10月 活動報告 | SEAWEST

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同人ゲーム制作サークル「SEAWEST」(しーうぇすと)のブログです。


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こんにちは! 缶三郎です!

めっきり寒くなってきましたね。秋ですね。いいですね。
僕は秋が好きです。

冷たく澄んだ空気も良いし、音もなく高いところを流れていく雲も大好きです。

とりわけ社会人になってから秋が好きになったように思います。

いつも秋には気ままな一人旅をするので、
知らない土地をのんびり歩くときの解放感とひんやりとした空気が結びついたのかもしれません。


さて、10月の進捗です。

シナリオですが、一から全て書き直してもうすぐ半分です(まだ半分です)。

前々回のブログでどうせ書き直そうが、しまいが五十歩百歩だろうと言いました。

言いましたけれど、あれは自戒の念を込めた自虐ネタであって、
本心でそう思ってるのなら、わざわざ膨大な時間を削って書き直すわけないですよね。

ネタですよ。

だいたいにして、「手すさびです」とか「下手の横好きなんで」とか、
へりくだってるヤツほど実は高慢ちきと相場が決まっているわけでして。

もう断然、比較にならないほどに面白くする自信(根拠はない)があったから書き直してるわけです。

そんな感じで途中までできたものを、つんに見てもらいました。

するとどうでしょう。

良いと思うとの反応でした!

ショックでした。
それは密かに僕が期待していたような反応ではなかったんです。

あまりの面白さに逆立ちして町内一周するくらいのリアクションをしてくれるに違いないと思っていたんです。
それくらいの面白さを感じてくれるはずだと信じて疑ってなかったんです。

そうでもなかったようです。
なんなら前の方が面白いかもしれないというニュアンスのことまで言われました。

おかしいなあ?と思って僕も読み比べてみました。

五十歩百歩でした。

凹みました。
よくあることですけどね。いつも凹みます。

気を取り直して(半日かかりました)、一度冷静になって考えてみることにしました。

前と同じなら、前のものをベースにして手直しするスタンスの方がいいのではないか。

そうすれば作業時間が大幅削減です。
悠々自適な旅行を楽しむ時間も作れることでしょう。

メリットがあるのだからこの際、
はらわたの煮えくり返りそうな不満は捨ててなるべく建設的に考えてみました。

それでしばらく考えて、大事なことを忘れていることに気づきました。

そもそも書き直した理由というのは、よりおもしろい作品にする、
という理由ではなかったんです。

いえ、一言でまとめて言うのなら「おもしろくないから」書き直すことにした、で合ってるんですけど、
そのおもしろいというのはお話の表面的なおもしろさとは、あまり関係のないことでした。

より個人的な嗜好の問題です。
けれど譲れない一線でもありました。同人っぽいですね。

それを思い出してしまえば、逆になぜ、
数カ月前に断腸の思いで下したことを早くも忘れていたのかと自分で自分に呆れはてましたが、
3歩も歩けば忘れるんです過去のことなんて。

喉元過ぎればなんとやら。
馬鹿に付ける薬はございませんかね。

とはいえ、ちょっとだけまじめな話すると忘れるからこそ性懲りもなく物語を書くのであって、
忘れないのなら物語なんて書きませんよ。仕事でもないのにね。

人間(といって僕の主観ですが)、生きていると悲喜こもごもいろんなことがあるわけですが、
そういうのも知らず知らずのうちに忘れちゃうんですよね~。

感情って身体のセルフモニタリングみたいな側面もあると思うので、当たり前な話かもしれないですけど。

ただ、それでもずっと忘れっぱなしじゃあんまりでしょうから時には思い出してみるのもいいもんで。
世阿弥のいうところのそれが「花」でしょう。

だから物語で感情の揺れ動きを活写できれば、それはなにか、クソの役にぐらいは立つんじゃないかと思うのです。

「クソ」だなんて下品なことばを使ってしまって大変申し訳ないですけれど、
でも生きるうえで便通はとても大事なことです。

便といえば、以前、Twitter上で見かけた発言に深く感銘を受けまして。それは
排泄したときに「ウンチ出た」と言って「ウンチ出した」とはあまり言わないから、能動態ではなく受動態でもなく中動態(※1)じゃん
というようなtweetだったと思いますが、

まさに視界が開ける思いでした。
確かに、良いウン○をしたときに「良いウン○を出したぜ」とは言わないんですよね。

ウン○は意志によってするものじゃなくて、自ずから出るものだったんです。
排泄の過程は「雨が降る」「風が吹く」と語るのと同じレベルの大自然の営みなんです。
誰もが無意識のうちにそう捉えている事象なんです。

人間のちっぽけな作為なぞ手の届かない高みにあったんです。ウン○が。
少し目を向けてみれば、自分の身体の中(※2)に天空にも比肩しうる確かな自然が息づいていたのです。

素晴らしいと思いませんか。

※1 中動態については國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』をぜひ。
 意志や自由とはなんぞやと言語の文法面(失われた態)から紐解いてスピノザを捉え直すという、とても刺激的でおもしろい本でした。

※2 考えてみれば消化管はドーナッツの穴なわけで身体外部ですけど……でも一見すると身体内部っぽいじゃないですか。口も肛門も閉じるし。


とまあ、そんなことはどうでもいいのですけれど、
とにかくサマーバケーション(仮)のシナリオを書き直さないといけなかった理由を思い出しました。

前のは話がつまらないから書き直したわけではなくて、
核心部分に欠落があったから全て書き直すはめになったのでした。

その核心だとか譲れない一線ってなにかといえば……

なんだか脱線して便について余計なこと書いてたら、めっちゃ時間が経ってました。
精神的にも疲れました。

この辺で、今回のブログは締めましょう。

結局、益体のない話ですし。

飲み屋で話すと楽しいんですけど、
こういうところで書くのはなかなか難しいですね。

そんなわけで、
来月は気を取り直して、少しは作品に関係ありそうなことを書こうと思います。

これから行ってくる旅行についてです。たぶん。

では、また次回!
 

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