不思議なことというのは、ときどき起こるものらしくて。
たて続けにいくつか、考えさせられるようなことがありました。
一つはここ何回かのエントリーでずっとずっと語っている
JPLおよびアンドリュー様♡との再びの出会いなわけですが。
さらに、昨日の昼、ふと何気なく「床になんか落っこってんな」
と拾い上げてみたら、その紙切れは、なんと9年前の7月11日の、
Ash@Liquidroomのチケットだったりしたわけですよ。
はっきり言って、わけがわかりません。
というのも、私は結構自分が行ったギグのチケットは
大事にするほうなんで、最近はチケットさえ発行されないような
ギグのほうが多いからあれですけど、形に残ってるものは、
だいたいちゃんと取っておくんですね。
で、こっちで見たギグに関しては、
「音楽系思い出袋」というのがあって(笑)、
大体はそこに収納されているはずなのです。
あと、そうじゃないときは、グラスゴー行の電車のチケットとかとともに
コートのポケットに放置されているというケースも結構あります。
これは、自分が忘れたころにコートのポケットに手をつっこんで、
思い出を見つけてほっこりした気持ちになるって算段なんです。
狙ってやってるんです。
でも、今回のAshは、どっちにも当てはまらないんですよ。
そもそも日本で見たギグに関しては、私はいつも、
日本の実家の部屋の壁に掛けてあるコルクボードに
鋲でとめてってたんですね。ええ、すべて。
年代的にも、2005年のAshのギグなんて、
ぜったいそうしてあってしかるべきなんですね。
で、百歩譲ってコートのポケットに入れておいたとしても、
私の今のワードローブに、2005年からずっと着てるコートなんて、
ありゃしないんですよ。バッグもすべてこっちで買ってます。
さらに言うなら、ギグがあったの7月ですからね。
こっちならともかく、日本では絶対上着なんて着てないはず。
そう考えると、本当に、どうしてこのチケットがロンドンの部屋にあったのか、
しかもぺろっと床に落ちていたのか、怪奇現象としか言いようがないんです。
これは、きっと、あれだな。
飛梅、みたいな。
飛んできちゃったんだな、日本から。
そういう菅原道真チックな結論に至ったのはいいのですが、
問題は、「東風吹かば」とか詠んですらいない私のもとに、
どうしてこのチケットが飛んできちゃったのかって話ですよ。
よりにもよって、いわくがありすぎなんです、このチケット。
一つには、その日付。2005年7月11日。9年前の誕生日の前日でしょう。
もう一つは、それがAshのチケットだってこと。
NIつながりをにおわせているんです、確実に。
考えれば考えるほど、わざと飛んできたとしか思えない!!
そこで話はまた一転、湿っぽくなって恐縮なんですが。
今朝、夢を見ました。
亡くなった母の出てくる夢です。
私はよく、特に疲れているとき、母の夢を見ます。
夢のなかで私は、母がいるのを当たり前と思うことは
ほとんどなくて、いつもほっとするんです。
「ああ、何だかなぜだかずっと母さんに会えなかった気がしてたけど、
普通に会えてるじゃない、よかった、やっぱり母さん元気なんじゃない」って。
夢の中の母は、病気でちょっとおかしいときもあれば元気なときもあるのですが、
私はどのみち、母に会えたから、まだ母がいてくれるから、
それならどんなことも乗り越えられる、生きてるんだからって、思うんです。
どんなことも塗り替えられるって。大丈夫、頑張れるって。
時々、夢の中でも、途中で夢だって気づきます。
違う、母さんもう死んじゃってるんだ、いないんだよって。
でも、気づかないときもあります、そして目が覚めて、
なんだやっぱりいないんじゃないって、すごく寂しくなります。
どっちも、どっちにしても、すごく悲しいです。
あまり詳しく書くのも何なんで、はしょっておきますが。
私の母は、今からちょうど10年前、2004年に、脳腫瘍を患いました。
4月に病気のことがわかって、それから治療して、
だけど同じ年の10月に再発して、翌年の1月に息を引き取りました。
すべてはあっという間でしたが、当時の私には
とてつもなく長く感じられました。
母の病が判明したとき、私はロンドンにいました。
慌てて帰って、けれどとりあえずは放射線治療をすることになるから
というんで、私は学業にひと段落つけるため、ロンドンに戻りました。
そのときなんですね、JPLのギグに行ったのは。
で、さらにそのあとすぐに日本に帰ったのですが、それが6月のこと。
この間も書きましたが、JPLの『Once Like A Spark』とかを
聴きこんでいた、そしてそのうち聴かなくなった時期です。
それからしばらくの時期は、辛いばかりでした。
私はすぐにでもイギリスに戻りたかったし、勉強を続けたかった。
でも、母はもう、以前のようには私の研究を応援はしてくれず、
私が日本で就職することを望みました。あるいは私が結婚することを。
当然といえば当然なのに、
私は自分の将来が閉ざされた気がしました。
もしくは、母に嘘をつかれていた、と思いました。
ずっと、私が研究の道に行くことを望んでいたのは母だったのに、と。
母の病はいったんは快方に向かったものの、
脳の病というのはこわいもので、
母はすこし性格が変わってしまったようでした。
誰にでも攻撃的になったり、
人の心を平気で踏みにじるようなことを言ったり。
病気のせいとわかっていても、それは辛かった。
そして間もなく、母の病気が再発したと知ったとき、
私は、悲しいと同時に、どこかでほっとしていました。
常人のような言動ができなくなっていく母を見て、
これが病気の「再発」のせいなら仕方ないけれど、
病気の「後遺症」で、これから何年も何十年も
付き合わなければならないものだとしたら、と、
それを私は恐れていたのです。
私はだから、「再発」ということは母の死を意味するにも関わらず、
病院でその診断を受けた時、どこかでほっとしていたのです。
それからの日々は、思い出したくもないし、
現に思い出すこともあまりできないのです。
私が何もできず、修士論文を書くことに逃げ、
ろくに病院にいる母に会いに行くこともしないうちに、
論文を書き上げるほんの一週ほど前に、母は息をひきとりました。
父や兄はそんな子供じみた対応の私を守ってくれていたこと、
母の最期を三人で看取るときは涙も出なかったこと、
友達が母に対面しに来てくれて心強かったこと、
お葬式に着るまともな喪服も持っていなかったこと、
自宅から棺を送りだすときまで論文にかまけていたこと、
骨を拾うときだけ、バカみたいに泣けてきたこと、
そんなことだけ、断片的に覚えています。
それから修士論文の提出まで何日あったのか、
もう今となってはわかりませんが、計算するに1週間弱なはずです。
なんとか形をつけて、論文は提出しました。
そのあとしばらく、今度は仕事を得るのに
必死にならなければならなかったのですが、
それは自分に不向きというほかない仕事で、
興味も情熱もないのにプレッシャーばかりが強く、
それに追われていたときが、今思い出しても、
一番つらかった人生のひとときです。
しかも、一番つらかったというときでさえ、
私は、自分の周りの人にばかり辛い思いをさせていただけで、
自分は何もしていないのに、何もできなかったのに、
それなのに被害者面していただけなのです。
病気だったのは母だし、それを看護していたのは、
兄であり、父でした。私はずっと、逃げていただけです。
あとは、修論も仕事も、自分の蒔いた種と格闘していただけです。
それが、2004年~2005年という年でした。
母が亡くなったのは、2005年の1月でした。
あと、これ、アホかと思うような話なんですけど。
このころって実は、どういう星の巡り会わせか、
