高市早苗という政治家は、その船出から逆風にさらされ続けてきた人物である。昨年の総裁選では、相手陣営やメディア、石破首相サイドからも批判が集中し、総裁就任後には連立相手の公明党が突然連立を離脱、政権の発足そのものも危ぶまれた。
さらに、政権発足後も国会運営は逆風の中にあり、年明けに進退を賭して衆院を解散したことで、圧倒的な信任を得たという流れがある。しかし、今なお高市首相を口汚く罵る人たちはおり、現在も「中傷動画問題」をめぐって批判のボルテージを上げている。
そこで、一つの仮説を立ててみた。すなわち、高市首相は、叩かれるほどに強くなる政治家ではないかという問いである。政治家高市早苗が、永田町で歩んできた足跡を振り返りながら、この逆境反転の構造から、この先に何が待つのかを展望してみた。
なお、このコラムは、特定の政治的立場を推奨する意図はなく、事実に基づいて構造を読み解くことを目的としたものであることを、あらかじめ断っておく。
敗北の上に築かれた逆境の軌跡
高市首相の政治人生は、その出発点からして敗北の上に築かれている。1961年、彼女は奈良市に生まれ、神戸大学を卒業後に渡米、連邦議会下院議員の事務所で研鑽を積み、大学講師やテレビキャスターを経て政界を志した。
その経歴を武器に、1992年の参院選に無所属で挑むも落選する。しかし、翌1993年に周囲の反対を押し切り、衆院選に無所属で再び挑み、初当選を果たした。最初の挫折を、わずか一年で当選へと反転させたところから、国会議員としてのスタートを切ったわけである。
その後は、新進党・自由党と渡り歩き、2000年の総選挙からは自民党公認として歩みを始めた。そのため、党内での評価は芳しいものばかりではなかったが、2014年には、安倍政権下で女性として初の総務大臣に就任し、のちに歴代最長の在任を記録した。
だが、その総務相時代には、放送行政をめぐる発言が「言論統制」と猛批判を浴び、集中砲火にさらされた。思ったことを自らの言葉で語る姿勢は、しばしば彼女を論争の中心に置いてきた事実がある。
総裁選への挑戦も、挫折を経験した。2021年は力及ばず、2024年には一回目の投票で堂々のトップに立ちながら、決選投票で逆転を許すという、苦い敗北を喫した。だが、あと一歩で届かなかった悔しさを、他人への批判に変えることはせず、静かに捲土重来を期した。
そして、2025年10月、3度目の挑戦で悲願を遂げた。決選投票を制し、内閣制度140年の歴史において初の女性総裁・女性総理が誕生した瞬間である。だが、栄光に浸る暇もなく、総裁選出からわずか数日後、26年にわたり連立を組んできた公明党が離脱を表明した。
少数与党の状態で、野党が結束すれば政権の座すら危ういという絶体絶命の局面を、高市首相は自ら打開した。日本維新の会との連立交渉に自ら身を投じ、両党が国家観を共有していることを熱く説き、新たな政権の枠組みを作り上げたのである。
組閣後も試練は続いたが、少数与党の制約のなかでも補正予算を成立させ、物価高対策としてガソリン暫定税率の廃止を実現した。そして、批判を覚悟のうえで衆院を解散し、進退を賭して信を問うた結果、圧倒的な多数の支持を勝ち取った。
振り返れば、高市首相の歩みは、逆境をバネに変え続けた軌跡そのものではないかと思う。落選からの初当選、批判の集中砲火、二度の総裁選敗北、そして連立離脱の激震、そのことごとくを、強い信念で前進の力に転じてきた。
そして、その軌跡の特徴は、これまで一度として、逆境に屈して相手を批判したり、足を止めたことがないことにある。これは偶然の幸運ではなく、高市早苗という政治家が持つ固有の体質と呼ぶべきものであろう。
貶める政治へのアンチテーゼ
ここで一つ、なぜ高市首相には、他の政治家と比べても、これほど多くの方面から誹謗や中傷が集まるのかという問いを立ててみた。
