Baby's In Black | Get Up And Go !

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もう2か月前の5月12日のことですが、ドイツ人写真家のアストリッド・キルヒャーさんが、故郷であるハンブルクで亡くなりました。 81歳でした。

ハンブルク。 ビートルズゆかりの町です。 レコードデビュー前、60年代初頭の下積み時代に、ビートルズはドイツのこの町で演奏活動をし、過酷な環境の中でバンドの結束を固め、腕を磨いたことで知られています。ビートルズのメンバーたちは、この町でアストリッドと知り合い親しくなり、彼女から多くの影響を受けたことで知られています。

アストリッドは音楽家ではなく写真家なので、影響というのはアーティストとしてのセンスの部分ですね。 ビートルズのトレードマークとなる髪形やファッションは、彼女からの影響によって誕生したと言われています。 具体的には、油で固めたリーゼントヘアーをカットし前髪を下ろし、男っぽい革ジャンのスタイルから襟なしのスーツへと変わっていった、アーティステックで洗練されたスタイルの礎を作ったのがアストリッドです。




アストリッドが撮影した中でも最も有名な写真のひとつ。 ピート、ジョージ、ジョン、ポール、スチュ。


ビートルズとアストリッドの出会いは、当時の彼女の恋人であったクラウス・フォアマンがビートルズのライヴを観て大きな衝撃を受け、その魅力を伝えるべく彼女をライヴに誘ったことから始まります。

60年10月のことです。 アストリッドもビートルズのメンバー5人とその演奏に魅了されてしまうわけですが、とりわけベースのスチュワート・サトクリフに、神の啓示を受けたかのように魅了されてしまいます。 俗っぽい言い方をすれば、ひと目惚れでしょうか。 アストリッドとスチュワートは恋に落ち、そのことによってファミリーとして、ビートルズと彼女との関係はより親密になっていったということです。 アストリッドはビートルズにとって初の “公認フォトグラファー” になったのです。

ポール・マッカートニー以前のベーシスト、スチュワート・サトクリフは、メンバーの中でもインテリジェンスに溢れ、音楽よりも絵画に才能を示していた、芸術家タイプの人間であったそうです。ジョンも一目置いていたほどです。 そんなわけで、同種の人間としてアストリッドはすぐに何かを感じ取ったのでしょうね。




スチュを背景に、同じ構図によって撮影されたジョンとポール。


『バック・ビート』(1994 / イギリス) という、ジョン・レノンとスチュワート・サトクリフ、アストリッド・キルヒャーの3人の関係を軸にして、ビートルズの初期の活動を描いた映画があるのですが、この映画を観るとジョンの中ではポールの影はまだ薄く、スチュワートとはアーティストとして深い絆で結ばれていたことがわかります。 ゆえに親友の恋人であったアストリッドとの関係も、より親しいものへと変わっていったわけです。とても面白い映画なので、興味のある方にはお薦めの映画です。





61年、スチュワート・サトクリフはアストリッドと結婚をし、画家を目指すためにビートルズを脱退。ふたりのドイツでの新しい人生のスタートをメンバーは祝福しましたが、62年4月に急逝します。

深い悲しみに沈むアストリッドをビートルズのメンバーは激励し、やがて彼女は写真家として再起をするわけですが、とりわけジョンの叱咤激励が大きな力となったようです。 一度信じた仲間に対しては、エネルギーを注ぐことを惜しまなかったというのがジョン・レノンという人間ですからね。なんとなく想像できます。 ビートルズが世界的な成功を収めてからも、ビートルズとアストリッドは良好な関係を続けていくことになります。






スチュワートの死から1ヶ月ほど経った頃、アストリッドはジョンに乞われて、屋根裏部屋のスチュワートのアトリエでジョンとジョージを撮影します。 ジョンとジョージ、そして撮影者のアストリッドの悲しみも伝わってくるような写真です。

ハーフシャドウという手法で撮られたその写真は、後にアルバム『WITH THE BEATLES』のジャケ写でその手法が取り入れられています。 アストリッドはビートルズに多くの “洗練” を与えたんですね。 それは、“ビートルズという奇跡” を生み出した、大きな要素のひとつであると思います。 ビートルズのメンバーが彼女に抱いていたのは、親愛と同じ量の尊敬であったと思います。




Astrid, Stu, and the Beatles



常に黒いセーター、黒のスリムパンツを身に着け、モノクロの写真を好んでいたアストリッドのような芸術家や美大生を、当時イグジスと読んでいたそうです。

アルバム 『FOR SALE』に収録された「Baby's In Black」は、そんな彼女を歌った曲だと言われています。おそらくそうなのでしょう。

『FOR SALE』 のジャケ写で4人が纏う黒いマフラーは、アストリッドがスチュワートのために編んだものであり、その形見と共に4人は真っ直ぐとこちらを見据えています。