私の人生初にして唯一のモテ期と思われる時期でして。
この二年間の間には、まあまあの数の人たちと
縁があって、望まれるようなこともままありました。
でもさ。
私の身にもなってよ。
このころの私ったら、
最愛の母の死+修論+仕事のプレッシャー、だからね。
抱えきれず、もうすっかり心を病んでいたんです。
そんなときこそ誰かと痛みを分かち合えばいいものの、
私は意地っ張りのぶきっちょのわからずやだったんで、
「みんな分かんないんだから、ほっといてよ!」と、
必要以上に人を傷つけたし、人をはねのけました。
今でも「あのときあの人と一緒に歩んでたらなあ」
と思うような人たちと、このとき確かに出会っていたんですけど、
残念ながら、どの関係も、実を結ぶことはありませんでした。
その10年前の日々を、今でも思い出せば後悔と痛みばかりだけど。
「それがあったから、今の私がある」って言えるほどに
いい自分にも、今はまだ、なれてない気がするんだけど。
それでも、そういう風に歩んでこなかったら出会えなかった
っていう人や場所に、この10年のあいだに色々出会って、
喜んだり悲しんだり、いろいろしてきました。
だから、悔いこそあれ、ま、それはそれかな、と思ってるんだけど。
ふと今、10年前をいろどるアルバム『Once Like A Spark』や、
その時出会っていたかったのに出会えなかった、
眩しくて甘酸っぱくて弾けている1stアルバムのころのJPLに
出会ったりしてしまうと、もっと違った「あの頃」が
あってもよかったのかなあ、なんて、思ったりもしてしまうのです。
で、けれど、実際問題、人生はそんな甘いものではなく。
今度は、母の病気より困難な状況が、父に起こっているのですね。
現在進行形で。はい。
本当だったら母にできなかった分まで、
父に寄り添っているべきなんでしょうけど。
色々な事情で、できない。まあ、地理的な事情が最大ですが。
それは自分の望みを後回しにして、自分が日本に帰れば解決するのです。
でもそれが私にはできない。
簡単な単純な解決策なはずなのに、
自分は自分の希望を捨てられなくて、ここから去れない。
で、さらに、父でなく自分を選ぶということは、
自分が悪者になり父が悲しむだけならいざ知らず、
兄を、兄嫁を、姪を、
苦しめることになってしまうという状況にあり。
このまま行くと、彼らとの関係も、切れてしまうかもしれない。
自分を捨てて帰るべきじゃないかと、何度も思いました。
でも、できないんです。
父はずっと、これからずっと生きているわけじゃない。
そうしたら私は、父が亡くなったあとの自分の人生も考えなくちゃならない。
そうだとすると、いまここですべてを投げ出して帰ることは、
どうしても、できない。
あるいは、言い訳をしのごの言うのをあきらめるなら、
つまり私は、自分の将来をなげうつほどには、父を愛していないのです。
兄のことも、自分を犠牲にしてまで助けたいと、思っていないのです。
私、甘ったれなんです。
末っ子の甘ったれの泣き虫で、いつも人に助けられて生きてきました。
それ以外、生きる術を知らないんです。
そんな自分がほとほと嫌になるけれど、
嫌になっても、それでもどうしても変われないんです。
で、また母の時と同じことを、もっとひどいことを、
繰り返そうとしているのです。自分に言い訳ばかりしながら。
大嫌いです、こんな自分が。
そんなときに、母の夢を見たのです。
夢の中で、気づきました。
違う、おかしい、そんなはずない。
母さんはもう、生きちゃいないんだ。
そう、気づいたんです。いつもは気づいたらそれで終わりなんですが、
今回は、何をしたかっていうと、夢の中の母に話しかけたんです。
思い切って、謝ってみたんです。
「ごめんね、あたしのこと、怒ってるでしょ」
って。
「怒っちゃないわよ」
と言いながらも母は、明らかに怒っていて、言いました。
「あんたって、いつもそうなのよね」
うん、その通りなの、
私は返す言葉もなくて、でも、夢の中の私は、
泣いて、大泣きに泣いて、母に土下座して頼みました。
「お願いです、あと1年半なんです」
この1年半ってのは、私がイギリスの永住権を取れそうな時期まで、
ってことです。今わたしが父のために帰れない最大の理由は、
この永住権の取得のために、ここで働かなくちゃいけないってことなのです。
これを投げ出すってことは、今までの6年の苦労と
1年半後以降の自分の将来と、両方をすっぱりあきらめるっていうことで、
それが私には、どうしてもできないのです。
永住権さえとれてしまえば、多少の融通はきくようになります。
帰国の頻度や長さを、変えられるのです。
父がそのころまで、いてくれるという保証はないけれど。
母は、怒るというより、苦笑してました。
「あんたって、本当に、いつもそうなんだから」
母は、そう言って笑いました。
苦笑いというほか形容のしようがないぐらいひきつっていたけど、
それでも一応、笑っていました。
そのあと私は、「もう仕事に行かなくちゃ」
と、叔母と談笑する母の横をすりぬけました。
母は「行ってらっしゃい」と、言ってくれました。
すべては私の頭の中で起きていることだって、
都合よく自分でシナリオを作っているだけだって、わかってます。
でも、母はそうやって、夢の中で、とりあえず1年半、
私に執行猶予をくれたような気がするのです。
父のところに今すぐに帰れと命じる代わりに、
このしょうがない私を、咎めることはなかったのです。
そして、そんなときに、床に2005年のチケットを見つけたわけで。
10年前のJPLに再会したわけで。
これは何かの、暗号じゃないかな、と。
自分の頭のなかで、自分のいいように解釈する暗号でしかないけれど。
2004年と2005年の夏は、私にとっては、真っ暗でした。
私なりにいちばんきれいな、いちばんいい年頃だったと
思い返せば思うんですけど、そんなもの全く持て余していました。
それから今、10年になろうとしています。
今も変わらずすべての面でギリギリのところに立っていて、
気持ち的にはあの頃と同じように、押しつぶされそうな状態です。
あのときと同じ、真っ暗闇のなかなのです。
でも。
JPLは、『Once Like A Spark』は、
10年前のことを落ち着いて思い出させてくれました。
そして、いま新たに出会った『Zero For Conduct』は
もう10年どころじゃない昔の音だけれども、今年出会った、
きらめいて新鮮な、今年の夏の音にほかならないのです。
一方では、10年前もしくは10年間書いていた、書きたかった、
書かなければいけなかったものが、ようやく形を持ってきました。
土曜に、誕生日を迎えます。
こんな状況で、誕生日を迎える夏。もうひとつ歳をとる、この夏。
私はこう思うのです。いや、思いたいのです。
見つかったAshのチケットは、
異次元から飛んできたとしか思えないAshのチケットは、
母が私に持たせてくれた、今年の夏への切符かもしれない、と。
図々しいとわかっているけれど、兄や父には申し訳ないけれど、
母は許してくれたのだと信じて、今年だけもう一回、
10年前の気持ちに戻って、失われた夏を、やりなおしてもいいでしょうか。
来年には、いえ、夏が過ぎたら、あるべき位置に戻ります。
この10年を丸ごとやり直そうなんて図々しいことは、言いません。
だから、どうか、今年の夏だけ。
今年の夏は、後先考えずに、きらめきを貪ってもいいですか。
もし機会があるなら、恋をしてもいいですか。
そして、それより何より、断片としてちらばっていたエピソードたちを、
一つの物語としてまとめる力を授けてくれますか。
どうか、今年の夏だけは。
・・・って、JPLの話、いい加減終わったと思ったでしょ?
