1週間ほど前、そろそろ

霜が降りそうだからと

前庭のバラの枝を切って

花瓶に生けた私でしたが

・・・はさみを入れた時に

すでにほころび始めていた花は

そのまま咲いてくれたんですが

つぼみが・・・なんだか

まったく開いてくれなくて・・・

 

 

これはこのまま

枯れてしまうのか?

やはり私に生け花の

才能はないのか?と

なかば諦めつつも

ふと思い当たる節があり

あらためて枝を『水切り』

(水の中で枝を切って

枝に水を吸わせる作業)

したところ、あっという間に

つぼみの花弁が開き始め

なるほど

正しい手順というものは

本当に大事だな、と!

 

 

・・・来週27日に迫る

安倍元総理の国葬

本当にもう少し

決定に至るまでの手順が

しっかりしていたら、と

ずっと思っている私です・・・

 

国葬決定を発表する前に

国会審議に通しておけば

ここまでの混乱は起きなかった、

いや、起きたかもしれませんが

「内閣は筋は通した」と

反論はできたと思うんです・・・

 

せめて野党に

話を通しておけば・・・

 

「政治家に毀誉褒貶はつきもの、

しかし民主主義国家において

政治に対する

直接暴力は許されない」

 

「政治に対するテロ行為を

我々は受け入れない。

その意志を世界に

示すための行動として

国葬を提案したい」

 

「政治的主張・立場を超え

『テロ許すまじ』と考えるなら

テロを否定する場としての

国葬に参加して欲しい」

・・・的なことを

先に堂々と表明すれば

狡い言い方になりますが

「国葬反対」と言う人が出たら

「テロを許容するのですか?

許容しないというなら

どのような形でその姿勢を

世に示そうというのですか?」

と言えたわけじゃないですか。

 

その後旧統一教会関連の

諸々の問題が出ても

「それはそれ・これはこれ」で

乗り切れたと思うんですよね・・・

 

「テロに斃れた政治家を

我々は国を挙げて弔う」の理論で。

 

ちなみに私は旧統一教会と

政治家の関係については

第三者委員会を設置して

もっと深く

調査すべきと考えています。

 

岸田総理の

「安倍元総理と旧統一教会の

関係について調査はしない」は

悪手中の悪手と認識しています。

 

それこそ死者の名を

貶めているというか・・・

 

(安倍元総理と

旧統一教会の癒着なんて

本当は存在しなかったかも

しれないじゃないですか、

調査なしにはそうした

元総理の潔白さの

証明もできないわけですよ)

 

後だしじゃんけんになりますが、

まず初手は安倍元首相への

弔意を示しつつ

党・内閣が特別葬を

開催することを伝えた上で

「テロに反対する人々は

政治的主張を超え、この葬儀に

参加していただきたい」と述べ、

それと同時に外交筋を使って

親日国の有力政治家が「葬儀に

参加したいと言っている」との

情報を相手国側に出して貰いつつ、

野党に裏でしっかり話を通して

「要人警備を考えると

葬儀の規模をもう少し

大きくする必要がある」から

「・・・そうなるとこれは

党・内閣葬よりもう少し大きな

枠組みの式にすべきでは」に

話を持って行けていれば、と。

 

その後出てきた

旧統一教会問題については

「もちろん党として

元首相と旧統一教会の

かかわりについても

調査はする。しかし

服喪の期間は

そうした話は控えたい」と

『後の話』にしておけば!

 

なお私は先週の

英国女王陛下の国葬

安倍元総理の国葬を

比較してどうこういうのは

的外れだと思っています。

 

比較するならばせめて

サッチャー英国元首相の

準国葬じゃございませんか?

 

ちなみにサッチャー氏の

準国葬に反対した人は

当時英国に

それなりの数存在しました。

 

『サッチャーの死を祝う

ストリートパーティー

なんぞも一部で開かれ、

葬儀当日にはロンドンで

大規模抗議デモも起き

『鐘をならせ!

悪い魔女は死んだ』が

BBCトップチャートの

 

1位にもなりました。

 

しかし何度も

申し上げますように

政治家は毀誉褒貶が

つきまとってナンボです。

 

100人の人に愛されれば

100人の人に

厭われるのが道理というもの、

「支持率100パーセントの

政治家」なんて

独裁国にしか存在しない。

 

安倍元総理が

今後どう評価されるかは

後の世の人が決めることで、

私は個人的には元首相の

組閣のセンスや経済政策には

色々言いたいこともあるのですが、

でもやっぱり民主主義国家で

政治家に対するテロは

起きてはならないことだと思う。

 

故にテロに斃れた元宰相を

民主主義を掲げる国家として

弔いたい、と考えることは

おかしなことではないと感じる。

 

でも弔意の強制は

人にはしない。

 

私と違う意見の人もいて

それは当然。

 

以上が現時点での

私の考え方でございます。

 

 

・・・それにしても

『死を祝う』パーティーは

ちょっとさあ・・・

 

そりゃそれも表現の自由と

言われたらそれまでですけど、

私は自分のセンスは

かなり歪み病んでいると

自任しておりますが

それはもう桁が違うというか

上には上がいるというか

 

大海を知らぬ蛙って

こういうことですかね

 

さて本日の記事は

時期的にも内容的にも

ちょっと色々難しいかなとは

思いましたが、国葬開催前に

書いておきたいことだったので

ドキドキしつつアップします

 

ここを読んでいる皆様の中にも

国葬賛成派・反対派・無関心派、

色々いらっしゃると思います

 

コメントいただけるのは

いつもとても嬉しいです

 

ただ当ブログに

コメントを投稿する際には

「自分と違う意見の相手を

言い負かそう」ではなく

「自分の違う意見の人にも

自分の意見の真意を

知ってもらおう」

みたいな書き方を

していただけると幸いです

 

熱くなりがちな話題こそ

クールに語り合いたい

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