July 04, 2005

憧れの香り

テーマ:SHORT STORY

 いつも皆の輪に加われずに、背中を丸めて吹奏楽部の部室の壁に寄りかかっていたわたしに、杉沢先輩は言った。

「えみちゃんは、もっと背筋を伸ばせばいいのに。背が高いの、カッコいいのに勿体無いよ」

杉沢先輩は優しい笑顔で微笑んだ。柔らかな前髪が緩やかに後ろに流れていて、淡いピンクのサマーセーターから優しい香りがした。

そのアーモンド色の瞳に見つめられると、同性ながらも、頬が紅潮するようだった。

 わたしは先輩に憧れて、黒かった髪を栗色に染め、針金のような直毛も柔らかなウェーブにして、それまで黒や灰色のシャツやパンツばかり着ていたのに、ピンク色の麻のセーターを買った。先輩が時々着ているノースリーブは自信がなかったから、半袖のセーター。

スカートも履いた。先輩ほど丈は短くはないけれど、足は元々太いほうじゃないから、なかなかさまになるって、今まで話したこともないようなタイプの茶髪の明るい店員さんも言ってくれた。

 それから、学園生活は、わたしにとっては変わった。周りの扱いはいつもの地味な子だけど、わたしの世界は違った。

杉沢先輩も

「すっごい、モデルみたいだよ!」

背が高いことが恥ずかしかったわたしも、敢えてヒールを履いて、しゃんと背筋を伸ばして歩けば、何だか自信が出て来るようだった。

 そんなある日、吹奏楽部のサックスの練習中に、ちょっとしくじった。

「お前は、ミスまで、杉沢と同じところだな」

すると一人の女子学生がクスッと笑い、部室は大爆笑に包まれた。

 ずっと、皆は、わたしが先輩の真似をしていることに気づいていたのだ。わたしは、皆に顔を見られるのも見るのも恥ずかしかったが、一番耐えがたかったのは、杉沢先輩の表情を見ることだった。まさか笑ってはいないだろうけれど。でも、とても直視できなかった。

 わたしは実家の部屋に帰り、退部届を書いた。

杉沢先輩の真似を皆に笑われるほど、露骨にしてしまったわたし。

ただ、先輩に近づきたくて、影響を受けていただけなのに、わたしがしていたのは、とても比較にならない手の届かない美女に対する、地味女のみっともない猿真似に過ぎなかった。

髪の色も、シャツの色もスカートも。

そもそも、高校までトランペットだったのに、大学の吹奏楽部でサックスを選んだのも、先輩の影響だった。

そんなわたしでも唯一、出来なかったことがある。

先輩の香水。これだけは付けられなかった。

杉沢先輩が廊下を通る時の、あの柔らかな野苺のような果実とマグノリアやジャスミンの香り。

いくら、服や髪形は真似できても、わたしにはあの気高さが似合うはずがないのは解りきっていたから。

買ったまま、子供の頃から使っていた学習机の奥に、金色のキャップの輝く淡いピンク色のガラスのボトルを閉まっておいた。

 それから、わたしは黒い服、黒い髪に戻したまま、大学を卒業して、サックスには触れなくなった。先輩にも結局、顔が合えばこちらから避けるようになっていた。
サックスは実家の部屋の隅に置き去りのままだった。

わたしが卒業して三年後、先輩の訃報を聞くまで。

皆から愛されていた先輩の不慮の死は、就職して、大学との誰とも交流が殆どなくなっていた一人暮らしのわたしの耳にもすぐ入ってきた。

わたしは葬儀帰りに実家に帰ると、誰もいない部屋で夜、サックスを吹いた。あの吹奏楽部でよく吹いた曲を。高揚するようなメロディーは、あのキャンパスの広い芝生の匂いが瞼の裏に浮かぶようだった。
すると、わたしの古いサックスの奏でるメロディーは、また先輩と同じところで躓いた。わざとじゃないのに。