私もそう思ってました。
でも、ダメ、終わらせられません。
っていうのも、調子に乗っていろんな音源を漁ってるうち、
大変なものに手をつけてしまったんですよ。
彼らのファーストアルバム、『Zero For Conduct』です。
なんか、どうやら私、これ聴いたこと全くなかったみたいです。
なんでずっと聴いたことなかったんだろう?なめてますね。
知ってる曲はあるので、知った気になってたのかなあ。
それともセカンドで売れたバンドのファーストアルバムって
あんまり理解できないことが多いので、だから敬遠してたのかなあ。
いやいやいや。そんなことは今となってはさしたる問題じゃありません。
やばい、このアルバム、やばいです。
危険物指定したほうがいいです。大問題作です。
ファンク味の強かった3rdアルバム『Backlash Cop』なんて、
今聴くと全然JPLのアルバムとして違和感ないし、
4th『Don't Try』も笑っちゃうほど重たいし野太いけど、
それもやっぱり愛すべき、かつ頼もしい現在のJPLの姿。
2作とも、『Once Like A Spark』という大作を完成させた後、
そこにとどまらずに歩みを進めてきたJPLとして、
変化はあっても確かにつながっているのです。
それってやっぱり・・・いつもそこでカヒール様が大暴れしてる、
ということが重要なのかもしれません。
そんな、みんな大好きカヒール様が、いなかった時代のJPL。
Pre-Cahirアルバム、『Zero For Conduct』は、どんな代物なのか。
こわごわと、聴いてみたのですが。
答えは。
悶死。キュン死。萌え死にもの。
でした。
だめ、これ、ホントにだめえええ。
だめって言ってもだめなんじゃなくて、いや、ある意味ダメダメなんだけど、
もうありえないぐらい、可愛過ぎるの、素なの、
反則なの、卑怯なの、そんなのナシなの。
音なんてスカスカで、曲なんて笑っちゃうほど無防備で、
声が、声が、声がもう、私の大好きなアンドリュー様の声、
話すときの声そのままが聞こえてくるの。
『Once Like A Spark』でも既に歌声は話し声と乖離してるってのに。
がりがりスキニーなローファイ荒削りポップサウンドに、
ひたすらメローなメロディに、あのひょろりとした声が。
ときに「ティム君?」っていうぐらいの外しっぷりで。
ときに「ダミアン王子?」っていうぐらいのメロメロさで。
いやホントにポップさのトーンがAshとかOK Go級なんです。
でももっとずっと穴だらけ。危険です、爆発物です。
シングル「This Is Not Revolution Rock」をはじめ、
現JPLの代表曲でもあり『Once Like A Spark』前夜
って感じの曲も確実にいくつかあるのですが。
(個人的には、「The Last Thing I Should Do」の、
息のできないぐらいの静かな熱の向こうに
「Brave Gravity」が見えます。この曲素敵すぎる・・・)
でも、そういう曲もひっくるめて、
もうこれ、全くJPLじゃないよね、完全別バンドだよね!!
っていうぐらい、ひたすら甘い!可愛い!!
はじけてる!!!文系インディ!!!!
全くもうなんでKerrangがK5つつけてるんだか理解できません。
(でも"…it is all the better for the fact that
you know not everyone will understand it,
but those who do will cherish it"…って評が的確すぎるw)
Jetplaneじゃない、全然知らないバンドに新たに出会い、
すっかり恋に落ちてしまった感じです。だって、どこにこんな
めっちゃ愛らしい隙だらけアルバムをリリースしたバンドがいるの?
今まで見たことないよ、そして、ずっとずっと探してきたよ!
JPLとは全然違う系列の好みのど真ん中だよ!!
私の知ってるJPLには、アルバムでもライブでも、
どこにもこんな不安定な頼りなさはなかったというのに・・・。
このひょろひょろさ、反則だってばあ・・・。
Secret Motorbikesか?ってぐらいじゃないかあw。
ただ。すっごい好きなんだけど、半端じゃなく好きなんだけど、
このアルバムをJPLとして好きっていうのは、なんか違う・・・。
だって完全に、「違うバンド」なんだもの。
「昔のほうがよかったね」では断じてないのです。
違う生き物として好き。きっとこのころのアンドリュー様は、
髪ふさふさの可愛い細身の青年だったことでしょう。愛しい!!
いや、だからって「昔のほうがいい」んじゃないもん!
比べられないよ、全然ちがうんだもん。今は今で素敵すぎるもん。
まあファーストだからって言っちゃえばそれまでだけど、
JPLのほかのどのアルバムよりパーソナルな響きで、
「みんなで」じゃなくて「ひとりで」「ひっそりと」愛しぬきたく
なっちゃうような、そんな大事な、秘密の宝物みたいな作品です。
これから先、また運よくJPLのライブを見られたとしても、
そこでこのアルバムの曲が演奏されたとしても、
もう永遠に見られないであろうバンドが、このアルバムの中にはいます。
そのバンドには15年前に出会っておきたかったけど、
仕方ないんでこれから15年、泣きながら
このアルバムを愛聴することにでもしましょうかね。
ちなみに、1stと2ndの間にリリースされてるEP『Els Quatre Gats』は
ジャケットを見るとスリーピース時代の作品みたいですが、
このEPは、いかにも初期JPLって感じのカッコよさで安心できます。
「Acrimony」はライブのオープナーの定番ですね。
いやはや、どこで大化けしたのやら。
そう、これの延長線上になら、確かにJPLを想像できる。
でも、『Zero For Conduct』は・・・(以下、永遠に繰り返しです。)
話はうつってIslington Academyのライブ、鼻血が出るカッコよさだな。
このときはすでに、非の打ちどころのない立派なJPLだったんだよな・・・。
上記1stアルバムでは音はずし放題の「This Is Not Revolution Rock」も、
このライブでは全然危なげないどころか、死ぬほどカッコいい。
いや、もう完全に別の曲になっちゃってるんですよ。
アンドリュー様の太い声も堂に入っているし。
シツコいけど、どっちがいいっていうんじゃない。
ただ、全然ちがう、別物なんです。それぞれが最高に良いんです。
ギターを追加したほうがいいという判断をしたこと自体、
バンドがそのとき転機を迎えていたということを意味するのでしょうが、
確かにカヒール様の加入でバンドの音が化けたわけで。
カヒール様って、やっぱすごい、のかな。
いずれにせよ、やはりカヒール様あっての
現JPLの音作りであるのは間違いなさそうです。
今のJPLを誇りに思うし愛してるけど、
この知られざるへなちょこバンドもこっそり溺愛させてね。
どうも、ほかの音源もあわせて判断するに、
アンドリュー様がアコギで歌うと、音とかいい感じに外しがちで
ひょろひょろする傾向が顕著にあります。
お前は実はそういう子だったのか、アンドリュー。もう、可愛いんだから!
