厚労省の専門部会が、iPS細胞を使った再生医療製品2種について、製造販売の早期承認を了承した。重症心不全向け心筋細胞シート「リハート」と、パーキンソン病治療薬「アムシェプリ」を近く厚労大臣が正式承認し、世界で初めて実用化となる見込みである。
京都大学の山中伸弥教授が、マウスでのiPS細胞作製を世界に先駆けて発表したのは2006年である。あれから20年、地道な基礎研究、幾多の治験、そして資金調達の苦闘を乗り越え、ようやく「患者の元に届く医療」として結実した。
リハートは、iPS細胞から作製した心筋細胞をシート状に加工し、患者の心臓に直接貼り付ける画期的な治療法である。心筋に新たな血管が生まれ、血流が改善することで心機能の回復が期待される。阪大の治験では、参加した8人全員で重症度の改善が確認された。
一方、アムシェプリは、iPS細胞から作製したドーパミン神経前駆細胞を患者の脳内に移植するものだ。パーキンソン病の根本的な原因である神経細胞の喪失そのものに働きかけるアプローチであり、京都大学との共同治験では、投与者に症状の改善が見られた。
重症心不全もパーキンソン病も、これまで根治が難しく、患者・家族が長年苦しんできた疾患である。その治療の地平が、日本発の技術によって大きく塗り替えられようとしている。しかしながら、この慶事に浮かれてばかりもいられない。
治験件数ではすでに米国が日本を上回り、多額の資金を動員できる欧米のバイオベンチャーも激しく追い上げている。今回の承認は「世界初」という栄冠を日本が勝ち取った瞬間ではあるが、それは同時にこれから本格化する国際競争のスタートラインでもある。
iPS細胞は「日本発の知的財産」である。山中教授のノーベル賞受賞で技術の正当性は認められたが、技術の権益を守り、産業として育てるのは別の話だ。知的財産の流出、研究者の海外流出、製造拠点の海外移転などに対し、国家として戦略的に守り抜く覚悟が求められる。
今回の7年間の条件・期限付き承認という枠組みも、引き続き安全性・有効性データの蓄積が求められるという意味では通過点に過ぎない。価格設定や保険適用など、患者が実際に恩恵を受けられる体制を整えていくことが急務である。
費用が高額になれば、一部の人しかアクセスできない技術になりかねず、それを防ぐためにも継続的な公的投資は必要だ。iPS細胞研究は短期的な利益を生みにくい基礎研究の積み重ねの上に成り立っているため、長期的な視点での安定した研究支援が不可欠である。
さらに、知財戦略の強化も重要である。コア技術の特許を国際的に管理し、技術の安易な流出を防ぐ制度的な枠組みを整える必要がある。また、患者アクセスの公平性も保つ必要がある。国内の患者が、合理的なコストで恩恵を受けられる仕組みが求められる。
山中教授は、今回の承認了承を「大きな一歩」と評したという。その言葉には、20年間の重みが凝縮されている。この一歩を、日本の国家的な強みとして、確固たるものにしていくべきだ。その実現のためにも、科学者や企業、行政、社会全体の覚悟を問われている。
日本発のiPS細胞技術が、日本の患者を救い世界の医療を変える未来を、日本の手でしっかり守り抜くにあたって、警戒すべき存在が中国である。中国は国を挙げて再生医療産業の振興に注力しており、関連特許出願数だけでなく、技術の収奪も躊躇なく行なう。
新幹線の技術流出では、日本は手痛い教訓がある。JR東日本や川崎重工業が中国に新幹線技術を移転したところ、中国は技術を吸収した後に外資を締め出し、今や自前の技術と誇り、日本と海外市場で激しい競争を繰り広げている。 この轍を踏むのは避けるべきである。
今年末にiPS細胞技術の基本特許は満了するが、それまでにどのように産業的な優位を確保するかが重要だ。世界初の承認に浮かれず、知財戦略や資金調達環境の整備、規制や制度の設計、技術流出防止の枠組みなどを、早急に国全体で作り上げていくべきである。