 その瞬間、涙が零れて止まらなくなった。

握り締めた掌からとめどなく涙が伝い零れた。わたしの手の中には、先輩のお母様が、宛名がわたしになっているからと、わたしに渡してくれたピンク色のボトルがあった。

「えみちゃんにきっと似合うよ」

日付は、わたしが退部届を出した後だった。杉沢先輩は、ずっと、わたしのことを、こんなにも気にかけていてくれたんだ。意気地もなくて、逃げ出すように部活を辞めたわたしを。
先輩と同じ香り。わたしが付けたくても、畏れ多くて付けられなかった、高嶺の白い花の香り。
 実家を出てから触れていなかった、学習机の引き出しの奥を探った。
 同じ香水が出てきた。

もっと、あの時、先輩と話せばよかった。
 変わらなければいけなかったのは、外見じゃなくて、わたしが、内面から胸を張って生きることだったのに。

 先輩がくれた香水と、わたしの学生時代の香水を、それぞれ一吹きしてみた。優しい先輩の香り。そう、この香り。先輩の優しい笑顔、溌剌とした声。誰にでも気を配り話しかけてくれた、白い花のように周りを明るくする先輩。
 気がつけば、あれからわたしはまた背中を丸めて歩いていたことに気づいた。

 それから、靴底の磨り減ったローヒールを捨て、

磨かれてつま先の光るハイヒールを履いたわたしは
自分をもっと好きになれるようにしゃんと胸を張って歩き、ピンクのセーターもスカートも着られるようになった。

 なったけれど、結婚しても新居の白い鏡台に置いてあるあの香水はまだ付けていなかった。
 桜貝のようなピンク色の口紅を塗って、そっと窓からの光を映して煌く香水に手を伸ばした。