ああ、ますますますます好きになってしまいました、アンドリュー様。
人に歴史あり。インディ少年~青年~中年が歩むべき道を一通り抑えて、
すごく無駄なくずっと素敵に年を取ってますね、この人は。薄毛はだてじゃない。
カヒール様の変わらなさぶりも、それはそれで愛しいけれども。
私が将来万が一すごーく偉くなったり有名になったりしたら(←今更?w)、
アンドリュー様に拝み倒して、JPLのライブをフルでしてもらったあとで
アコギで「Summer Ends」と「The Last Thing I Should Do」を
ソロで演奏してもらおうと思います。どんな権力者じゃw
ってことで、たぶんこれであとは音源聴きまくる毎日ってだけだから、
日々バスに乗って通勤しながら異様にニヤニヤするのの繰り返しです。
だから、これにて長かったJPLの話題は、いったん終わるよー。
ところで全然リサーチしてないけど、もしかしたら今やすっかり
おっさん通り越して爺さんになってるベースのジェイミー・バーチェルさん、
あの人も結構侮れないポップセンスの持ち主なのかもしれませんね・・・。
とまれ、JPLほど、「人間かっこよく年をとらねば」と
思わせてくれるバンドも、そうそういないんじゃないかと思います。
私もそう思ってました。
でも、ダメ、終わらせられません。
っていうのも、調子に乗っていろんな音源を漁ってるうち、
大変なものに手をつけてしまったんですよ。
彼らのファーストアルバム、『Zero For Conduct』です。
なんか、どうやら私、これ聴いたこと全くなかったみたいです。
なんでずっと聴いたことなかったんだろう?なめてますね。
知ってる曲はあるので、知った気になってたのかなあ。
それともセカンドで売れたバンドのファーストアルバムって
あんまり理解できないことが多いので、だから敬遠してたのかなあ。
いやいやいや。そんなことは今となってはさしたる問題じゃありません。
やばい、このアルバム、やばいです。
危険物指定したほうがいいです。大問題作です。
ファンク味の強かった3rdアルバム『Backlash Cop』なんて、
今聴くと全然JPLのアルバムとして違和感ないし、
4th『Don't Try』も笑っちゃうほど重たいし野太いけど、
それもやっぱり愛すべき、かつ頼もしい現在のJPLの姿。
2作とも、『Once Like A Spark』という大作を完成させた後、
そこにとどまらずに歩みを進めてきたJPLとして、
変化はあっても確かにつながっているのです。
それってやっぱり・・・いつもそこでカヒール様が大暴れしてる、
ということが重要なのかもしれません。
そんな、みんな大好きカヒール様が、いなかった時代のJPL。
Pre-Cahirアルバム、『Zero For Conduct』は、どんな代物なのか。
こわごわと、聴いてみたのですが。
答えは。
悶死。キュン死。萌え死にもの。
でした。
だめ、これ、ホントにだめえええ。
だめって言ってもだめなんじゃなくて、いや、ある意味ダメダメなんだけど、
もうありえないぐらい、可愛過ぎるの、素なの、
反則なの、卑怯なの、そんなのナシなの。
音なんてスカスカで、曲なんて笑っちゃうほど無防備で、
声が、声が、声がもう、私の大好きなアンドリュー様の声、
話すときの声そのままが聞こえてくるの。
『Once Like A Spark』でも既に歌声は話し声と乖離してるってのに。
がりがりスキニーなローファイ荒削りポップサウンドに、
ひたすらメローなメロディに、あのひょろりとした声が。
ときに「ティム君?」っていうぐらいの外しっぷりで。
ときに「ダミアン王子?」っていうぐらいのメロメロさで。
いやホントにポップさのトーンがAshとかOK Go級なんです。
でももっとずっと穴だらけ。危険です、爆発物です。
シングル「This Is Not Revolution Rock」をはじめ、
現JPLの代表曲でもあり『Once Like A Spark』前夜
って感じの曲も確実にいくつかあるのですが。
(個人的には、「The Last Thing I Should Do」の、
息のできないぐらいの静かな熱の向こうに
「Brave Gravity」が見えます。この曲素敵すぎる・・・)
でも、そういう曲もひっくるめて、
もうこれ、全くJPLじゃないよね、完全別バンドだよね!!
っていうぐらい、ひたすら甘い!可愛い!!
はじけてる!!!文系インディ!!!!
全くもうなんでKerrangがK5つつけてるんだか理解できません。
(でも"…it is all the better for the fact that
you know not everyone will understand it,
but those who do will cherish it"…って評が的確すぎるw)
Jetplaneじゃない、全然知らないバンドに新たに出会い、
すっかり恋に落ちてしまった感じです。だって、どこにこんな
めっちゃ愛らしい隙だらけアルバムをリリースしたバンドがいるの?
今まで見たことないよ、そして、ずっとずっと探してきたよ!
JPLとは全然違う系列の好みのど真ん中だよ!!
私の知ってるJPLには、アルバムでもライブでも、
どこにもこんな不安定な頼りなさはなかったというのに・・・。
このひょろひょろさ、反則だってばあ・・・。
Secret Motorbikesか?ってぐらいじゃないかあw。
ただ。すっごい好きなんだけど、半端じゃなく好きなんだけど、
このアルバムをJPLとして好きっていうのは、なんか違う・・・。
だって完全に、「違うバンド」なんだもの。
「昔のほうがよかったね」では断じてないのです。
違う生き物として好き。きっとこのころのアンドリュー様は、
髪ふさふさの可愛い細身の青年だったことでしょう。愛しい!!
いや、だからって「昔のほうがいい」んじゃないもん!
比べられないよ、全然ちがうんだもん。今は今で素敵すぎるもん。
まあファーストだからって言っちゃえばそれまでだけど、
JPLのほかのどのアルバムよりパーソナルな響きで、
「みんなで」じゃなくて「ひとりで」「ひっそりと」愛しぬきたく
なっちゃうような、そんな大事な、秘密の宝物みたいな作品です。
これから先、また運よくJPLのライブを見られたとしても、
そこでこのアルバムの曲が演奏されたとしても、
もう永遠に見られないであろうバンドが、このアルバムの中にはいます。
そのバンドには15年前に出会っておきたかったけど、
仕方ないんでこれから15年、泣きながら
このアルバムを愛聴することにでもしましょうかね。
ちなみに、1stと2ndの間にリリースされてるEP『Els Quatre Gats』は
ジャケットを見るとスリーピース時代の作品みたいですが、
このEPは、いかにも初期JPLって感じのカッコよさで安心できます。
「Acrimony」はライブのオープナーの定番ですね。
いやはや、どこで大化けしたのやら。
そう、これの延長線上になら、確かにJPLを想像できる。
でも、『Zero For Conduct』は・・・(以下、永遠に繰り返しです。)
話はうつってIslington Academyのライブ、鼻血が出るカッコよさだな。
このときはすでに、非の打ちどころのない立派なJPLだったんだよな・・・。
上記1stアルバムでは音はずし放題の「This Is Not Revolution Rock」も、
このライブでは全然危なげないどころか、死ぬほどカッコいい。
いや、もう完全に別の曲になっちゃってるんですよ。
アンドリュー様の太い声も堂に入っているし。
シツコいけど、どっちがいいっていうんじゃない。
ただ、全然ちがう、別物なんです。それぞれが最高に良いんです。
ギターを追加したほうがいいという判断をしたこと自体、
バンドがそのとき転機を迎えていたということを意味するのでしょうが、
確かにカヒール様の加入でバンドの音が化けたわけで。
カヒール様って、やっぱすごい、のかな。
いずれにせよ、やはりカヒール様あっての
現JPLの音作りであるのは間違いなさそうです。
今のJPLを誇りに思うし愛してるけど、
この知られざるへなちょこバンドもこっそり溺愛させてね。
どうも、ほかの音源もあわせて判断するに、
アンドリュー様がアコギで歌うと、音とかいい感じに外しがちで
ひょろひょろする傾向が顕著にあります。
お前は実はそういう子だったのか、アンドリュー。もう、可愛いんだから!
