『GoGo』 第四話 | 絶叫機械-残酷物語

『GoGo』 第四話

「眠い眠い眠い眠い眠いあまり眠いので目が覚めた。僕は夕陽が部屋を橙色に染める様を見たくて××××錠をどんぶり一杯も飲んだのではない、不愉快なキモチが額から鼻の横を通って口にすべりこんだ。毛布の端から2本の足がこっちをのぞいている、自分の足だ、夕陽に染まって、きれいだな。夕陽よりも濃い橙の、あれは蝿か。蝿が足のまわりをとんでいる。指が動けば追い払えるのに、くやしいな、どうしよう。蝿に溶かされていまや僕の足は毛布か畳かの区別もつかない、橙色の蝿は。橙色の蝿は、近くに見ても橙の塊でしかなく、それでも僕は橙の蝿と思う。首の動かせない僕には見えないのだけれど、その光のせいでこの部屋がこれほどまでに橙色に染められているのであれば、その元凶たる夕陽はさぞや狂わんばかりの橙色に光り輝き橙の蝿はよろこび舞い踊り世界を橙色にご免涙が止まらなくなったよ」

 と言いながら平岡さんは鼻紙を何枚も取り出して鼻にこすりつけた。

「この詩の素晴らしいところはね、この主人公は死ぬところなんだね、いままさに死なんとするその時立ち現れた幻をね、こうくどくどと、じっちょ、実況中継しているってわけだ」

 事務所の換気扇がブンブン鳴っている。

「このことをはっきりと書かずに表現すると、なんだかじんわりその風景が浮かんでくるだろう?」

 エアコンから乾燥した暖かい風がふいて、ぼくの顔を乾かす。
 平岡さんの事を、事務所の人達は影でホラ岡って呼んでいて、それは平岡さんがいつも、小さな事でも大きく話してしまう性格だからなのだけれど、平岡さんはけして嘘をつこうと思って大きなことを言っているのではなくて、いまみたいに自分で書いた詩を読んで涙するのと同じで、素直な本当に素直な気持ちで喋っているだけなのだ。この前やった片山組のも、盗聴器があるってのは確かに間違いだったけれども、というよりは、全然関係ない奴を3人も殺してしまったけれど、それだって身内を、仲間を守る為の気持ちがあるからそうなった訳だし、なにより平岡さんのまっすぐな目を見れば、悪気がないというのがわかる。

「続けるよ、橙色に染め上げて、今僕と世界の境界線がうすい金色になる。窓から流れ込んだ橙の波が、不正確な形状のまま僕のこめかみのあたりに侵入してくる……新庄、わかるか?」

 ぼくは平岡さんが新庄、わかる?と訊いてくるたびに、わからなくて、わからない自分が恥ずかしくて、中学しか出てない自分が憎くて、平岡さんの情婦の鮫島とか言うあのいつも本を読んでいて平岡さんの書いた詩にごちゃごちゃ文句を言う女が、自分を見下しもしないでまるでボールペンみたいに道具扱いするのを思い出して、泣き出したい気持ちになる。
 くちを結んでだまっているぼくに、平岡さんは言った。

「いいんだ新庄、言葉にならない感動ってのもある。わかってるよ、お前が1番、俺をわかってる。俺はお前が好きだよ」

 ぼくは泣き出しそうになった、手がふるえた、勃起してた。