At the Holly Night~クリスマスの夜に~3
12月24日──
今日はクリスマスイブ。病院の待合室には色々とりどりの装飾が施されたクリスマスツリーが設置されていた。
午前中に行われた担当医による最終チェックもOKが出た。
出発前に母親は担当医と何やら話し込んでおり、出発予定時刻からおよそ一時間遅れで『あずさ』を乗せた車は発進した。僕は『あずさ』にだっこされるような形になっている。これなら来た時みたいに酔うこともなさそうだ。 フロントガラス越しに見る街はクリスマス一色に染まっていた。あちこちでサンタさんの格好をした人たちが道行く人にビラを配っている。
車は途中でお菓子屋さんの前で止まった。母親がケーキを買いに行ったのだ。その間僕と『あずさ』はおとなしく待っている。
クリスマスで混んでいるのか時間がかかったものの、大きな箱を持って店から出てきた。そのケーキを見て『あずさ』は嬉しそうな顔をしていた。
病院を出発したのが正午近くで、家に着いたのは午後四時を少し回ったとこだった。
家の見た目は普通の一戸建てより一回り大きい感じ。家の中はがらんとしていて唯一温もりを感じられるといえば、一際存在感を放つクリスマスツリーに施された電飾が醸し出す灯りくらいだろうか。
前に『あずさ』から“父親”が居ないということを聞いたことがある。『あずさ』が三歳の時に交通事故で亡くなったらしい。よって、この広い家には母親が一人で住んでいるのだ。温もりなんて感じられるはずがない。
帰って早々母親は夕食の準備を始めた。
料理が運ばれてくると、空腹に耐えかねたのか『あずさ』はすかさず手を伸ばして、
「いただきます。」
と言って食べ始めた。
「いただきます。」
料理を運び終えた母親もすぐに『あずさ』に続いて料理に手を付ける。
暫くの間はナイフやフォークの音だけが響いていた。
しかし、突如母親が口を開いた。
「『けいいち』君のこと好きなの?」
「………………。」
母親の突然の質問に『あずさ』は手を動かすのを止め、暫くの間母親の顔を見つめていた。その表情は何と言えばいいか分からない、といった感じだ。
「好きなんでしょ?」
攻撃の手を休めようとしない。
「………………。」
「どうなの?」
『あずさ』は諦めたのか口を開いた。
「うん……。好きだよ。」
「やっぱりね。もう告白した?」
「まだ………。」
「ママが見たところによれば『けいいち』君は『あずさ』に気があるわね。」
「本当?」
『あずさ』の顔が明るくなる。
「ママを信じなさいって。こう見えても若い頃はモテモテだったんだから。」
「ふ~ん。」
『あずさ』は疑いの目を向けている。
「あ、ママのこと疑ってるわね。でも、『けいいち』君みたいな子が『あずさ』と結婚して息子になってくれたらママは超嬉しいな。」
「ママに『けいいち』君は渡さないもん。」
「ママが『けいいち』君を奪っちゃうもん。」
「ママには絶対に渡さないもん!」
……二人の会話に僕はついていけません。
腹が膨れてきたのか『あずさ』の手の動きが億劫になってきて、
「ごちそうさま。もうお腹一杯。」
と言って手の動きを止めた。その口調はさも満腹といった感じだ。
「まだごちそうさまじゃないでしょ?」
「えっ?」
「まだクリスマスケーキが残ってるわよ?」
「あっ、そうか。」
母親は冷蔵庫に入っているケーキを取り出して持ってくる。
『あずさ』は先程まで
「お腹一杯」
と言っていたのにケーキを別腹という名の亜空間へとさっさと納めていた。
夕食が終わったのは七時頃だろうか。夕食が終わった後は母親と雑談したり、テレビを見たりと普通の子と同じように過ごした。
ただ、違う点が一つある。それは就寝時間が早いことだ。
『あずさ』と同年代の子は十時過ぎまで起きていたりするが、『あずさ』は九時に寝るようにと医者から言われている。
何故かというと、『あずさ』は免疫力や体力が低下しているため、十分な睡眠時間を確保しなければならないからだ。また、起床時間も七時と決められていた。これは生活リズムを一定に保つためだ。
九時十分前になると『あずさ』は僕を抱えて二階の自室に上っていった。
『あずさ』の部屋に入ると、そこは確かに女の子の部屋だった。
壁やカーテンなんかはピンクを基調としていて、ベットのシーツや掛け布団なんかもピンク色に染まっている。
僕をベットの上に座らせた『あずさ』は、取り敢えずパジャマに着替え始める。
パジャマに着替え終わったところでドアをノックして母親が入ってきた。
「一人で寝れる?」
「うん。大丈夫。」
「本当に?」
「うん。いつまでも子供じゃないんだからね。」
「そうね。……おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
名残惜しそうに『あずさ』を見つめ、ゆっくりと部屋を出ていった。
「クマさん、ありがとう……。」
消え入りそうな小さな声だけど、確かにそう聴こえたのだ。『あずさ』は深い深い眠りに就き、それ以降喋ることはなかった。
12月25日──
僕が目を覚ますと、泣きじゃくる声が聴こえてくる。声がする方を見れば『あずさ』に抱きついて泣いている母親の姿があった。
僕はこの時すぐに何が起きたのかわかった。そう、『あずさ』は帰らぬ人となったのだと……。 青白い肌からは人の温もりを感じられず、唇はピンク色から青紫色へと変わっていた。
結局あの言葉が『あずさ』の最期の言葉になってしまったのだ。
母親が呼んだのであろう救急車が、閑静な住宅街の静寂を突き破って家の下で停車した。階段を駆け上る慌ただしい足音とともに救急隊員が部屋に入ってくる。救急隊員が脈に手を当てがい、『あずさ』の死亡が確認された。それを聞いた母親は足元から床に崩れ落ちてしまった。母親は僅かな可能性を信じていたのだ。
四十九日も無事終わり、今日で一周忌を迎える。街は恒例のクリスマスで盛り上がっていた。
相変わらず遺影の中の『あずさ』は眩しいほどの笑みを湛えている。そこだけ時間が止まっているかのようだ。これからも変わることのない『あずさ』の笑顔。僕は遺影の隣に座り、ずっと『あずさ』の笑顔を見てきた。それは、これからも変わることはないだろう。
あの後行われた葬儀は親戚と『けいいち』の家族だけで自宅で厳かに行われた。
母親は泣くこともなく、立派に喪主としての役割を果たした。しかし、葬儀が終わり『あずさ』の棺の前で一人になったとき、堪えていた感情が大きな雫と化して、一滴、二滴と溢れた刹那、滝のように降ってきた。棺にしがみつき、まるで子供のように泣いていた……。
僕も『あずさ』を想って泣いた。もちろん、ぬいぐるみの僕は泣けないけど……。それでも心の中で精一杯泣いた。『あずさ』との記憶を噛み締めながら泣いた。確かに泣いたのだ。『あずさ』を想って……。
死に化粧が施された『あずさ』の顔とても美しく、キスをすれば目覚めるのではないかと思えた。このまま朝になったらひょっこりと起き出すのではと、淡い期待を抱いた……。
荒れることはなく、静かに深く『あずさ』は眠るように逝ったのだ。それがせめての救いだ。
翌日火葬場で火葬された『あずさ』の遺骨は小さな骨壺に納められ、父が眠る墓に埋葬された。
僕は今日も遺影の隣で『あずさ』を想っている。
僕の想いは『あずさ』に届いているだろうか。
あずさ、これからもずっと一緒だよ──
~End~