ああ、ますますますます好きになってしまいました、アンドリュー様。
人に歴史あり。インディ少年~青年~中年が歩むべき道を一通り抑えて、
すごく無駄なくずっと素敵に年を取ってますね、この人は。薄毛はだてじゃない。
カヒール様の変わらなさぶりも、それはそれで愛しいけれども。
私が将来万が一すごーく偉くなったり有名になったりしたら(←今更?w)、
アンドリュー様に拝み倒して、JPLのライブをフルでしてもらったあとで
アコギで「Summer Ends」と「The Last Thing I Should Do」を
ソロで演奏してもらおうと思います。どんな権力者じゃw
ってことで、たぶんこれであとは音源聴きまくる毎日ってだけだから、
日々バスに乗って通勤しながら異様にニヤニヤするのの繰り返しです。
だから、これにて長かったJPLの話題は、いったん終わるよー。
ところで全然リサーチしてないけど、もしかしたら今やすっかり
おっさん通り越して爺さんになってるベースのジェイミー・バーチェルさん、
あの人も結構侮れないポップセンスの持ち主なのかもしれませんね・・・。
とまれ、JPLほど、「人間かっこよく年をとらねば」と
思わせてくれるバンドも、そうそういないんじゃないかと思います。
昨日の、Jetplane Landingの話、続き。
さて、私にとって、Jetplane Landingというバンドは、
ずっと長い間、Cahir O'Doherty様でした。
前半に掲載した写真でいう、「いちばん左の人」ですね。
カヒール様の名前だけは、ちょっと童顔な顔とつぶらな瞳とくるくる髪とともに
10年前ホムペを見てたころからやたらと刻まれてて、
だからベルファストでFighting With Wireとかも見に行ったんです。
大好きだしね、彼のギター。
対して、Andrew Ferrisという名前は、
はっきり言って、私の辞書にはありませんでした。
(実は去年アルバムがリリースされたころ、
フェイスブックで地味にJPL関連のシェアをしまくっていた私は、
アンドリュー様のほうから奇跡の友達申請をしていただいたのですが、
その時は私、本気で名前も顔も知らず、誰?何で??って思っただけでした。)
いや、いわゆるフロントマンはカヒール様ではない、
というのはわかってたのですが、それでもアンドリューはあまりに地味すぎて、
JPL=Andrew Ferrisっていう風には像がつながらなかったんです。
「JPLは「みんなでJPL」だし」みたいなこと、勝手に思ってたよね。
去年ギグを見た時もそれは全く変わらず、
目の前で私の好きな曲を歌ってくれてる地味に禿げたおじさんは
「JPLのボーカル」としてはカッコいいことこの上ないけど、
個人としては軽くスルーで、ひたすらはじけまくってる
横のカヒール様にばっかりキャーキャー言いまくっていたのでした。
(ダブリンギグ後のマーチャンダイズコーナーにアンドリュー様がいたのに
「カヒール様なら買ったな」とか言いながら帰ってきてたし。最低。)
わりに近くにいるかもしれないけどよく知らない人、Andrew Ferris。
そんな認識がガラリと変わったのが、去年の11月。
NIの名物ラジオ番組「Across The Line」をウェブ上で聴いていたら。
(これ、このクリップのこの回ですね。
全部でなくていいんで、ぜひ聞いてみてください。写真も注目ですよw 可愛いww)
こんな感じでAndrew Ferrisが登場し、
番組ホストとともに、新しいお気に入りバンドの話をずっとしてたの。
あれ?あれれ?
なんだろうかこの人、あのJPLのアンドリューが、
こんな話し方なの?なんかギャップあるな。
野太い声っぽい印象だけど、デリーのおっさんかと思ってたけど、
全然そんなんじゃない、ちょっと高めに濁りなく澄んだ、
めちゃくちゃ優しい声の、穏やかでいて少年ぽい話し方だ!
言ってることも的確だし、無駄がなくて、いい感じに肩の力も抜けてて、
非常にインテリジェントなジェントルマンなのです(←ってアホな表現w)。
で、これはクリップには入ってないんだけど、話の最後にホストが
「折角番組に出てもらったのに、JPLの話が全然なくてごめん」
って謝ったら、「いつも僕の生活の99%はJPLのことしか話してないからね、
それ以外のことが話せるのは新鮮で楽しかったよ」みたいなことを言ったの。
それが何ともお茶目でかわいくて、ああなんてこの人感じいいんだろう、
私はあの地味な薄毛とロックおやじなシャウトに惑わされ、
この人の本質を見落としていたかもしれないと、
耳からぽろりとウロコが落ちた思いがしたわけですよ。
まあ、冷静に考えてみれば、私の大大大好きな「Brave Gravity」の
メロウな歌声もAndrew Ferrisが出してるんだから、
彼の声がすごく好きって、当たり前な話なんだけどね。
何せ去年のギグのときの印象がキョーレツだったんだよね。
ちなみに、いかにもデリーのやんちゃロッカーって話し方なのは、
カヒール様のほうですね。どっちかってとたぶん。
とにかくその喋りっぷりってのが、今までラムズ君にもフィリーにも
FFWの双子にもAshのティム君にも、NI弁の誰にも思ったことのないような、
単なる訛りを超えた、声とか話し方自体の、人柄の魅力満載だったのです。
(いや、上に挙げた人たちはみんな素敵すぎるNI弁スピーカーなんだけどね。
話すのを聴くだけでメロメロなんだけどね。でも訛りを超えて
「この声・話し方、理想」って思ったのは、ホント初めてだったのです。)
「話し方が大好きな訛りスピーカー」っていえば、
ご存知の通り(?)、Idlewildのロディ君ですけどね。
ロディ君はやっぱりすべてが好きですからね。彼こそが頂点ですから。
(今はどんな姿してるか知らんけど・・・)
ロディ君を好きになるなりかたで同じように好きだったミュージシャンは
ほかにいなかったのですが、アンドリューの話し方を聞いて、
「ロディ君がベストスコッツスピーカーだったら、私にとっての
ベストノーザンアイリッシュスピーカーはこの人だな」と、
わりに即座に直感したのでした。
声が湛える明るさとか話すときの穏やかさが、二人は似てます。
ロディ君は話す声と歌う声、ほとんど距離ないんですが、
アンドリューは、特に野太く歌ってるときを考えると全然違いますね。
ただ、ロディ君の場合は、声も話し方ももちろんのことながら、
文学青年なたたずまいとか、何より彼が書く詞が大事ですので。
(「El Capitan」の詞とかホントに一個の文学作品ですからね。凄い!)
