中国が施行した「民族団結進歩促進法」は、表面的には多民族国家における民族間の団結と平等を促進する法律である。しかし、条文を丁寧に読むと、単なる少数民族政策の枠を超え、中国共産党が定義する「中華民族共同体」へ国内外の人々を組み込むための統治法としての性格が強いことがわかる。
同法は、「中華民族共同体意識」を固め、「中華民族の偉大なる復興」を進めることを前面に掲げている。学校、家庭、メディア、企業、宗教団体、ネット空間にまでその理念の浸透を求め、香港、マカオ、台湾の人々に対しても、中華民族への帰属感や認同感を高めることを求めている。さらに、中国国外の組織や個人が「民族団結」を破壊し、「民族分裂」を作り出す行為をした場合、法的責任を追及するという域外適用の発想まで含んでいる。
ここに、この法律の本質がある。中国は「民族団結」という柔らかい言葉を使いながら、実際には国家が認める歴史観、国家観、民族観に従わない人々を、「分裂」「外部勢力」「不安定要因」と位置づける構造を作っているのである。これは少数民族政策にとどまらない。台湾、香港、海外華人、国外の研究者、メディア、政治家の発言にまで及び得る、思想統制と対外圧力の法的基盤である。
偉大なる復興という懐古主義
中国が掲げる「中華民族の偉大なる復興」は、単なる経済成長のスローガンではない。それは、近代以降の屈辱を乗り越え、かつての大国としての地位を取り戻すという歴史観に基づく、政治的物語である。国家が発展を目指すこと自体は当然であり、否定されるべきものではない。しかし、その「復興」が、周辺国への威圧、台湾への圧力、少数民族の同化、国外言論への干渉を正当化する論理として使われるならば、話はまったく別である。
現代の国際秩序は、力による支配ではなく、主権の尊重、国際法、民族・宗教・文化の多様性、人権、自由な言論を基礎にしている。にもかかわらず、中国が「歴史的に中華の一部であった」「中華民族は一体である」「外部勢力が分裂を煽っている」という物語を優先するなら、それは未来志向ではなく、過去の帝国的秩序を現代に持ち込む懐古主義である。
問題は、中国人一般や漢民族一般にあるのではなく、中国共産党体制が、漢族多数派文化と党国家の価値体系を「中華民族共同体」の標準として押し広げ、そこに合わない民族、宗教、地域、言論を矯正すべき対象として扱う点にある。これは多民族の平等な共存ではなく、国家が定義する「正しい中国人像」への同化を求める政策である。
新疆・チベットで進む強制同化
新疆ウイグル自治区では、ウイグル族などイスラム系住民に対する大規模な監視、拘禁、再教育、宗教活動の制限が国際的に問題視されてきた。チベットでも、標準中国語教育の徹底、宗教活動への管理、寄宿制教育などを通じ、チベット語やチベット文化の継承が弱められているとの指摘がある。
これは、単なる教育政策や治安政策ではない。言語、宗教、家族、歴史認識を通じて、民族共同体の自己認識そのものを国家が再編する政策である。少数民族が、中国社会に参加すること自体が問題なのではない。問題は、参加の条件として、固有の言語、信仰、歴史、生活様式を事実上放棄させられることにある。
この意味で、中国の民族政策は、物理的な絶滅を目的とするものではないとしても、少数民族の文化的・宗教的・言語的自律性を削り取り、国家が定義する「中国人」像へ吸収していく、強制同化政策に近い。
ホロコーストとの比較で見るべきもの
この構造を見ると、ナチス・ドイツのホロコーストを想起する人もいるだろうが、ここでは慎重な整理をしたい。ホロコーストは、ナチス・ドイツとその協力者によって、欧州ユダヤ人約600万人が組織的・国家的に迫害され、殺害された歴史的事件である。これは物理的な絶滅を目的とした大量虐殺であり、現在の中国政策とそのまま同一視することはできない。
しかし、似ている部分がないわけではない。類似しているのは、最終形としての大量殺害ではなく、その前段階にある全体主義的な構造である。すなわち、国家が特定の集団を「問題」と定義し、法と宣伝と教育と警察力によって、その集団を社会から隔離し、矯正し、従属させていく構造である。
ナチスは、ユダヤ人を民族共同体の敵として位置づけた。中国共産党は、ウイグル、チベット、香港、台湾、海外の批判者を、状況に応じて「分裂主義」「外部勢力」「民族団結の破壊」と結びつける。もちろん、両者は同じではない。しかし、国家が自らの望む民族共同体像を定め、それに合わない集団を危険視し、法制度によって管理・排除していく発想には、警戒すべき共通性がある。
