(神奈川県横須賀市長沢)

 

 

ふしぎ也生た家でけふの月     小林一茶

 

(ふしぎなり うまれたいえで きょうのつき)

 

 

自分の中で、いつも「根無し草」という思いがある。

これは誰もがそういう思いをもっているものなのか、そうではないのか。

一度、いろいろな人に、そのことを真剣に聞いてみたい、と思うのだが、いつも忘れてしまう(笑)。

 

東海道や中山道、おくのほそ道の歩き旅をして、その思いはとても強くなった。

旧街道筋には歴史を感じさせる立派な家屋が並ぶ。

 

あ~、この人たちは何百年もの間、この家を必死に、そして立派に守ってきたのだな。

 

と思う。

それに較べて自分はどうなんだろう、と思い、恥ずかしい思いに駆られる。

 

一茶には間違いなくそういう思いがあっただろう。

三歳で実母を亡くし、自作農の長男でありながら15歳で故郷を追われて、江戸へ奉公に出され、貧乏暮らしを続けてきた。

私などとはくらべものにならないほどの「流浪感」(?)が胸中にあっただろう。

ただ、私はなんだかんだ言って、自分の意志でそのような人生を歩いているのだから自業自得だ。

一茶はやむにやまれぬ境遇があった。

 

この句には「前書き」があり、

 

漂泊四十年

 

とある。

一茶55歳の時の作。

「けふの月」(今日の月)とは「名月」のこと。

なるほど15歳で故郷を追われ、それから40年、一茶は漂泊し続けて来たのである。

 

一茶は51歳になって、継母や弟との遺産相続がようやく決着し、ようやく故郷・信州柏原に帰った。

田畑を折半し、生家の母屋も折半して住んだ。

 

一茶に聞いてみたいのは、それ以降、一茶の心に「根無し草」の思いは消えたのだろうか? ということだ。

勝手に推測してみる。

間違いなく、それは薄れただろう。

しかし、その思いは生涯消えなかったのではないか。

 

この句は、

 

不思議だな~、生まれた家で今宵の名月を眺めているなんて…。

 

という意味だが、安住の地を得たからと言って、それまでの寂しさ、哀しさ、折々で感じた情けなさは生涯消えるものではない。

この感懐は100パーセントではないにしても、すでに「根無し草」となってしまった一茶の、率直な思いがあるように思える。

 

 

【俳句アトラスHP】  UP!  http://haikuatlas.com/   ←クリック!

【刊行句集のご紹介】
 渡辺政子句集『修二会』出来ました! NEW! 
【NEWS】  
 辻村麻乃句集『るん』を読む会  
NEW!

  俳人・髙柳克弘の世界展    

 加藤房子句集『須臾の夢』第21回横浜俳話会大賞受賞!  

 「鴻」第13回全国俳句大会   NEW!
【俳句講座LIVE】        
 第9回 「俳句の“切れ”について 俳句には2つの切れがある」 
  第10回「不易流行について 芭蕉が晩年提唱した理念」 
  第11回「近現代俳句史① 正岡子規の俳句革新運動」