元・盲導犬候補生

現・家庭犬アーシーとの

生活について。

 

これがその・・・

 

思いのほか気楽なんで

驚いています・・・!

 

 

いや本当に、この大犬を

引き取るか引き取らないかで

あんなに悩んでいたのは

何だったんだという程度には。

 

アーシーが帰宅するまでは

「あんなに頭のいい犬を

適当に室内に放っておいたら

可哀そう。アジリティ―の

訓練にでも参加しようかしら」

とも考えていたんですけど、

朝に森に行って

午後は庭で遊んで、みたいな

生活に人も犬もすっかり

満足してしまっている現状。

 

わざわざ訓練に

出かけるのなんて

怠(だる)いよな!

もう夕方以降は

ストーブ前で一緒に

グータラ居眠りしようぜ!的

以心伝心がそこにはある・・・!

 

これは私が犬とともに

低きに流れてしまって

いるということなのかしら・・・?

 

それとも犬が私に合わせて

流れの低い方に

低い方に、という・・・?

 

なお庭遊びの相手は近頃

私だけでなく夫(英国人)も

務めてくれていて、

これは盲導犬候補生時代には

あまりなかったことで

(室内で狂乱する犬に閉口して

『頼む、君が屋外にいる間、

こやつも外で

遊ばせてくれ』と頼んでも

『ごめんなさい、ちょっと

手が離せないんで』と

言われてしまうことが多かった)

「やっぱり盲導犬候補生を

庭仕事の片手間に

世話することは出来なかった、

ということなんだろうかね。

つまりほら、協会に対する

責任感、みたいな観点から」

 

そんな私の推察を

夫は不思議そうに否定して

「違いますよ。あの頃の

アーシーは片手間で世話が

出来ないような犬だったんですよ。

常に注意を向けていないと

どんな悪戯をするかわからない

犬だったじゃないですか。

今のこの子は畑でも納屋でも

『ここにいなさい』と指示すると

ちゃんとそれに従える犬に

育ちあがっているでしょう?

だから安心して一緒に

外で仕事ができるんですよ」

 

そう言われると確かに・・・!

 

それにしてもこの

アーシーの物わかりの良さは

年齢的な成長によるものなのか、

子犬時代の躾の賜物なのか。

 

躾の成果だとしたら

それは私の殊勲であるのか

訓練学校の薫陶であるのか。

 

ともあれ楽しくやっています。

 

 

勿論掃除は大変ですし

諸々に時間もお金も

かかるんですけど

でもそれをはるかに上回る

「楽しいのう、この生活」感がある

 

・・・掃除は大変ですけどね

 

・・・うん、本当に・・・

 

Norizoさん!

ほら、楽しいことだけ考えて!

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