戦前日本というもう一つの鏡
この問題は、日本自身の戦前史も重要な鏡となる。日本は、1925年に治安維持法を制定した。同法は、「国体」の変革や私有財産制度の否認を目的とする結社を取り締まる法律として始まったが、やがて共産主義者だけでなく、社会主義者、自由主義者、宗教者、学者、言論人など、国家にとって不都合とみなされた思想を取り締まる装置へ拡大していった。
その実務を担ったのが、特別高等警察、いわゆる特高である。戦前日本は、国内では「国体護持」「治安維持」「不穏思想の排除」を掲げ、異論を封じ込めた。そして対外的には、満州事変以後、国際社会からの批判を「日本の正当な権益を理解しない外圧」と受け止め、国際連盟脱退へと進み、孤立を深めていった。国内の批判力が失われ、国際的な孤立が進む中で、軍部と強硬論が政治を押し流していった。
ここに、現在の中国を見るうえでの重要な教訓がある。国家が国内の異論を「不安分子」とみなし、国外からの批判を「敵対的包囲」と受け止めるようになると、自己修正能力は急速に失われる。国内統制と対外強硬は、しばしば同時に進む。国内で異論を許さない国家は、対外政策でも、妥協を弱さと見なし、批判を敵意と見なしやすい。
もちろん、戦前日本と現在の中国は同じではない。戦前日本は、天皇制国家と軍部の政治的膨張を背景としていた。現在の中国は、中国共産党一党支配のもとで、党国家体制、デジタル監視、経済力、法制度、情報統制、統一戦線工作を組み合わせている。
時代も制度も異なる。しかし、「国家が正しい国民像を定め、それに合わない者を危険視する」「国内の異論を排除し、外部批判を敵視する」「国際社会で孤立すると、さらに強硬論が強まる」という構造には、明らかな共通点がある。
共産党支配を国際社会が許容した代償
中国政治体制には、根本的な矛盾がある。形式上、全国人民代表大会は最高国家権力機関とされている。しかし、実際には中国共産党の指導が国家の前提であり、自由な複数政党制による政権交代は存在しない。つまり、中国の「国会」に相当する機関は、国民が自由な選挙によって政権を選び、政権を交代させる民主主義議会とは異なる。
国際社会は長年、この矛盾を深く問わず、中国の経済成長を歓迎してきた。市場開放、貿易拡大、対中投資、技術移転を通じて、中国が豊かになれば、国際秩序により責任ある形で参加するだろうという期待があった。だが、現実には、中国は経済成長によって得た国力を、自由化ではなく、党の統制強化、軍事力拡大、情報統制、対外的威圧に結びつけてきた。
世界が、中国の体制的矛盾を経済優先で棚上げしたことが、結果として中国の態度をより横柄にした面は否定できない。国際秩序の中で利益を得ながら、その秩序の前提である、自由、法の支配、言論の自由、国際法の尊重を、自国に都合よく解釈する。この二重性こそ、現在の中国問題の核心である。
忘れられた日本の対中協力
日本との関係でも、同じ構図がある。戦後日本は、中国に対して長年にわたり政府開発援助を行ってきた。対中ODAの累積支援額は、円借款、無償資金協力、技術協力を合わせて巨額に上る。道路、港湾、空港、上下水道、環境対策、人材育成などは、中国の発展基盤を支える重要な協力であった。
にもかかわらず、中国国内でこの事実が十分に共有されているとは言い難い。中国政府の対日ナラティブの中心に置かれているのは、日本の戦争責任、歴史問題、そして「日本の再軍事化」という主張である。日本が戦後、中国の発展を支援し、アジアの安定に貢献してきた事実は、前面には出されず、戦争の惨禍だけが強調される。
もちろん、日本が過去の戦争責任を忘れてよいという話ではない。日本は戦前、アジアに大きな被害を与えた。その反省は、戦後日本の出発点であり、今後も軽んじてはならない。しかし、反省と同時に、戦後日本が平和国家として歩み、中国の発展にも協力してきた事実もまた、正当に語られるべきである。
中国政府は、日本は過去にひどいことをした、今また軍事化を進めている、という物語を繰り返す。しかし、日本は戦後一貫して、憲法の下で専守防衛を基本とし、国際法と国連憲章を尊重する平和国家として歩んできた。防衛力の強化も、周辺環境の悪化に対応する抑止のためであり、侵略を目的とした軍事化ではない。