歌詞がわからない分、アンドリューのことはロディ君ほど好きにはならないし、
やっぱハゲてるし地味だしなあ・・・と、まだ、「話し方のどえらく素敵な人」
という地位だけにとどまっていたのでした。
とはいえ、「彼の話し方が好き」というのはなかなか偉大な発見で、
それから私は、『Don't Try』を聴きこむようになっていったのですね。
聴けば聴くほど気持ちよいアルバムで大好きになって、
「やっぱJPL最高!」と熱が高まり。
そして、この夏のSTAセールに至ります。
「アルバム5ポンド!Tシャツ10ポンド!」
ってのに惹かれて、よおし、Tシャツ買うぞお!と。
はりきってサイトを訪れたのですが。
JPLのTシャツをカゴに入れて大満足、だったのですが。
(ちなみにTシャツ、バンド名がバーンとプリントされてるだけですが、
ロゴがドット柄になってて、丈も長くて、とってもかわいいです。)
そのときふっと、思いついたのですよね。
JPLの昔の曲、封印してた『Once Like A Spark』、
再び買って、聞いちゃおうかな、って。
本当に何気ないことだったんですけど。
まずはストリーミングで、ほぼ10年ぶりに聞いたわけですよ。
もう、はじめの3秒で、うわーーーーーって。
走馬灯・・・は違うか。
10年間が一気に引き戻されたような感じ。
やっぱりとんでもないアルバムだー!
懐かしい!半端なく懐かしくて、そして新しい!!
速攻でカートに入れてしまいました。
どころか、ダウンロードだけじゃなくてフィジカルも買っちゃった。
実家に帰れば間違いなくあるんだけどね。
皆さんも、6月いっぱいまでSTAセールやってますよ。
CDがフィジカル+即ダウンロードで5ポンドですよ。
お得ですよ。ぜひこの機会をご利用ください。
『Once Like A Spark』、一家に5枚ぐらいあっていい傑作です。
それ以来、『Once Like A Spark』を聴きまくる日々が再び訪れていて。
もうね、なんで忘れてたんだろうこのアルバム。
重くても、音がすべてキラキラしてて、眩しいの。
どきどきする。本当にカッコいい。
奇妙な感覚です。一方ではすごくよく知っていて、
自分の人生の一時期とともに、細かなことが色々思い出されるのですが、
もう一方では知らないことだらけで、日々いろんな発見があるのです。
この10年で、Weegieもすこし、ほんの少しぐらいは成長したらしく。
英語がね、断片的でも、入ってくるんですよ。耳に。
「こんなことを歌っていたかー」「え、今こんなこと言った??」
とかって思って。(同時オーガズムとかでてくるからね、
耳を疑いましたよね。さすがですよ←何が)
特にね、ふわっと耳に入ってきた「Do It Now...!」のライン、
♪Don't you dare say goodbye,
You're the reference by which I measure everything
(サヨナラなんてぜったい言うなよ、
俺は何でもぜんぶ、お前に照らして測ってるんだから)
っていう歌詞が、なんだかものすっごくぐっと来て。
なんてロマンチックな言葉だろうか、こんなこと言えるなんて、
あのハゲただものじゃないぞ!!!(←失礼)
そうやって断片的にでも聞き取れることに勇気づけられて、
思い切って、長年避け続けてきたあのひょろひょろした絵の
歌詞カード、開いてみました。
あ、わかる。
なんだ、結構わかるじゃん。
わかるよおおおおお(TOT)。
10年前の私、なんだったんでしょうかね。
もう少し賢ければよかったんでしょうけど。所詮私だからね。
ま、今さらだけど多少わかって味わえるようになったから、いいか。
「Brave Gravity」の歌詞とか、ああこんなんだったのか、って。
これってJPL的ラブソングだなあ、政治的なことばっか言ってるようで、
実はこれもえらいロマンチックだぞ、
やっぱあいつただのハゲじゃないな、って。(←失礼)
まだまだ正しく読めてるかは覚束ないわたくしではありますが、
(よく単なる思い込みだったりするからねw)
彼の書く歌詞を、レビューが絶賛して、ファンが愛してやまない、
その理由は少なくとも、すっかりわかるようになったのです。
気取りのないシンプルなメッセージだけど、詩的に洗練されてて、
知性もあって、思想もあって、怒りもあって、愛にもあふれてる。
カッコいいですよ。これぞロックです。デリーのロックです。
で、以来ずっと、JPLのビデオとか見まくってるんですけど。
ほかのアルバムとかもマメに試聴してるんですけど。
(これから購入の流れですね。まだセール中だからw)
ですけどね。
あの、言わせてください。
私、お慕い申し上げているのです。
あの人…いえ、あの方、Andrew Ferris様のことを。
恋に落ちました。ええ、それはもう、はっきりと。
好きなバンドのフロントマンとか、そんなレベルじゃ全然ないですよ。本気です。
っていうのもですねえ、まあ、そんな素敵なしゃべり方に加え、
素晴らしい曲と歌詞を書いてる人だってのもあったけど。
それよりなにより、このインタビュー映像ですよ。衝撃映像です。
え?何ですか?
ハゲじゃん?おっさんじゃん??これで当時36とかありえない???
すべてその通りですよ、でもそんなことが問題なんじゃないんです。
見てください、この噛みすぎな駄目インタビュアーを見つめる目の優しさを。
口元にたたえられる微笑みを。一つ一つのきっちりした答えぶりを。
(これ聞くと、私一生「カヒール」って正しく発音できないって思う・・・)
この人絶対いい人!裏表なくいい人!!大人!!!そして男前!!!!
こちらの、シンディローパー大シャウトも素敵です。まだ髪がありますねん。
声も話し方も素敵だし、書く歌詞も素敵だし、
歌ってよし、シャウトしてよし、
ライブでのザ・男気なパフォーマンスも好きだし、
おまけにレーベル主だったりするんだし、
とにかく雰囲気とか物腰とか目とか体の線とかすべて好きだし、
もうこうなると広い額まで好きなわけで、
眩しい、眩しすぎる(オデコがじゃないよw)!
これはロディ君級に好きと言っても過言じゃないのかもしれません。
気づくのに時間がかかったけどねー。10年半以上かかったけど。
ちなみに、もちろん妻子持ちだけどねー。
(その素敵な家庭人ぶりも好きなわけであります!
ロックしてて頼もしい、最高の夫/父じゃないですか。
たしか去年フルマラソンとか走ってましたよ。かっこよすぎる)
そんなわけで、2014年6月現在、ちょっと前まで「誰?」だった
Andrew Ferris「様」は、いまやWeegieの理想の男子ランキング
(誰も興味ないこのランキング・笑)の堂々トップに君臨してます。
ああー今更気づくなんて、もう次ギグで見れるのなんていつか分からないよ(TOT)!
