為に対し、日本国内が過剰に動揺すれば、中国は「この圧力は効く」と学習する。
逆に、日本が冷静に対応し、米国、豪州、インド、フィリピン、欧州、ASEANとの連携を一つずつ固めれば、中国の威圧は、国際社会の警戒心を強めるだけになる。
ここで注意すべきは、中国の軍事行動の予測可能性である。人民解放軍では近年、上層部の粛清が相次ぎ、中央軍事委員会の構成にも異例の変動が起きている。
習主席への権力集中が進む中で、軍が本当に規律ある専門組織として機能しているのか、あるいは過度に政治化され、最高指導者への忠誠競争の中で、危険な行動を取りかねないリスクが高まっているのかは、外部からは見えにくくなってしまった。
独裁体制下の軍隊は、常に2つの危険を抱える。1つは、最高指導者の意向を忖度し、現場が過激な行動に走る危険である。
もう1つは、失敗や不都合な情報が上に上がらず、誤った判断が修正されない危険である。中国の軍事的威圧は、計算された抑止行動でも、偶発的衝突や暴走のリスクを内包している。
中国の対日認識には、歴史的な怨念も重なっていると言って良いだろう。清朝末期からの百年国恥の記憶や、列強に屈した屈辱、日本との戦争の記憶は、中国共産党の統治正統性を支える重要な物語となってきた。
そのため、偉大なる中華民族の復興とは、単なる経済成長のスローガンではない。過去の屈辱を晴らし、中国を再び世界の中心に置くという歴史観を含んでいる。そのような著しく狭隘な国家観を持つ人物が、トップとして専制を振っているのが中国という国である。
中国にとって、日本は特別な対象になりやすい。中国は、しばしば日本を軍国主義と結びつけて批判するが、この発想はそのような歴史観からもきている。自分たちの考えに従わない苛立ちが、このようなナラティブを作り出しているとも言って良い。
しかし、現在の日本を本気で軍国主義国家と見る国は、国際社会では少数である。むしろ、多くの国々は、中国の軍事的膨張、東シナ海・南シナ海での威圧、台湾への圧力、重要鉱物を使った経済的威圧の方を警戒している。
それでも、中国は軍事力と経済力を背景に、中間層の国々へ働きかけを続けていくだろう。アフリカ、中東、中南米、ASEAN、太平洋島嶼国に対し、インフラ、融資、資源、警察協力、通信、港湾、軍事交流を組み合わせて、日本を軍国主義と批判し、自国寄りの立場へ引き寄せようとするはずだ。
中国に、本当の意味で信頼できる友好国が多いわけではない。しかし、中間層の国々を、日本や米欧が取りこぼせば、中国はそこに足場を作り、勢いを取り戻そうとするだろう。
ここが日本外交の要諦となる。中国の威圧に屈しない一方で、中間層の国家群に対して、中国以外の信頼できる選択肢があると示さなければならない。港湾、通信、海上保安、防災、医療、エネルギー、重要鉱物、人材育成、行政能力支援を組み合わせ、日本が長期的で誠実なパートナーであることを浸透させる必要がある。
中国は、自らの軍事力を見せつければ、周辺国がひれ伏すと考えているのかもしれないが、歴史が示すのはその逆である。自ら戦争を仕掛けた国は、短期決戦を想定しながら、長期化や国際的孤立、経済制裁、国内疲弊に追い込まれるのが常である。
ロシアは、ウクライナ侵略から4年以上を経ても、当初想定したような勝利を得られていない。むしろ、ウクライナからのドローンや長距離攻撃で、ロシア本土のインフラにまで被害が及び始めている。米国のイラン攻撃も然りである。相手を屈服させるのは簡単ではない。
中国が、台湾や日本に対して強硬な手段に出る場合、その困難さはロシアのウクライナ侵略以上である。台湾海峡を越える作戦は、陸続きの侵攻とは比較にならないほど複雑である。