世界の多くの民主主義国は、そのことを理解している。日本が戦後、国際秩序の受益者であると同時に、貢献者でもあったことを知っている。問題は、中国の主張を多くの国がそのまま信じるかどうかだけではない。
事実と異なる、あるいは一面的な主張であっても、国家が何度も繰り返し、外交、メディア、教育、国際会議、SNS、経済制裁の理由として使い続ければ、それは次第に国際世論の中に「そういう見方もある」という余地を作ってしまう。
これは情報戦である。真実を積み上げるよりも、短く、強く、繰り返されるナラティブの方が、政治的には効果を持ちやすい。嘘も反復されれば、真実のように扱われる危険がある。だからこそ、放置してはならないのである。
威圧は軍事だけではなく、物語でも行われる
中国の威圧的行動は、軍事や経済に限られない。台湾周辺での軍事演習、海警船による管轄権の既成事実化、尖閣周辺での活動、南シナ海での圧力、輸出管理や経済制裁は、目に見える威圧である。しかし、それと同じくらい重要なのが、歴史認識と情報戦である。
中国は、相手国ごとに異なるナラティブを使い分ける。日本に対しては、歴史問題と再軍事化論、欧米に対しては、反植民地主義や反覇権、途上国に対しては経済支援と発展モデル、台湾に対しては、民族統一、少数民族に対しては共同体意識である。
こうした物語は、個別には違って見えるが、根底ではすべて中国共産党の正統性と「中華民族共同体」の拡張につながっている。
したがって、中国の民族団結法は単なる国内法ではない。これは、中国の威圧的行動に、法的・思想的な根拠を与える装置である。軍事力、海警、経済制裁、情報戦、教育、宗教統制、海外華人工作が、一つの「中華民族共同体」構想の下に結びつけられていくという、21世紀型の民族統制モデルと言って良い。
問題を「総理の失言」に矮小化してはならない
中国との関係は、常に難しい舵取りを求められる。地理的にも経済的にも、日本は中国と無関係ではいられない。対話は必要であり、外交上の不用意な言葉を避ける努力も、当然必要である。高市総理の台湾有事をめぐる発言についても、その表現やタイミングが適切であったかを検証すること自体は、民主国家として健全な営みである。
しかし、ここで注意しなければならないのは、問題を「高市総理一人の責任」に矮小化してはならないという点である。中国側は、高市総理の台湾関連発言を「誤った発言」と位置づけ、日中関係悪化の原因を日本側に帰す主張を繰り返している。日本国内にも、この中国側の主張に沿うように、「日中関係が悪化したのは高市総理のせいだ」と論じる向きがある。
もちろん、政権の外交判断を批判する自由は守られなければならない。だが、中国の威圧的行動という構造問題を見ずに、すべてを日本側の失言や政権の個性に還元する議論は、結果として中国側のナラティブを補完してしまう。見方を変えれば、それは中国の主張を国内で代弁するような役割を果たすことにもなりかねない。
重要なのは、特定の批判者を安易に「親中」と決めつけることではなく、中国の威圧を「日本側が刺激したから起きた」とだけ説明する思考の危うさである。その発想に立てば、日本が発言を控え、台湾への関与を弱め、防衛力強化を抑え、中国の機嫌を損ねないようにすれば、日中関係は安定するという結論になりやすい。しかし、それは現実を見誤っている。
忘れてはならないのは、高市総理だからこの問題が起きたというわけではないということである。今回の問題がなかったとしても、中国は日本が自らの意に沿わない行動を取れば、別の理由を見つけて圧力をかけてくる国だということである。
台湾、有事、尖閣、防衛費、日米同盟、日比協力、半導体規制、輸出管理、人権、歴史問題、どの論点であっても、中国が「核心的利益」や「内政干渉」と位置づければ、外交的抗議、経済措置、観光制限、海警船の活動、情報戦が発動され得る。
したがって、同様の緊張は、誰が総理であっても起こり得る。保守政権であれ、リベラル政権であれ、対中融和を掲げる政権であれ、日本が台湾海峡の平和、尖閣の領土保全、自由で開かれたインド太平洋、日米同盟、経済安全保障を守ろうとすれば、摩擦は避けられない。
むしろ、摩擦が起きない状態の方が、どこかで日本側が過度に沈黙し、譲歩し、問題を先送りしている可能性すらある。その意味で、この時点で中国側の思惑がはっきりしたということは、逆に日本にとってはプラスなのかもしれない。