ちなみにちょっと前、友達が教えてくれたテストによると、
私はいろんな情報を、相当「聴覚重視」で処理してるらしいです。
(その友達は「視覚重視」なんだって。結構当たってる模様)
なるほど、アンドリュー様とは、既に昨年、耳から恋に落ちてたのですね。きゃ♡
でさらに、色々アルバム聞き直してものすごい発見をしてしまったのですが。
なんと、10年前のIslington Academyのギグ、
ライブアルバムに収められているのですね。
コレ。聴いて、悶絶しました。
あの日、私、10年前の覚束ないWeegie、そこにいたよ。
すごい、なんて奇跡。
あの日が、もう記憶の中にしかないと思ってたあの日が、
しかと記録されて存在していたのですよ。
ってことで、アンドリュー様に完落ちのWeegie、
ここ最近は、ずっとJPLを聴きこんでいるという話でした。
ずっと一緒にいたのに、近くて近づききれなかったバンドが、
今はこの上なく近しく、すぐそばにいてくれてます。
10年で色々変わったけど、やっぱりこのバンドはいつも、
どうしていいか分からない泣きそうなときに勇気をくれる。
アルバム、またいつか出してくれるかな。
ライブも、しばらくやらないって言ってたけど、
いつかいつの日か、再びやってくれるかな。
今度はきっと、一緒に飛び跳ねるだけじゃなくて、
シングアロングもしちゃうよね。
STAもずっと大応援で、頑張ってほしいし。
真面目なお勤め人のフリも板についてきた気がするけど、
やっぱり一皮剥いたら、私も尖って叫んで闘ってたい。
だから今日も、耳からエネルギーを注入してます。
ああ、大好きだよう、Jetplane Landing。
アンドリュー様も、カヒール様も。
願わくは、またすぐ会おうね。っていうか、会いたい。会わせて。
いつも後ろをやっとのことでついていってるだけですが、
このバンドと一緒に歩めてることは、いつでも私の誇りなのです。
さて、私にとって、Jetplane Landingというバンドは、
ずっと長い間、Cahir O'Doherty様でした。
前半に掲載した写真でいう、「いちばん左の人」ですね。
カヒール様の名前だけは、ちょっと童顔な顔とつぶらな瞳とくるくる髪とともに
10年前ホムペを見てたころからやたらと刻まれてて、
だからベルファストでFighting With Wireとかも見に行ったんです。
大好きだしね、彼のギター。
対して、Andrew Ferrisという名前は、
はっきり言って、私の辞書にはありませんでした。
(実は去年アルバムがリリースされたころ、
フェイスブックで地味にJPL関連のシェアをしまくっていた私は、
アンドリュー様のほうから奇跡の友達申請をしていただいたのですが、
その時は私、本気で名前も顔も知らず、誰?何で??って思っただけでした。)
いや、いわゆるフロントマンはカヒール様ではない、
というのはわかってたのですが、それでもアンドリューはあまりに地味すぎて、
JPL=Andrew Ferrisっていう風には像がつながらなかったんです。
「JPLは「みんなでJPL」だし」みたいなこと、勝手に思ってたよね。
去年ギグを見た時もそれは全く変わらず、
目の前で私の好きな曲を歌ってくれてる地味に禿げたおじさんは
「JPLのボーカル」としてはカッコいいことこの上ないけど、
個人としては軽くスルーで、ひたすらはじけまくってる
横のカヒール様にばっかりキャーキャー言いまくっていたのでした。
(ダブリンギグ後のマーチャンダイズコーナーにアンドリュー様がいたのに
「カヒール様なら買ったな」とか言いながら帰ってきてたし。最低。)
わりに近くにいるかもしれないけどよく知らない人、Andrew Ferris。
そんな認識がガラリと変わったのが、去年の11月。
NIの名物ラジオ番組「Across The Line」をウェブ上で聴いていたら。
(これ、このクリップのこの回ですね。
全部でなくていいんで、ぜひ聞いてみてください。写真も注目ですよw 可愛いww)
こんな感じでAndrew Ferrisが登場し、
番組ホストとともに、新しいお気に入りバンドの話をずっとしてたの。
あれ?あれれ?
なんだろうかこの人、あのJPLのアンドリューが、
こんな話し方なの?なんかギャップあるな。
野太い声っぽい印象だけど、デリーのおっさんかと思ってたけど、
全然そんなんじゃない、ちょっと高めに濁りなく澄んだ、
めちゃくちゃ優しい声の、穏やかでいて少年ぽい話し方だ!
言ってることも的確だし、無駄がなくて、いい感じに肩の力も抜けてて、
非常にインテリジェントなジェントルマンなのです(←ってアホな表現w)。
で、これはクリップには入ってないんだけど、話の最後にホストが
「折角番組に出てもらったのに、JPLの話が全然なくてごめん」
って謝ったら、「いつも僕の生活の99%はJPLのことしか話してないからね、
それ以外のことが話せるのは新鮮で楽しかったよ」みたいなことを言ったの。
それが何ともお茶目でかわいくて、ああなんてこの人感じいいんだろう、
私はあの地味な薄毛とロックおやじなシャウトに惑わされ、
この人の本質を見落としていたかもしれないと、
耳からぽろりとウロコが落ちた思いがしたわけですよ。
まあ、冷静に考えてみれば、私の大大大好きな「Brave Gravity」の
メロウな歌声もAndrew Ferrisが出してるんだから、
彼の声がすごく好きって、当たり前な話なんだけどね。
何せ去年のギグのときの印象がキョーレツだったんだよね。
ちなみに、いかにもデリーのやんちゃロッカーって話し方なのは、
カヒール様のほうですね。どっちかってとたぶん。
とにかくその喋りっぷりってのが、今までラムズ君にもフィリーにも
FFWの双子にもAshのティム君にも、NI弁の誰にも思ったことのないような、
単なる訛りを超えた、声とか話し方自体の、人柄の魅力満載だったのです。
(いや、上に挙げた人たちはみんな素敵すぎるNI弁スピーカーなんだけどね。
話すのを聴くだけでメロメロなんだけどね。でも訛りを超えて
「この声・話し方、理想」って思ったのは、ホント初めてだったのです。)
「話し方が大好きな訛りスピーカー」っていえば、
ご存知の通り(?)、Idlewildのロディ君ですけどね。
ロディ君はやっぱりすべてが好きですからね。彼こそが頂点ですから。
(今はどんな姿してるか知らんけど・・・)
ロディ君を好きになるなりかたで同じように好きだったミュージシャンは
ほかにいなかったのですが、アンドリューの話し方を聞いて、
「ロディ君がベストスコッツスピーカーだったら、私にとっての
ベストノーザンアイリッシュスピーカーはこの人だな」と、
わりに即座に直感したのでした。
声が湛える明るさとか話すときの穏やかさが、二人は似てます。
ロディ君は話す声と歌う声、ほとんど距離ないんですが、
アンドリューは、特に野太く歌ってるときを考えると全然違いますね。
ただ、ロディ君の場合は、声も話し方ももちろんのことながら、
文学青年なたたずまいとか、何より彼が書く詞が大事ですので。
(「El Capitan」の詞とかホントに一個の文学作品ですからね。凄い!)
歌詞がわからない分、アンドリューのことはロディ君ほど好きにはならないし、
やっぱハゲてるし地味だしなあ・・・と、まだ、「話し方のどえらく素敵な人」
という地位だけにとどまっていたのでした。
とはいえ、「彼の話し方が好き」というのはなかなか偉大な発見で、
それから私は、『Don't Try』を聴きこむようになっていったのですね。
聴けば聴くほど気持ちよいアルバムで大好きになって、
「やっぱJPL最高!」と熱が高まり。
そして、この夏のSTAセールに至ります。
「アルバム5ポンド!Tシャツ10ポンド!」
ってのに惹かれて、よおし、Tシャツ買うぞお!と。
はりきってサイトを訪れたのですが。
JPLのTシャツをカゴに入れて大満足、だったのですが。
(ちなみにTシャツ、バンド名がバーンとプリントされてるだけですが、
ロゴがドット柄になってて、丈も長くて、とってもかわいいです。)
そのときふっと、思いついたのですよね。
JPLの昔の曲、封印してた『Once Like A Spark』、
再び買って、聞いちゃおうかな、って。
本当に何気ないことだったんですけど。
まずはストリーミングで、ほぼ10年ぶりに聞いたわけですよ。
もう、はじめの3秒で、うわーーーーーって。
走馬灯・・・は違うか。
10年間が一気に引き戻されたような感じ。
やっぱりとんでもないアルバムだー!
