日本成長戦略の重点17分野において、62の主要製品・技術に対して、2040年度までに累計370兆円超の官民投資を想定することが、6月24日の経済財政諮問会議と日本成長戦略会議の合同会議で明らかとなった。
この数字だけを見て、「また大きな額を掲げただけではないか」「総花的な成長戦略ではないか」と批判する向きもあるようだ。たしかに、投資の対象範囲は広い。しかし、今回の戦略を丁寧に見ると、単なる総花的な政策メニューとは性格が全く異なることがわかる。
重要なのは、政府が17の分野を並べただけではなく、その中で62の主要製品・技術を選び、それぞれについて「勝ち筋」「投資額」「政策パッケージ」「経済波及効果」を整理しようとしている点にある。
従来型の補助金配分ではなく、国家としてどの産業基盤を残し、どの技術で世界市場を取り、どの分野で経済安全保障上の自律性を高めるかを選別する、極めて戦略的な取り組みとなっている。
総花的とは真逆の政策である
今回の成長戦略を総花的と見るのは、単に表面だけを見た評価である。むしろ、実態は逆であり、日本の勝ち筋をしっかり見抜いた戦略となっている。
広い産業分野の中から、AIロボット、フィジカル・インテリジェント・システムの半導体、バーティカルAI、クラウド・データセンター、量子、海底ケーブル、防衛装備、ロケット、人工衛星、次世代船舶、重要鉱物、バイオものづくり、創薬、ペロブスカイト太陽電池、次世代革新炉、港湾DX、植物工場、ゲーム・アニメ・マンガなど、具体的な製品・技術単位に落とし込んでいるのが肝となっている。
これは「何でも支援する」政策ではない。むしろ、これからの日本に必要な供給力、技術力、安全保障力、輸出力を構成する領域を選び直す政策である。
日本経済の長期停滞の一因は、成長分野への集中投資が弱く、企業も政府もリスクを避け、国内投資を先送りしてきたことにある。今回の戦略は、その停滞構造を変えようとする、チェレンジングな試みである。
官民投資の意味は「呼び水」
370兆円超という官民投資額は、政府が全額を支出するという意味ではない。政府の役割は、民間投資の代替ではなく、民間投資を引き出す呼び水である。
特に半導体、AI、量子、宇宙、エネルギー、バイオ、防衛、造船のような分野は、初期投資が大きく、回収までに時間がかかる。企業が単独でリスクを負い切れない領域では、政府が長期の予見可能性を示すことが不可欠である。
その意味で、新たな投資枠を通常歳出とは別に設け、複数年度での予算措置を検討する方向性は極めて妥当である。単年度予算発想では、企業は大規模投資に踏み切れない。
研究開発から実証、量産、社会実装までには時間がかかる。政府支援が一過性でないことを示すことで、民間企業は設備投資や人材採用、サプライチェーンの構築に踏み出せる。
日本の強みを再起動する戦略
今回の戦略で特に注目すべきは、AI・半導体分野である。日本は生成AIの基盤モデル競争では米国勢に後れを取った。しかし、フィジカルAI、すなわち、ロボットや機械にAIを実装し、現実世界で作業を行わせる領域ではなお強みがある。
産業用ロボット、モーター、減速機、センサー、精密部品、製造現場のデータ、品質管理には、これまでの蓄積がある。今回の戦略では、AIロボットについては、2040年に20兆円の市場獲得を目指す方向が示された。
これは、人手不足の解消、製造業の高度化、介護・建設・物流・防災分野の省力化、さらには国内サプライチェーンの強化に直結する。人口減少が避けられない日本にとって、フィジカルAIは社会課題解決と産業競争力強化を同時に実現し得る分野である。
バーティカルAIも同様である。日本には製造、物流、医療、介護、農林水産、建設、防災、行政、エネルギーなど、現場に蓄積された膨大な暗黙知がある。汎用AIでは米国巨大企業に劣っても、現場特化型AIであれば、日本独自の価値を作れる可能性がある。
ここに政府調達、制度改革、データ基盤整備、人材育成を組み合わせることができれば、日本はAIを「使われる側」から「実装で稼ぐ側」へ転換できる。
財政問題への対応は?