その答えは、彼女の政治姿勢そのものにあるといえる。高市首相は、思ったことを誰かの受け売りではなく、自分自身の考えとして、隠さずに語る政治家である。安全保障、経済安全保障、憲法、いずれの論点においても、彼女は曖昧な玉虫色の言葉に逃げない。
しかし、その発言によって「言われて困る側」が必然的に生まれる。そして、そのような側の人は、しばしば自らの正当性を守るために、相手を貶めるという手法をとってきた。
自説の正しさで対抗できないときに、人は論者そのものを攻撃しようとする。高市首相が長年浴びてきた中傷の多くは、この構図の産物が多かったように思う。
裏を返せば、高市政治の潮流は、この「貶めることで自らの正当性を主張する」政治文化への、アンチテーゼなのではないかという仮説が浮かぶ。
正面から考えを述べ、批判を受けても相手を罵らず、ただひたすらに政策の実現を訴える、その愚直な姿勢が旧来の手法に依拠してきた勢力にとって、いかに脅威であるかということでもある。中傷の量は、皮肉にも、彼女が突きつける課題解決への鋭さにも比例した。
中傷動画問題における懸念
ここで、今般の中傷動画問題を見てみたい。事実関係を冷静に整理すると、発端は週刊文春が4月末に報じた疑惑である。昨年の総裁選や今年の衆院選において、高市陣営が他候補を中傷する動画をSNSに投稿していたとする内容が報道された。
その後、秘書と動画作成者とされる人物のオンライン会議の記録とされる音声データが公開され、野党は秘書の国会招致を求めて追及を強めたが、高市首相は一貫してこれを否定し、音声についても真偽に疑問を呈し、国会が紛糾している。
この場合に重要なのは、複数の概念を峻別することである。すなわち、「接触があった」こと、「依頼した」こと、「指示した」こと、「組織的に関与した」ことは、分けて考えるべきだが、野党は意図的かはわからないが、この4つの概念を混同させているようだ。
仮に、何らかの接触の痕跡があったとしても、それが直ちに首相による指示や陣営の組織的関与を意味するわけではない。接触と指示のあいだには、依頼という段階があり、指示と組織的関与のあいだには、大きな隔たりがあるにもかかわらず、あえて触れていない。
そのため、現時点においては、これらのつながりが証明されたものは何もなく、音声の真贋も疑われている。当の秘書も明確な記憶を否定しており、疑惑はあくまで疑惑の域にとどまり、事実として確定したものは存在しないのが現実である。
希薄な根拠に基づいて追及するなら、裏付けとなる事実はしっかりと明示するべきだが、野党の追及には週刊誌報道以外に裏付けとなるものはない。それにも関わらず、首相の答弁を不誠実だと決めつけるのは極めてアンフェアなやり方である。
国政調査権に基づく行政監視は、野党の正当な責務であり、それ自体を否定するつもりはない。しかし、問題はその行使の仕方にある。捏造疑惑もあるような報道を、あたかも確定した事実であるかのように扱うのは、議会人としてもいかがなものかと思う。
本来、問われるべきは中傷動画作成の事実であるはずが、指示があったという未証明の前提だけを独り歩きさせ、首相の答弁が二転三転したから秘書を参考人として呼べというのは、非常に乱暴で、選挙に負けた腹いせをしているようにしか見えない。
首相の答弁の仕方にも問題はあるが、野党の追及がそれ以上にずれており、聞くに耐えない発言が多い。そのため、追及する側の野党への共感は広がらず、逆に首相の立場に理解を示す人が増えているというのが現状である。
批判一辺倒路線の退潮
ここで、石破政権下での2つの国政選挙を振り返ってみたい。この2つの国政選挙の結果を読み解くことが、仮説を立証するヒントにもなる。
2024年10月の衆院選と、2025年7月の参院選は、与党はいずれも歴史的な大敗を喫した。衆院選では、自公は215議席で過半数を割り、結党以来2番目に少ない議席水準に沈んだ。参院選でも、自公は47議席にとどまり、過半数を大きく割り込んでしまった。自民党が政権の座にある間に、衆参両院で過半数を失うのは、1955年の結党以来初めての事態である。
