今は亡きわが祖父は
晩年は体が自由に動かせなくなり
車椅子の人となっていたのですが、
まだそうなる前、24時間付添いの
ヘルパーさんも必要とせず、
年頃なのにデートの予定の一つもない
可哀そうな孫娘(私のことです)につきあって
伊豆や箱根くらいになら一泊ドライブ旅行に
出かけられるくらいの体力があった頃のこと。

ある晩、夕食の席でお箸を取る前に
祖父は静かに両手を
擦り合わせるようにしていました。

「お祖父様、寒いですか。
暖房を強めましょうか」

「いや、寒くはないんだよ。
ただなあ、最近手がうまいこと
動かなくなっちゃってなあ」

つまり祖父はその動きを
『暖を取るため』ではなく
『お箸を使う前の準備運動』として
行っていたのです。

それでも食事が始まると
祖父は問題なくお箸を使い、
しかし食事を終えるとまた
手のひらの親指の付け根を
何度も押すようにしていました。

祖父に続いて私も自分のご飯を食べ終え、
グラスに残ったビールを飲みながら
他の家族が食事を終えるのを待っていたのですが、
ビールの酔いのためか三文安な育ちのせいか
ふと気が付くと私は席を離れて
祖父の足元の床に座り込み
「お前は何を行儀の悪い真似をしとるんだ」

「いや、お祖父様、すみません。
で、どっちの手が動かしにくいんですか。右?」

「右が気になるな、最近は筆も持ちにくい」

(祖父の特技は書道)

なるほど、と私はその場に膝立ちになり
祖父の右手を手に取ると指圧を始めました。

何かしら、祖父の手のちょうど親指の
付け根の盛り上がっている部分、
あそこが嫌な感じに冷えていたんですよ。

なので片手でそこを温める様にしつつ
もう片方の手で血行を推進するように
筋肉にそって揉んでいったというか。

「こんな感じでどうでしょう、
お祖父様、どう、強すぎますか?
痛かったら止めるんで言ってください」

言いながら祖父の顔を見上げると、
そこには驚きと感動に輝く
祖父の双眸がありました。

あれ、と周囲を見回すと
まだ食事を続けていた祖母も父も母も
「あら・・・まあ・・・」
みたいな顔をして私を見ている。

たとえば最後のお菓子を
小さなお兄ちゃんが妹に譲ってあげたりとか
厚化粧のいまどきの若い娘さんが
電車に高齢者が乗ってくるなり
黙って席を譲ってあげたりとか
そういう場面を偶然目撃した時に
周囲の人々が浮かべるようなその表情。

・・・あ、私、皆さんのこと、
感動させちゃいました?

理性的に状況を俯瞰すればこれは
ちょっと育ち過ぎた見目暑苦しい大女が
べたべたと馴れ馴れしく高齢者を撫でまわして
ビールのつまみ代わりにしているようなもの、
しかしここに『祖父と孫娘』フィルターがかかると
近親者の目にこれ以上美しく映る構図は
なかなかなくなってしまうという・・・

怖いですね、身内の贔屓目って。

私としては『肩たたき』の
延長くらいの感覚だったのですが、
確かにこの私の片膝着いた姿勢と
結果的に祖父を見上げることになる
目線のありようは
周囲の誤解を招いて不思議なし。

微妙な雰囲気の中、私は
祖父の右手を揉み終えると
次は左手を揉みまわし、
「こんなもんでいかがでしょう」

「・・・うむ」

その日の祖父は普段以上に
言葉数少なく寝室に入って行きました。

で、当然のごとく、この翌日より
孫代表・私による祖父の手のひら揉みは
夕食後の日課になりまして、
まあそれはいいんですけど、そうですね、
私が祖父の手を初めて揉んでから
1週間もたたない頃でしょうか。