中国との関係で最も危ういのは、表面上の静けさを安定と取り違えることである。中国は、ある日突然豹変するように見えることがある。しかし、実際には豹変したのではなく、静かな時期に法制度、軍事態勢、世論工作、経済的依存、国際機関での影響力、海外ネットワークを積み上げていることが多い。
表面上は友好が語られている時ほど、裏側では次の圧力の準備が進んでいる可能性を見なければならない。必要なのは、対話と警戒を同時に進める姿勢である。
中国と話すべきことは話すが、威圧を受けたときには譲らない。日本国内で政権批判を行う自由は守るが、中国の主張をそのまま受け入れ、構造的な威圧を日本側の責任にすり替える議論には、冷静に反論する。
日中関係を、本当に安定させるには、中国の機嫌を損ねないことではなく、中国が威圧しても、日本は譲らないと理解させることが不可欠である。
中国国民と中国共産党体制を分けて見る
ここで忘れてはならないのは、中国の一人ひとりの国民と、中国共産党体制を同一視してはならないということである。中国には、誠実で勤勉で、家族を大切にし、より良い暮らしを求めて努力している人々が無数にいる。
日本人が中国人一般を敵視することは、問題の本質を見誤らせるだけでなく、中国共産党が利用する「外部敵視」の物語に手を貸すことにもなりかねない。
問題は、中国国民ではなく、中国共産党体制である。現在の中国経済は、不動産不況、若年層の雇用不安、地方財政、消費低迷など、複数の構造問題を抱えている。政府に不満を感じている層が、相当程度存在していても不思議ではない。
もっとも、権威主義体制の下では、本音の世論を正確に測ること自体が難しいため、その割合を公開データで断定することはできない。
それでも、経済停滞、雇用不安、格差、監視社会への息苦しさが広がれば、政府に対する潜在的不満が蓄積するのは自然である。中国共産党は、党員が1億人にまで達する世界最大の政党だが、それでも中国全体から見れば、党員ではない国民の方が圧倒的に多い。
彼らの多くは、政府への不満を感じても、それを自由に口にすることは難しい。SNS、職場、学校、地域社会、行政手続きの至るところに監視と自己検閲が入り込む社会では、不満は表に出にくくなる。
だからこそ、中国政府は、国内の不満が政権に向かわないよう、外部に敵を作り、国民の関心を外へ向ける誘惑を持つ。日本、台湾、米国、NATO、外国メディア、海外の研究者は、その時々で「外部勢力」として利用される。国内の経済不満や統治不安を、反日、反米、台湾統一、民族復興の物語に吸収していく構造である。
日本のような自由な国では、政府批判は誰でもできる。総理を批判することも、政権の外交を批判することも、当然の権利である。それこそが、民主主義の強さである。しかし、自由な国であるがゆえに、声の大きい少数派が、実際の世論以上に大きく見えることもある。いわゆる、ノイジー・マイノリティの弊害である。
高市政権についても、批判的な声は当然存在する。しかし、その声量と、実際の世論全体の重みは分けて考える必要がある。政権に批判的な一部の声が、大きく響いたとしても、それが国民全体の多数意思を表しているとは限らない。しかし、中国政府は、このような日本国内の批判的言説を利用する。
日本国内に、「高市総理が悪い」「日本が中国を刺激した」「日中関係悪化は日本側の責任だ」という声があれば、中国側はそれを、「日本国内にもそういう見方がある」として、国際発信に組み込む。日本の民主主義が保障する自由な言論が、中国の情報戦の材料として使われることに、政府を批判する側も理解をしておく必要がある。
高市外交を中国が警戒する理由
一方で、高市政権の外交を見ると、就任後の短期間としては、かなり速いペースで首脳外交を積み上げてきた。日米関係を軸にしながら、欧州、インド太平洋、アジア各国との関係を進化させ、中国以外の多くの国との関係はむしろ強化されていると見るべきである。
各国首脳が高市総理を見る目は、中国の国家主席を見る目とは異なる。もちろん外交儀礼上、各国は中国とも関係を維持する。しかし、自由主義国や多くのインド太平洋諸国にとって、日本は信頼できる民主主義国家であり、法の支配、経済協力、安全保障協力を共有できる相手である。中国が高市外交を警戒するのは、まさにこのためである。