敗北の直接の引き金が、政治とカネの問題であったことは論をまたないが、それだけでは説明がつかない結果でもある。原因の一つは、石破首相が、首相就任からわずか8日後に衆院解散に踏み切ったことにある。総裁選で、予算委員会での論戦を訴えていたにも関わらず、首相になった途端、その開催を見送り信を問うことに、有権者が反発したという側面もある。
その上、2度の大敗のいずれの場合も、石破首相は「職責を全うする」「比較第一党の責任は重い」と続投を表明し、職にとどまり続けた。敗北の責任を取らず、首相という立場の保全を優先したと評されても仕方ない振る舞いであった。高市首相が、少数与党という不利な状況を、圧倒的な勝利へ反転させたことを思えば、その差はあまりにも際立つ。
そして、ここにもうひとつ重要な事実がある。自民党が失った票は、野党第一党である立憲民主党の伸長には、必ずしも結びつかなかったということである。
2024年の衆院選では、立憲は98議席から148議席へと、議席を1.5倍に伸ばした。しかし、その増加の中身は、数字の印象とはまるで異なる。議席増の大半は小選挙区によるものであり、政治とカネへの逆風のもと、反自民票が最大野党へ集約された結果であるが、これは自民の失点による「敵失」の産物に過ぎない。
一方で、各党の地力がより素直に映し出される比例票に目を移すと、まったく違う景色が広がる。立憲の比例得票は、前回からわずか7万票ほどの微増にとどまり、ほぼ横ばいであった。党が目標に掲げた比較第一党には、届いていない。
メディアも、立憲は相手の失点で議席を伸ばした面が大きく、政策や主張が全面的に支持されたと考えるのは過信だと報じている。つまり、立憲は、小選挙区制度の恩恵で議席を膨らませたにすぎず、有権者の積極的な支持そのものを勝ち取ってはいないということである。
その結果は、翌2025年の参院選で如実に現れた。立憲の獲得議席は、選挙区は22で改選前と横ばい、比例代表の得票数は、新興政党に抜かれるという逆転が起きた。地力が問われる比例で、与党の歴史的大敗を取り込むことはできなかった。
その一方で躍進したのは、批判ではなく前向きな政策メッセージを掲げた勢力であった。手取りを増やすを旗印とした国民民主党は、衆院選で議席を4倍に伸ばし、参院選でも改選4議席から17議席へと躍進、比例票では自民党に次ぐ第2党にまで駆け上がった。
日本人ファーストを掲げた参政党は、参院選で14議席を得て大躍進を遂げ、単独で法案を提出できる勢力となり、日本保守党やチームみらいといった新興勢力も、新たに議席を獲得し国政に足場を築いた。
この2回の選挙が映し出したものは、有権者の既存与党への不満が、相手を批判し追及するような旧来型の政治には、もはや向かわなくなっているという事実である。
人々が票を投じた先は、汚い言葉で対決を誇示する政党ではなく、具体的な政策を語り、あるいは対話と建設を掲げる政党であった。批判や追及一辺倒の手法が、国民の支持を得にくくなっているということが、昨今の政治環境となっている。
そのため、すでに存在そのものが怪しくなっている中傷動画問題にサナエトークン問題までからめて、答弁が誠実ではないと高圧的に追及のボルテージを上げても、理解は広がりにくいだろうと思う。
さらに、中傷動画問題を追及する側の態度が、高市首相を口汚く誹謗・中傷しているようにも見えるため、結果として高市首相の支持が、より強固なものになっていく可能性すらある。
支持率低下の意味を読み解く
もっとも、世論への影響は直視する必要もある。この原稿の執筆時の各社調査では、内閣支持率は緩やかながらも下落している。一部では、政権発足以来の最低水準を記録しているものもあるため、中傷動画問題が一定の影響を及ぼしたことは否定できない。
だが、ここでこの数字の本当の意味を考える必要もある。第1に、これはピーク時の高い支持率からの調整であり、崩落と呼べるほどの下落ではない。