 もう、これを付けてもいい女性になれたんでしょうか、先輩。

 その日は先輩の命日だった。沢山の白い花を抱えて、わたしは優しく高貴な香りを纏って部屋を出た。

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April 21, 2005

プリン姫

テーマ:SHORT STORY

プリンの奥底に溜まったカラメルを僕は、スプーンで何度も取ろうとしていた。


プリンの底の、花のような形がレンズになって、こびりついたカラメル越しに、泣いている彼女が見えた。

別れ話はそんな儀式のように静かで、ステンレスのスプーンがプラスチックに当たる音だけがしばらく響いていた。


僕と彼女の出会いはコンビニエンスストアだった。


桜色の柔らかな唇に、長い黒髪を結って、形のいい丸くて白い額を出して、


「いらっしゃいませ」


と、いつも微笑んでくれた。


白い額に映える、いつも少し潤んだ黒い瞳は、僕を捉えて離さなかった。


家事労働で洗剤で荒れたのか、コンビニでの荷物の運び過ぎか、少しごわついた生活感のある華奢な手から、


いつもつり銭を受け取る時、胸が締め付けられた。

何不自由のない私立大学生の僕は、長時間コンビニで夜まで働く彼女にいつの間にか心奪われていた。


僕は毎日、大学の昼休みに、そして終業後に、プリンを買った。百円の安いプリン。

いつも一つだけ。

消費税があるから、彼女は僕の手に必ずお釣りを渡してくれる。

消費税もなかなか役に立つじゃないか、とそういう時だけは思う。

彼女のことを、こっそり僕は「プリン姫」と呼んでいた。

彼女もまた、僕のことを「プリン君」と、心の中で呼んでいたらしい。

僕がプリンを買い続けたある日、電話番号を渡して、彼女と付き合えるようになった。

ちょっと白々しく、携帯のアドレスも「pudding」を付けたのに変えて手渡した。

彼女は僕の察したとおり、とても寂しい女の子だった。

寂しいから、僕の就職活動も忙しくなって、なかなか傍にいてあげられなくなると、誰かに傍にいてほしくて、他の男性と会うようになった。

すぐにそれは発覚した。「pudding」でないメールアドレスが、幾つもあった。


たまたま、否、前から疑っていたから、見てしまった。

彼女は


「ごめんなさい」


と泣いた。

僕がプリンの底を物惜しげに掬っているので

「わたしの分もあげるよ」

と彼女はテーブルの僕のほうに、指先でそっと遠慮がちにプリンを寄せた。

「本当はさ」

プリンから顔を離して、彼女を見た。


俯いてプリンを食べている素振りは、泣き顔を見られたくなかったから。

「本当は、プリンなんて大嫌いなんだよ」

涙を見られて開き直った僕は、吐き捨てるように言うと

彼女は黙ったまま潤んだ瞳で目を丸くして、僕を見つめた。

「君が覚えてくれると思ったから、男なのに毎日プリンを買ってたんだよ、ずっと。

意外性って、インパクトあるだろ」

しばらく黙ってから

「・・・・・・知ってた」

彼女は答えた。

彼女は付き合ってからも、僕の部屋で、よく僕に合わせてプリンを食べていた。

「わたしも」

彼女は、テーブルの上で僕のほうに寄せたプリンを、もう一度手元に戻して、白くてかさついた手でプリンの蓋を開けた。


カスタードをスプーンで小さく掬って、飲み込んで言った。

「プリンは大嫌いなの」

僕は、涙を溜めて鼻を啜りながら、彼女を見た。

「甘いものは子供の頃からみんな嫌い。アイスクリームも、ケーキも、クッキーも、チョコレートも」

「じゃあ、僕に合わせて食べていたの?」

彼女は首を縦に振った。

「僕がプリンが嫌いだと知っていて?」

また縦に振った。

「毎日買いに来るのがショートケーキじゃなくて良かった。まだプリンなら」

「……そのほうが安いからね」

上の空で、どうでもいい返答をしていた。

あんなに美味しそうにプリンを食べていたプリン姫。なのに。


「でもね、わたしが甘いものが苦手な理由と、女の子みんなが甘いものが好きな理由が、
なんとなく分かったの」

彼女は、僕の唇にそっと柔らかな唇を押し当ててきた。

彼女の温かい舌に粘り気のあるカラメルが絡んでいた。

「幸せの味は、甘いのね」

額をくっつけて僕を見つめてから、首を傾けて耳元で囁いた。

「みんなそう喩えるじゃない」

「そうだね」

僕は寄りかかる彼女を抱きしめて、改めてキスをした。

「僕もプリンが最近、好きになったよ」

唇を離して僕は言った。

「君の唇の味がするから」

彼女は微笑んで

「あなたは堅めでちょっとざらざらしたカスタードだね。


わたしはその上から溶けて甘く柔らかくするカラメル」

と、いたずらっ子ように笑った。

僕たちはそれから、クリーム色の月が隠れるまで、


柔らかく蕩けるカスタードとカラメルのように溶け合った。

プリン姫のナイトとして、もう一度だけ彼女を信じてみようと思った。



そう、偶然通りかかったカフェの窓ガラス越しに、


彼女が一人で、特大のプリン・ア・ラ・モードを、

今まで僕に見せたことがないような、


至福の表情で頬張るところを目撃するまで。



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February 26, 2005

枕カバー

テーマ:SHORT STORY

 二人のベッドを邪魔するように、彼の携帯が鳴る。暗闇に緑色のランプが点滅する。
 彼がお気に入りの黄色いシャツを着ながら、妙に明るい声なんて出して、ブラインドのところまで歩いて話しに行っているから、わたしはその間、彼の枕に頭を乗せ、死海に仰向けに浮かぶようしていた。
 彼の枕カバーは汚く黄ばみ黒ずんでいる。元は白地にブルーのチェックか、もう判別できないほど。
これで何人の女性が寝たのだろうと思うと、仰向けで髪を後頭部につけた状態でいるのが精一杯で、とても横向きになって頬など付けられない。
だから、わたしがこの枕を使うときは、いつも背泳ぎのような姿勢だ。