中国から見れば、日本は太平洋へ出て米国と対峙し、大国としての影響圏を広げるうえで、地政学的にきわめて目障りな存在である。日本列島は、中国海軍が西太平洋へ出るうえでの地理的な制約であり、日米同盟は中国の軍事的拡張を抑止する大きな壁である。
さらに、日本がインド、豪州、フィリピン、欧州、NATO諸国との関係を深めれば、中国にとって、日本は単なる隣国ではなく、対中包囲網の要のように映る。
その意味で、高市外交の本質は、中国と正面衝突することではない。むしろ、日本が周辺国、同志国、欧州、インド太平洋諸国との関係を進化させることで、中国とも安定した関係を築くための交渉力を高めることにある。
中国と向き合う最善の方法は、中国に譲歩し続けることではなく、日本の外交的選択肢を広げ、中国に、「日本を威圧しても孤立させられない」と理解させることである。
ここで思い起こすべきは、日本初の女性天皇であった推古天皇と、摂政・聖徳太子の外交姿勢である。隋が東アジアにおける巨大な文明国家として朝貢秩序を広げようとしていた時代、日本はその秩序にそのまま組み込まれることをよしとしなかった。
聖徳太子が関与したとされる遣隋使の国書には、「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」との有名な一節がある。隋の皇帝はこれに激昂したと伝えられるが、日本は大国に卑屈に従うのではなく、独立した政治主体として対等性を示したのである。
もちろん、古代の遣隋使外交と現代の国際政治をそのまま重ねることはできない。しかし、大国の機嫌を損ねないことを最優先にするのではなく、自国の主体性と尊厳を示し、そのうえで現実的な交流を開くという点では、そこに学ぶべきものがある。
結果として隋は、日本を一方的に押し潰すのではなく、外交関係を続けざるを得なかった。これは、力の差がある相手に対しても、迎合ではなく節度ある対等性を示すことが、外交上の意味を持ち得ることを物語っている。
高市総理は、聖徳太子と同じく奈良に深い縁を持つ政治家であり、日本で初の女性総理でもある。ここに単なる地理的偶然以上の意味を見出すならば、高市外交は、まさに現代の「日出づる国」の外交である。大国の威圧に屈せず、
しかし、無用に挑発するのでもなく、日本の主体性を示しながら、周辺国、同志国、自由主義国との連携を広げる。中国から見れば、それは不愉快であり、目障りであろう。だが、それこそが、日本外交の本来の姿である。
中国が警戒しているのは、単に高市総理の言葉が強いからではない。日本が再び、自国の立場を明確にし、各国と連携し、威圧に腰砕けとならない外交を取り戻しつつあるからである。聖徳太子が隋の秩序に飲み込まれなかったように、現代の日本もまた、中国の描く「中華民族共同体」や勢力圏の物語に飲み込まれてはならない。
その観点からすれば、トルコで開かれるNATO首脳会議への出席を、国内政治日程を理由に見送らざるを得ない状況は残念である。トルコ側から、直接招待の働きかけがあったのであれば、なおさらである。
NATO首脳会議は、欧州安全保障とインド太平洋を結びつける重要な外交舞台である。中国の挑発行為がエスカレートする中、日本が中国の威圧に屈せず、自由で開かれた国際秩序の維持に積極的に関与する姿勢を示す、格好の機会でもある。
国内政治が重要であることは言うまでもない。しかし、現在の国際環境では、首脳外交の一回一回が、日本の安全保障環境を形づくる。日本の政治は、国内の党派対立や一部の批判に引きずられすぎているが、そのために外交の重要な機会を失ってはならない。
日本はどう対抗すべきか
日本に必要なのは、感情的な反中発言ではない。中国人一般や漢民族一般を敵視することは、問題の本質を見誤らせる。批判すべきは、中国共産党体制が進める強制同化であり、情報統制、域外適用、威圧外交である。
第1に、日本は戦後の対中協力、平和国家としての歩み、国際秩序への貢献を、体系的に発信する必要がある。対中ODAや技術協力の歴史を、英語、中国語、その他主要言語で可視化し、世界中の研究者、メディア、若い世代がアクセスできる形にするべきである。日本は中国の発展を妨げた国ではない。むしろ、戦後長期にわたり、中国の近代化とインフラ整備を支えてきた国である。