第2に、最低と言われる支持率が、なお50%台に位置しており、歴代の政権が喉から手が出るほど欲した高水準に未だにあるという事実だ。多くの政権にとって、支持率50%台半ばは、最低ではなく目標である。
第3に、不支持は20%台にとどまり、底は固いということである。支持を失った層が、そのまま不支持へと雪崩を打っているわけではないという意味は、よく考える必要がある。
第4に、今回の首相の説明に「納得できない」と答える層が4割前後いるが、「どちらとも言えない・分からない」もまた4割台を占めているということだ。批判の多くは、政権打倒ではなく、手続きや答弁への不満を示しているだけで、大半は判断を保留している。
この構造を、過去の選挙結果や政党支持率と重ねて読み解けば、一つの推測が浮かぶ。政権を批判的に見る層の最大値は、理論上はおおむね3割程度と見積もられる。
さらに、その3割のなかでも、罵詈雑言を辞さずとも政権を倒したいという強硬な姿に共鳴する層は、せいぜい1割程度にすぎないということである。実際、野党第一勢力への「期待しない」という回答は7割に達し、自民党は依然として比較第一党の座を保っている。
声の大きさと数の多さが必ずしも一致しないことは、歴史が証明している。高市政権への世論の底には、いまも厚い支持の地盤が横たわっているのがわかる数字となっている。
未証明の疑惑追及がもたらす影響
さらに看過できないのは、この問題が国政や外交に及ぼす損失である。国会の貴重な審議時間が中傷動画一色に染まることで、本来論じられるべき喫緊の課題が後景に追いやられている。
また、G7後に積み残された外交日程、ホルムズ海峡をめぐる中東情勢と邦人・船舶の安全確保、緊張をはらむ日中関係などは、いずれも一刻を争う国家的課題であるが、この外交にも支障が出ている。
野党が未証明の疑惑追及に国会での時間を費やすほどに、日本の外交対応にはしわ寄せが及ぶ。これは政権のダメージにとどまらず、国益そのものの損失である。内政の停滞が外交の停滞を招くという連鎖を、追及する側はどこまで自覚しているだろうか。
皮肉なことに、今回の的外れな追及は、有権者には「政争のための政争」と映り始めており、追及する側へブーメランとなって跳ね返っていきそうな流れとなっている。
政権を盤石にするものは何か?
こうして見ると、中傷動画問題の帰趨もまた、高市首相の過去の幾多の逆境と同じ軌跡を描く公算が大きい。証明なき追及が続けば、的外れな追及が国民の目に明らかとなり、批判の矛先はむしろ追及する野党の方へ向かう可能性が高い。
今まで高市政権への判断を保留してきた層の人たちの多くが、今回の追及の不毛さを見極めた時は、いったん沈んだ支持率が底を打ち、再び上昇していく可能性もある。
高市首相は、これまでも相手を批判することではなく、自らの政策を前へ進めることを矜持としてきた。落選を初当選に、敗北を雪辱に、連立離脱を新たな枠組みにと、逆境を力へと反転させ続けてきたその政治家が、この試練だけ例外となる理由は見当たらない。
叩かれるほどに強くなる。その仮説が再び証明されるとき、高市政権はより強固な政権になっているはずである。批判は、この首相にとって毒ではない。なぜなら、それははるか以前から、彼女にとっては前へ進むための燃料であり続けてきたからである。
政治のフェイズがすでに変わっていることに、古い考えに凝り固まった人や、オールドメディアと呼ばれる勢力は、そろそろ気づいた方が良い。日本が大きく変わろうとしている時に、その流れに気づかず勢いを削ごうとするのがこのような人たちである。
いわれのない批判に憤りを感じながらも、高市首相は決して相手を口汚く罵ることはしない。野党の聞くに耐えない批判の声と比べた時、その差は歴然である。逆境を常に力に変えてきた高市首相にとっては、今回の問題もまた力に変える踏み台となる可能性が高い。