積極財政に対しては、必ず「財政悪化を招く」との批判が出る。しかし、今回の会議の資料では、成長戦略の下での中長期的な経済・財政の姿についての試算も示されている。
それを見ると、2027年度以降は毎年度実質ベースで10兆円の追加財政支出を仮置きし、その経済効果と債務残高対GDP比への影響を見ている。この点は重要である。
ここで示されている考え方は、明快である。投資によって潜在成長率を高め、名目GDPを拡大し、税収を増やし、結果として債務残高対GDP比を安定的に低下させるとしている。
これは、単なるバラマキとは異なる。消費的な支出ではなく、将来の供給力を高める投資に重点を置くからこそ、財政規律との両立が可能になると言えよう。
もちろん、この前提が成り立つには条件がある。AI導入、大規模設備投資、対日直接投資、人への投資、研究開発投資などが、実際にTFPを押し上げる必要がある。
これが実現しなければ、追加財政支出は単なる赤字拡大に終わる。そのため、今回の戦略では、PDCA、EBPM、投資効果の検証が不可欠となっている。
地方に広げる成長の設計
今回の会議では、地域未来戦略が同時に議題となったことも見逃せない。成長戦略が東京圏と一部大企業だけのものになれば、日本全体の成長にはつながらない。
地域未来戦略では、戦略産業クラスター計画、地域産業クラスター計画、地場産業成長プランという3つの類型が示された。
戦略産業クラスター計画は、17分野に関連する大規模投資を起点に、サプライチェーン、インフラ、人材育成を地域で一体的に進める構想である。地域産業クラスター計画は、都道府県が主導し、輸出や国内市場で競争力を持ち得る産業を重点育成する仕組みである。
地場産業成長プランは、市町村が地域資源や地場産業を活かして成長を目指すものである。これは、地方に予算を薄く広く配る政策ではない。地域ごとの強みを見極め、成長分野に資源を寄せ、雇用と所得を生み出す政策である。
半導体、造船、港湾、エネルギー、農業、観光、食品、コンテンツ、地場産業は、地方こそが主役になり得る。地域に産業クラスターが形成されれば、若者の雇用、女性の就業、地元大学・高専との連携、中小企業の設備投資にも波及する。
注目は方向性よりその精度
今回の成長戦略に対して、注目すべき点があるとすれば、それは方向性そのものではない。問題は、実行の精度である。そのために、以下の5点に留意する必要がある。
まず、第1に、370兆円超の投資額が、どこまで追加的な民間投資なのかを明確にする必要がある。既存投資の看板を掛け替えただけでは意味がない。
第2に、17分野62項目の中で、優先順位を不断に見直す必要がある。すべてを同じ濃度で支援すれば、結局は総花的になる。
第3に、官需による初期需要、規制改革、標準化、知財戦略、海外展開を一体で進める必要がある。技術開発だけでは市場は取れない。
第4に、地域未来戦略では、全国均等配分を避けなければならない。地域ごとに勝てる分野を選び、投資、人材、インフラを集中させることが必要である。
第5に、PDCAを形式的な報告で終わらせず、成果の出ない施策は見直し、伸びる分野には追加投資する柔軟性が求められる。
日本経済にプラスとなるか?
その上で、今回の戦略の方向性が、日本経済にとってプラスになるかを考えれば、明らかにプラスになる。その理由は以下の3つにある。
第1に、投資不足という日本経済の根本問題に正面から向き合っているからである。日本は長く、賃金も投資も物価も上がらない均衡に閉じ込められてきた。その均衡を破るには、民間任せだけでは不十分で、政府が将来市場を示し、投資の予見可能性を高める必要がある。
第2に、経済安全保障と成長戦略を一体化しているからである。半導体、AI、エネルギー、重要鉱物、防衛、宇宙、海底ケーブル、港湾は、単なる産業ではない。国家の自律性を支える基盤である。これらを海外依存に委ねたままでは、成長以前に危機対応力を失う。
第3に、地方経済を成長戦略の中に位置付けているからである。人口減少下の日本では、東京だけが成長しても限界がある。地域に働く場を作り、地場産業を高付加価値化し、サプライチェーンを国内に再構築することが、日本全体の供給力を高める。
成長戦略は「選択と集中」で始まる
6月24日の合同会議は、日本経済を「低成長を前提に分配する国」から、「供給力を高めて稼ぐ国」へ転換するための入口となる会議になった。もちろん、これだけで成功が保証されるわけではない。
370兆円という数字も、17分野という項目も、実行されなければ紙の上の計画にすぎない。しかし、少なくとも今回の戦略では、重要分野を選別し、官民投資を重点化し、財政試算と地域戦略に接続しており、従来の成長戦略より踏み込んだものとなっている。
これを「総花的」と切り捨てるのは簡単である。だが、日本が再び成長軌道に戻るためには、むしろ、このような重点投資の発想こそが必要となる。
問われているのは、政府がどこまで本気で継続できるかであり、民間がどこまでリスクを取るかであり、さらには、地方がどこまで自らの強みを磨けるかである。
成長戦略は、会議室で完成するものではない。工場、研究所、大学、港湾、農地、データセンター、スタートアップ、中小企業の現場などで実装されて、初めて日本経済を反転させる力になっていく。真価が問われるのはこれからである。今後の動きを注目したい。