第2に、中国の一方的なナラティブには、静かだが迅速に反論する体制が必要である。日本が再軍事化している、軍国主義に戻ろうとしている、という主張が出た場合、放置せず、戦後日本の防衛政策、国際法遵守、文民統制、専守防衛、国連中心主義、開発協力の実績を、直ちに具体的に示すべきである。
第3に、民主主義国、台湾、東南アジア、欧州、グローバル・サウスとの連携を強める必要がある。中国の情報戦は、相手によって言葉を変える。日本もまた、相手に応じて、法の支配、自由な海洋秩序、開発協力、民主主義の安定性、戦後平和国家としての実績を語り分けなければならない。
第4に、日本国内でも、戦前史と戦後史の両方を正確に学び直す必要がある。戦前日本が国内の異論を排除し、国際社会で孤立し、戦争へ向かった歴史を忘れてはならないが、戦後日本が平和国家として再出発し、アジアの発展に協力してきた歴史も忘れてはならない。必要なのは、反省と自信を両立させた成熟した歴史観を持つことである。
第5に、日本は、中国が「静かな時ほど危うい」という認識を持つ必要がある。中国との関係が、表面的に安定している時でも、法制度、軍事態勢、経済的依存、世論工作、国際機関での影響力は静かに積み上げられている可能性がある。目に見える衝突がないことを、問題が存在しないことと取り違えてはならない。
結論
中国の民族団結法は、少数民族保護の法律というより、国家が定義する「中華民族共同体」へ国内外の人々を組み込む統治法である。新疆やチベットでは、それが言語、宗教、教育、家族、文化の領域に及び、少数民族の自律性を削る同化政策として表れる。台湾、香港、海外華人、国外の批判者に対しては、域外適用と統一戦線的な圧力として表れる。
それは、国家による組織的大量殺害と同一視する問題ではないが、国家が特定の集団を危険視し、法、教育、警察力、宣伝、監視によって矯正・排除していく、全体主義的な構造には明確な警戒が必要である。
また、戦前の日本と同様に、国内の異論を封じ、外部批判を敵視し、孤立の中で強硬化していく国家は、自ら修正する力を失う。歴史が教えているのは、戦争は突然始まるのではなく、まず言葉が変わり、法律が変わり、教育が変わり、異論が消え、外部の批判が敵意とみなされるところから始まるということである。
中国が偉大なる復興を語るなら、日本は戦後の平和と協力の実績を語るべきである。中国が歴史を政治の武器として使うなら、日本は歴史を事実の積み重ねとして示すべきである。中国が反復によって一面的な物語を広げるなら、日本は反発を恐れず、事実に基づく物語を発信し続けるべきである。
同時に、中国国民と中国共産党体制は分けて見る必要がある。中国の一人ひとりの国民は、日本人と同じように、家族を思い、仕事に励み、より良い生活を求める普通の人々である。日本が注視すべき相手は、中国国民ではない。国内の不満を抑え込み、外部に敵を作り、民族復興と国家統一の名の下に威圧を正当化する、中国共産党体制である。
中国との対話は続けるべきであるが、威圧には譲ってはならない。自由な言論、民族・宗教・文化の多様性、台湾海峡の平和、国際法秩序を守ることは、単なる対中政策ではない。それは、かつて戦争という誤った道を歩んでしまった日本が、歴史の教訓として、引き受けるべき責任でもある。
高市外交の意義も、ここにある。中国に対して声高に対決を叫ぶことではなく、日米同盟を軸に、欧州、インド、東南アジア、豪州、台湾、NATO諸国との関係を広げ、日本の外交的選択肢を厚くすることである。中国と最も安定した関係を築く方法は、中国に遠慮して沈黙することではない。日本が孤立せず、威圧に屈せず、事実を発信し、自由な国々と連携することで、中国に対しても冷静で対等な関係を迫ることである。
聖徳太子の時代、日本は隋という巨大国家に対し、独立した国として堂々と向き合った。現代の日本もまた、大国の機嫌を損ねないことを外交の目的にしてはならない。必要なのは、礼を失わず、しかし譲るべきでない線は譲らない外交である。中国が警戒しているのは、日本が再びその姿勢を取り戻しつつあることにある。
嘘は、放置されれば既成事実のように扱われる。事実もまた、語られなければ存在しないものと同じである。過去への反省だけでなく、戦後の平和国家としての実績、中国への貢献も堂々と発信すべきである。中国との関係が静かに見える時は、その奥で何が進んでいるのかを見抜く冷静な眼を持つことも重要である。自信を持った外交をしてほしいと思う。
