ギャルカルチャーの終わり | SDMのブログ

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創刊から19年のギャルカルチャーを牽引してきた雑誌、「egg」が来月号をもって無期限の休刊を迎えることがわかりました。

出典:egg(2014.5月号)



今日の担当Y.Tは正直衝撃を受けています。
高校生の頃から好きだった渋谷カルチャー、それを牽引してきたギャルカルチャーの代名詞でもある「egg」の休刊は、
ギャル文化の終わりを告げるものでもあります。



ギャルは90年代初期から出現し、大人やメディアから様々な批判を受けました。
「奇抜な格好」、「言葉使い」、「モラルの低下」、「援助交際」などです。

出典:egg(1999.11月号)



しかし、ギャルカルチャーは大人たちの批判で潰れること無く進化を続け、
マンバとなり、世紀末にはヤマンバへと進化しました。

出典:近未来美術研究所



2000年代に入るとギャルは新たな進化の道を模索し、様々なギャルが生まれ、ギャル大戦国時代を迎えました。
お姉系(シンプルなギャル)Bギャル(B系のギャル)や、サイケギャル(エスニックテイストなギャル)、ビビンバ(ヤマンバの進化系)、キグルミン(着ぐるみを着たギャル)、汚ギャル(不潔なギャル)、age嬢(キャバ嬢系のギャル)などです。


そして2005年頃までに戦国時代は終焉を迎え、勝者が決まりました。
それがage嬢(キャバ嬢系のギャル)です。
ギャルは黒肌から白肌に、汚いから華やかに、これまで構築してきたカルチャーとは真逆に進化を遂げたのです。

出典:小悪魔ageha(2008.5月号)



そしてここからギャルカルチャーは新たなフェーズを迎え、
日本のギャルから世界のGALとなりました。

そのきっかけがNHKの「東京カワイイTV」という番組です。
この番組でギャルが扱われるようになり、その放送が衛星放送を通じてみた外国人の女の子達の心を掴み、
ギャルの世界での認知度が高まったのです。

また外国人のギャルへの関心はその奇抜な格好などから、ジャパニーズカルチャーへと移り、日本のアニメや漫画、料理、歴史など多岐にわたるポップカルチャーが「Cool Japan」と注目されるようになったのです。
近年外務省は日本のポップカルチャーが海外で注目を集めていることから、今後の輸出産業として支援をしています。

出典:ANA(website:is Japan Cool?)




しかし近年はAKB48の流行などからギャル系から女の子の流行りが清楚系に移行したこと、日焼けなどのガングロブームの終焉などの影響から、ギャルカルチャーは少しずつ収束しつつありました。

この90年代から長く続いてきたギャルカルチャーの常に最前線に立ち、牽引し、支え続けてきたのが雑誌「egg」でした。
この無期限の休刊には購買部数や紙媒体の限界など様々考えられますが、ひとつだけ言えることがあります。
「ギャルカルチャーが終わる」ということです。



私自身、2009年(高校2年生)の頃渋谷のイベントサークルに所属していた身なので、
本当に衝撃的な出来事です。

しかし、信じています。
きっといつか再びギャルカルチャーが復活することを。
その時にまた「egg」が復活することを。

19年間ありがとうございました!!


81433522 Y.T