懐かしい!半端なく懐かしくて、そして新しい!!
速攻でカートに入れてしまいました。
どころか、ダウンロードだけじゃなくてフィジカルも買っちゃった。
実家に帰れば間違いなくあるんだけどね。
皆さんも、6月いっぱいまでSTAセールやってますよ。
CDがフィジカル+即ダウンロードで5ポンドですよ。
お得ですよ。ぜひこの機会をご利用ください。
『Once Like A Spark』、一家に5枚ぐらいあっていい傑作です。
それ以来、『Once Like A Spark』を聴きまくる日々が再び訪れていて。
もうね、なんで忘れてたんだろうこのアルバム。
重くても、音がすべてキラキラしてて、眩しいの。
どきどきする。本当にカッコいい。
奇妙な感覚です。一方ではすごくよく知っていて、
自分の人生の一時期とともに、細かなことが色々思い出されるのですが、
もう一方では知らないことだらけで、日々いろんな発見があるのです。
この10年で、Weegieもすこし、ほんの少しぐらいは成長したらしく。
英語がね、断片的でも、入ってくるんですよ。耳に。
「こんなことを歌っていたかー」「え、今こんなこと言った??」
とかって思って。(同時オーガズムとかでてくるからね、
耳を疑いましたよね。さすがですよ←何が)
特にね、ふわっと耳に入ってきた「Do It Now...!」のライン、
♪Don't you dare say goodbye,
You're the reference by which I measure everything
(サヨナラなんてぜったい言うなよ、
俺は何でもぜんぶ、お前に照らして測ってるんだから)
っていう歌詞が、なんだかものすっごくぐっと来て。
なんてロマンチックな言葉だろうか、こんなこと言えるなんて、
あのハゲただものじゃないぞ!!!(←失礼)
そうやって断片的にでも聞き取れることに勇気づけられて、
思い切って、長年避け続けてきたあのひょろひょろした絵の
歌詞カード、開いてみました。
あ、わかる。
なんだ、結構わかるじゃん。
わかるよおおおおお(TOT)。
10年前の私、なんだったんでしょうかね。
もう少し賢ければよかったんでしょうけど。所詮私だからね。
ま、今さらだけど多少わかって味わえるようになったから、いいか。
「Brave Gravity」の歌詞とか、ああこんなんだったのか、って。
これってJPL的ラブソングだなあ、政治的なことばっか言ってるようで、
実はこれもえらいロマンチックだぞ、
やっぱあいつただのハゲじゃないな、って。(←失礼)
まだまだ正しく読めてるかは覚束ないわたくしではありますが、
(よく単なる思い込みだったりするからねw)
彼の書く歌詞を、レビューが絶賛して、ファンが愛してやまない、
その理由は少なくとも、すっかりわかるようになったのです。
気取りのないシンプルなメッセージだけど、詩的に洗練されてて、
知性もあって、思想もあって、怒りもあって、愛にもあふれてる。
カッコいいですよ。これぞロックです。デリーのロックです。
で、以来ずっと、JPLのビデオとか見まくってるんですけど。
ほかのアルバムとかもマメに試聴してるんですけど。
(これから購入の流れですね。まだセール中だからw)
ですけどね。
あの、言わせてください。
私、お慕い申し上げているのです。
あの人…いえ、あの方、Andrew Ferris様のことを。
恋に落ちました。ええ、それはもう、はっきりと。
好きなバンドのフロントマンとか、そんなレベルじゃ全然ないですよ。本気です。
っていうのもですねえ、まあ、そんな素敵なしゃべり方に加え、
素晴らしい曲と歌詞を書いてる人だってのもあったけど。
それよりなにより、このインタビュー映像ですよ。衝撃映像です。
え?何ですか?
ハゲじゃん?おっさんじゃん??これで当時36とかありえない???
すべてその通りですよ、でもそんなことが問題なんじゃないんです。
見てください、この噛みすぎな駄目インタビュアーを見つめる目の優しさを。
口元にたたえられる微笑みを。一つ一つのきっちりした答えぶりを。
(これ聞くと、私一生「カヒール」って正しく発音できないって思う・・・)
この人絶対いい人!裏表なくいい人!!大人!!!そして男前!!!!
こちらの、シンディローパー大シャウトも素敵です。まだ髪がありますねん。
声も話し方も素敵だし、書く歌詞も素敵だし、
歌ってよし、シャウトしてよし、
ライブでのザ・男気なパフォーマンスも好きだし、
おまけにレーベル主だったりするんだし、
とにかく雰囲気とか物腰とか目とか体の線とかすべて好きだし、
もうこうなると広い額まで好きなわけで、
眩しい、眩しすぎる(オデコがじゃないよw)!
これはロディ君級に好きと言っても過言じゃないのかもしれません。
気づくのに時間がかかったけどねー。10年半以上かかったけど。
ちなみに、もちろん妻子持ちだけどねー。
(その素敵な家庭人ぶりも好きなわけであります!
ロックしてて頼もしい、最高の夫/父じゃないですか。
たしか去年フルマラソンとか走ってましたよ。かっこよすぎる)
そんなわけで、2014年6月現在、ちょっと前まで「誰?」だった
Andrew Ferris「様」は、いまやWeegieの理想の男子ランキング
(誰も興味ないこのランキング・笑)の堂々トップに君臨してます。
ああー今更気づくなんて、もう次ギグで見れるのなんていつか分からないよ(TOT)!
ちなみにちょっと前、友達が教えてくれたテストによると、
私はいろんな情報を、相当「聴覚重視」で処理してるらしいです。
(その友達は「視覚重視」なんだって。結構当たってる模様)
なるほど、アンドリュー様とは、既に昨年、耳から恋に落ちてたのですね。きゃ♡
でさらに、色々アルバム聞き直してものすごい発見をしてしまったのですが。
なんと、10年前のIslington Academyのギグ、
ライブアルバムに収められているのですね。
コレ。聴いて、悶絶しました。
あの日、私、10年前の覚束ないWeegie、そこにいたよ。
すごい、なんて奇跡。
あの日が、もう記憶の中にしかないと思ってたあの日が、
しかと記録されて存在していたのですよ。
ってことで、アンドリュー様に完落ちのWeegie、
ここ最近は、ずっとJPLを聴きこんでいるという話でした。
ずっと一緒にいたのに、近くて近づききれなかったバンドが、
今はこの上なく近しく、すぐそばにいてくれてます。
10年で色々変わったけど、やっぱりこのバンドはいつも、
どうしていいか分からない泣きそうなときに勇気をくれる。
アルバム、またいつか出してくれるかな。
ライブも、しばらくやらないって言ってたけど、
いつかいつの日か、再びやってくれるかな。
今度はきっと、一緒に飛び跳ねるだけじゃなくて、
シングアロングもしちゃうよね。
STAもずっと大応援で、頑張ってほしいし。
真面目なお勤め人のフリも板についてきた気がするけど、
やっぱり一皮剥いたら、私も尖って叫んで闘ってたい。
だから今日も、耳からエネルギーを注入してます。
ああ、大好きだよう、Jetplane Landing。
アンドリュー様も、カヒール様も。
願わくは、またすぐ会おうね。っていうか、会いたい。会わせて。
いつも後ろをやっとのことでついていってるだけですが、
このバンドと一緒に歩めてることは、いつでも私の誇りなのです。
