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半泥子が好きな訳

 

書の線は面白いもので頭の中でよい線を書こうとすると成功しない

つまり筆と紙と墨と心の状態にすべてお任せするしかないのである

仙厓和尚の書は高校生ぐらいから数多く出光や多くの画廊で見たが

心に残るものは軽井沢にあった出光美術館のもので自然の中呈茶された

緑の色と方寸のお菓子と軽井沢の空気と鳥の声と仙厓の墨の色が融合された瞬間であった

つまり仙厓にしろ蕪村にしろ大雅堂にしろガラスごしに鑑賞するものではないのである

茶室は本来廃材を用いて作った粗末なものであるし お袈裟にしてもこれは同じである

芸術は本来質素で軽妙で洒脱に富んでいるものが面白い

官窯ものは別だが生活に溶けこんだものが良いのである

これは決して民芸を礼賛するものではない

人生楽しんでなんぼである

笑ってなんぼである

それこそ半泥子の書などは楽しみのオンパレードでいつ見ても楽しく

さらに品格が備わっているところが他の作り手にはないすばらしさだと思う

 

 

 

 

 

 

 

般若心経

般若心経

 

11月になった

10月ぐらい波動の強い日はなかった

御縁とは光り輝くものである

般若心経は色々な形で表現したが写真は箔を張り付け色を施してから書いたものである

一字真言 心を尽くして書くことが肝心である

罫線を引いたものに書く方も多いが線がなくても良いのである

筆も堅いものから柔らかいものまでそれぞれが楽しいものである

恩師の西山松之助博士は自作の名茶杓百万遍を創作した際に般若心経を唱え続けた

妙観察知 堂々たる茶杓が出来上がった

私が掌にとると師の気骨さが私の体内までも響いてくるような茶杓であった

般若心経の凄さとは言い知れぬ世界観 大いなる宇宙観にあるのである

浅学の私にとり般若心経に向き合うことは己と対峙できる貴重な瞬間なのである

 

 

 

 

 

 

祈りの造形

 いのり

マザーテレサの写真展を見たことがある

マザーは写真嫌いで有名だがどの写真も光がさしているようで

聖人とはこのように神々しいものだと思った

ハンセン氏病の詩人桜井哲夫さんの姿も美しかった

村上光照老師の歩く姿は慈悲にあふれ偉大なる覚者とはどこかみな共通するのである

笠智衆も埴輪のような品格のある演技で後ろ姿がとくによいのである

九月に入り自分の無学な歩みにただ反省する今日だが

せめて祈りの毎日を過ごすことだけは忘れずにいたいのである

 

 

 

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