海を越える戦闘には、制空権、制海権、上陸能力、補給、電子戦、サイバー、長期の兵站維持が不可欠であり、失敗すれば国内外に与える衝撃は極めて大きい。
日本が巻き込まれる場合も、日米同盟、米軍基地、南西諸島、海上交通路が絡み、局地的な威圧で済むとは限らない。だからこそ、中国は本格的な軍事行動よりも、まずは威嚇、示威、経済的圧力、情報戦、世論工作、小規模な接触を組み合わせてくる可能性が高い。
日本側が過剰反応し、万が一小競り合いが起きれば、中国は「日本側が先に挑発した」と宣伝し、国内外に自国の行動を正当化しようとするのは自明で、この罠に乗ってはならない。
必要なのは、静かな強さ
日本は、水面下で米国と緊密に連携しつつ、表では冷静な説明を続けるべきである。トランプ大統領がどのような発言をするかについて、日本国内のメディアや識者が過度に一喜一憂するのは、中国を利するだけの話になってしまう。
仮に、「米国は日本や台湾を助けない」「中国の力は恐ろしい」「日本は中国を刺激すべきでない」といった論調が広がれば、それ自体が、中国の離間策に手を貸すことになる。
もちろん、米国依存だけでよいわけではない。むしろ、米国政治の不確実性があるからこそ、日本は日米同盟を基軸としながら、豪州、インド、フィリピン、韓国、欧州、ASEANとの連携を厚くしなければならない。
NATOへの加盟という発想は、地理的にも、制度的にも現実的ではないが、NATOとの協力、欧州との防衛・サイバー・宇宙・経済安全保障の連携は、さらに深めるべきである。
残念なのは、日本の野党政治家が、こうした国際情勢の速度に追いついていないことである。与党だけでなく野党もまた、対中政策を国内政局の材料として扱うのではなく、インド太平洋全体の安全保障、経済安全保障、グローバルサウスの中で考える必要がある。
中国を刺激するかどうかという浅い議論ではなく、中国の威圧をどう管理し、どの国々と連携し、どの分野で依存を下げ、どの分野で対話を維持するかを、政党間でも競うべきだ。
日本国内には、中国の力を過度に大きく見せる言説がある。もちろん、中国は巨大な国家であり、軍事力、経済力、技術力を侮ってはならない。
しかし、中国を無闇に脅威を巨大化するのは過ちだ。中国にも国内経済の不安、人口減少、若者雇用、地方債務、不動産不況、軍内部の粛清、国際的警戒の高まりという弱点がある。中国は強いが、万能ではない。恐れるべき相手ではあるが、ひれ伏すべき相手ではない。
日本が取るべき道は明確である。中国の挑発には乗らない、威圧には屈しない、米国との連携を水面下で固める、豪州、インド、フィリピン、韓国、欧州、ASEAN等とのつながりをさらに細かく張る、重要鉱物、半導体、医薬品、電池、通信の対中依存を下げるなどである。
グローバルサウスに、中国以外の選択肢を示し、日本国内では、与野党を問わず、国際政治の現実を直視することが重要である。中国と敵対する必要はないが、中国の威圧に屈する必要もない。日本に必要なのは、感情的な反中ではなく、成熟した現実主義である。
中国の威圧は、確かに危険であるが、それは中国が強いからではない。むしろ、自国の内外の環境が思うように進まず、焦りの中で力を誇示している側面の方が強い。だからこそ、慌てず、冷静に、静かに、しかし、着実に、国際的連携を築いていく必要がある。
中国が、力で秩序を変えようとするなら、法の支配と国際連携でそれを封じる。分断を仕掛けるなら、同盟とパートナーシップを強める。脅しで相手を動かそうとするなら、落ち着いてさらに多くの国々と手を結ぶ。
それが、日本にとって最大の対中戦略となる。焦る中国と同じ土俵で争わず、丁寧に日本外交の底力を示す時である。このまま進めば中国は悪手の連発で、自滅の可能性もある。