 以前、彼と口論になったことがある。
「枕カバーを取り替えたいんだけど」
とわたしが切り出すと
「嫌だよ」
という台詞を、本当に心から嫌そうに言うのだ。
いっ・やぁ・だぁ・よぉ、と。
「なんで?」
「だって、そんなのよほど親しいヒトにしかさせないだろ」
シャツを羽織った彼は、まだ無防備な姿のわたしに言った。彼と“よほど親しく”はない裸のわたしは返す言葉を失った。
その時、全部見えてしまった気がしたのだ。

 わたしの前ではしたこともない高笑いを部屋に響かせている彼が、電話を切って、このベッドに戻ってきて、
もしも「誰?」ときいても「関係ないだろ」とでも言われるに決まってる。

 水に浮かんだ姿勢のわたしは、漣でなく、何かが擦れる音を耳元で聞いた。
 枕の下だ。
 枕を上げてみるけど、何もない。
 彼はブラインドのほうからさらに遠ざかって、キッチンで携帯を耳に当てたまま、牛乳をパックからマグカップに器用に注ごうとしていた。
 枕の下には、枕ほど汚くはないけれど、薄汚れたシーツがあるだけだった。
 わたしは枕の底を触った。
 メモだ。
 彼がキッチンの奥で笑っているのを、そっと見た。わたしのことなんてまるっきり眼中にも入っていない。
 枕ケースの中に手を入れた。しわくちゃの白い紙切れが出てきた。

“さようなら”

 それだけ、書いてあった。たよりなげな女性の筆跡だ。
 このたくさんの女性が寝る枕で、彼が自分を価値のない女として扱うから、しだいに自分が本当に価値のない女のように思えてきて、価値のない女のように振舞ううちに、より彼に価値のない女として扱われるのに無感覚になっていた、この枕カバーのボロ布のように。
 いつの間にか、彼の自己中心的な無意識の策略のスパイラルに嵌ってしまったのだ。
 そして、価値のない女と思い込まされているからこそ、余計にこんな彼から離れられなかった。
 わたしは、自分の手帳をバッグから取り出し、ボールペンで書いて破り、その紙切れと重ねて、枕カバーに手を挿し込み、枕の底に戻した。
 彼の枕には、自分の価値が判らなくなった女性の涙と、“さようなら”が、いっぱい沁み込んでいる。
 いつか本当に、彼の言う「よほど親しい女性」が現れたその時に、この枕カバーはその女性によって取り替えられ、彼は今までの女性の思いを知ることが出来るのだろうか。
 それからわたしがスーツを着て、今まで決して見せたことはないはずの毅然とした表情で、彼の部屋の扉を閉めるのを、
黄色いシャツの彼は、子供のようにミルクを飲みながら、高笑いをしてちらっと横目で見遣っただけだった。





☆これはけんいちろうさん からリクエストいただいた「枕カバー」というお題で書きました。
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February 24, 2005

シーグラス

テーマ:SHORT STORY

 去年の夏、浜辺に打ち寄せられたガラスを拾った。
「それはシーグラスと言うんだ」
と、しゃがんだわたしの後ろから、彼は教えてくれた。
 海に放られたガラスの破片の鋭利な角が取れて、長い年月をかけて海の中で丸くなって、また波に流されて浜辺に帰って来たのがシーグラスなんだって、
そう教えてくれた。
 海の青を吸い込んだような、ちょっとミルキーな柔らかなアクアマリンの色。わたしの生まれた三月の誕生石の色。
 それを持ち帰って、透明な瓶に入れ、コルクの蓋を閉め、窓辺に飾った。
わたしの小さな部屋の窓辺に飾ったシーグラスは、冬の光を浴びて、あの夏の海の輝きを部屋の片隅に再現してくれた。
 静かな部屋でじっと見つめていると、波の音を囁いてくれそうな、そんな輝き。

 ある日、彼はとても身勝手にわたしを振り回して、挙句、わたしを裏切った。
 あんなに簡単に人なんて信じるんじゃなかった。
 彼をたくさん憎んだ。一人で夕飯を食べていても、彼の言葉を不意に思い出すと、箸を持つ手さえ止めて、憎悪で胃袋の底に火がついたように熱くなった。
 街中を歩いていても、彼の態度を不意に思い出すと、周りの雑音も聞こえず、人の波も見えず、頭は憎悪に占領され、何処を歩いているかも分からず足だけがずんずん進むようだった。
 憎くて憎くて、堪らなかった。
 
 そんな風にして、冬が終わっていった。季節は、またわたしの生まれた、すべてのはじまりの季節に戻っていた。
 寒くなったり暖かくなったり弱々しく不安定で、それでもあらゆるものを生み出す力を秘めた季節。
 わたしの小さな部屋の窓辺には、まだシーグラスがおとなしく佇んでいた。
プレゼントはくれるような人ではなかったけれど、彼と撮った写真も映画のチケットも、思い出の品は全部捨てたはずなのに、これだけは捨てられなかった。

 わたしが出逢って拾ったんだから、いいよね。

 少しずつ春めいた光が、シーグラスに映る。
 海に投げ捨てられた瓶が砕けて鋭利なガラス片になり、それからまた歳月をかけて、こんな不思議な淡い色をした優しいシーグラスになるように、
わたしもいつかなれるのだろうか。
 わたしはシーグラスに問いかけた。
 
 君はいつまで海にいたら、そんな色になれたの?そんな形になれたの?

 わたしの心の海の中に砕けた不信のガラスの破片で、心はもう傷だらけだった。
 シーグラスは何も答えず、海の色を柔らかくわたしに浮かべて見せた。
 海の色を詰めた小瓶に光は反射して、シーグラスは一瞬だけきらりと輝いた。プリズムのように。

 もうすぐ春が来る。






☆シーグラスのことは、ほんとはね、
このブログの副題を見て
大好きなミカコさん が教えてくれたんだよ。
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February 19, 2005

しっぽ

テーマ:SHORT STORY

夜はキャラメルマキアートみたいに、白く柔らかな月を浮かべていた。
冷たく甘い夜だった。
「これなに」
と、彼は、寝そべるわたしの少し痩せた肉を押して尾てい骨を触った。
最近のわたしは、食欲もほとんどなくて、もう五キロ以上も痩せていることは話してあるのに。
彼と知り合う前は、もう少しふくよかで、もうちょっとだけ魅力的なヒップをしていたはずなのに。
触れないでほしい。
わたしは気恥ずかしくなった。
「しっぽだよ」
そう言っても、彼はちっとも笑ってはくれなかった。
痩せた躯が恥ずかしくて、柔らかい布団の中に潜り込んだ。
「しっぽの名残でしょ」
しっぽ。
わたしがあなたに出さないでいるしっぽ。
「しっぽはないの?」
彼に訊いた。
「誰にでもあるかもね」
彼は答えた。
彼は、本当の尾てい骨の部分の話をしているんだと思う。会話のキャッチボールはいつもそんな風に終わる。

 たとえ話なんて出来ないほど、彼は現実で生きていて、わたしの地に足の付かない空想を面白がったのは最初だけだった。
 お堅い仕事の彼とは違う世界に住むわたしは、捕まえた珍しい羽をした昆虫みたいなものだった。最初は面白がっても、すぐに虫籠の中で忘れ去られて干からびてしまう。

 お互いしっぽを出さないまま、彼はわたしに別れを告げた。

 しっぽが見えないから、彼は強気で前向きな好青年のままだった。
 そのいつも胸を張る自信家の裏の姿までは見えなかった。上を向く向日葵だって、うな垂れて枯れる時があるだろうに。
 それに、わたしのしっぽは見せていないはずなのに。どうして。
 大きな鋏で断ち切ろうとしても断ち切れないで付いてくる大きな影なんて、這い出すことも出来ない底のない泥沼なんて、決して覗かせたりはしなかったのに。

 どうやら、あの時、気づかれたのかな。

 点けっ放しのテレビの笑い声だけが響く部屋で、ポテトチップスを齧りながら、左手を後ろにやって、ロングスカートの上から、そっと自分の尾てい骨に触れてみた。
 ちょっとだけ太ったみたい。
 うん、まだ隠せる。

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