その日、私は祖父の右手を揉み終えると
左手に取り掛かる前に
軽く自分の指を屈伸させ休憩を取りました。

あれ、割とこっちの筋肉も疲れるものなんですよ。

その間、当然祖父の両手は
放っておかれることになるわけですが、
そんな自分の手を見て
祖父は不思議そうに首を傾げると
さも当然のように右手を私に差し伸べ
「おい、ほれ、もっと揉んでいいぞ
(遠慮なんかするな、という口調で)」

・・・祖父よ・・・

返す言葉もなく目の前に差し出された
祖父の右手を凝視する私を見て
わが父が非常に嬉しそうな棒読み口調
「よかったなあ、Norizo、
もっと揉んでいいらしいぞ!」

・・・まあ揉みましたけどね。

しかしあのわが祖父の
『愛される自信』の力強さ。

そこにはすでに
威厳さえあったのであった・・・!

で、ここまでが本日の前フリ。

そして以下は昨日の記事の続き。

わが夫(英国人)と私の
夢の新居についてきた
(『引っ越してきた我々に
前の家からついてきた』ではなく
『新居に付属してきた』の意味)
白黒猫サンストリーカー君。

最初の7週間、根性で家に寄りつかなかった
過去をどこに置いてきたのか最近の彼は
のしのしとこちらの膝の上によじ登ると
防衛本能ゼロの大の字仰向けになり
「・・・何故俺の腹をここで撫でない」
と心底不思議そうな目で見上げてくる。

キリッ


あれは口が利けたら絶対に
「変な気なんぞ遣わんでいいぞ、ほれ、
撫でろ、しっかり揉んでくれていいぞ」
くらいのことは言っているはず。

「妻ちゃん、その子、誰かを思い出させませんか」

「いや・・・夫よ、それはな・・・」

「仏教では『転生』が基本理念の一つですよね。
人間が猫に生まれ変わる、というのは
いいことなんでしょうか、悪いことなんでしょうか」

「真面目に答えるとあまりいいことではない。
結局は『六道』に堕ちたことになるからな」

「うーん、でも・・・たとえば、たとえばの話ですけど、
君のお祖父様は素晴らしい人格者でしたから
猫に生まれ変わることなど基本的にはないでしょう。
でも、あの方、現役時代はなんでも
交渉ですとか折衝ですとか説得ですとかが
非常にお得意だったという話じゃないですか。
それなら遠方に嫁いだ大事な孫の様子をうかがうため、
猫の身体を時間単位で借りる契約をあちらで結ぶことなど
お茶の子さいさいなのではないでしょうか」

「うむ、朝飯前だろうな」

「その前提でもう一度質問です、
この猫、誰かを思い出させませんか」

いや・・・でも、それはなあ・・・

「確かに、確かにわが祖父は
あまり運動は得意ではなく
食いしん坊ではあった、そして
妙に風采がよくて周囲に人気もあった、
体つきもこうどっしりして重みのある感じだった、
しかし、しかしだ、私の祖父はこの猫ほどに
おっちょこちょいではなかった、
そして何よりわが祖父は清潔好きであった、
こんな体全体をぺろぺろ30秒舐めて
本日のお風呂終了、みたいな人ではなかった、
引退後は毎日お風呂でごしごし1時間は
体を磨いているような人だった、であるからして
この猫がわが祖父に似ているなどということは・・・」

「やっぱり君もこの猫を見て
君のお祖父様を思い出していたんですね」

・・・はい。

夫と話し合った結果、それでもこの白黒猫は
一日二十四時間常に
わが祖父に似ているというわけではなく、
「ん?なんだ、撫でてきていいぞ」とか
「おう、このソファは猫が座っちゃいけない
ソファらしいな、まあ気にするな」とか
「馬鹿野郎、お前がこっちを好きなことは
ちゃんとわかっているんだから、
だから心配なんかしなくていい、
もっと力を入れて揉んでみろ」とか
そういう傲慢かつ天真爛漫な威厳に満ちた
恐るべき表情を何かの拍子に見せる時に
非常にわが祖父を思い返させる猫である、
という結論を得るに至りました。

その時にわが祖父が実際に
猫に憑依しているかどうかは謎でございます。


またそういう表情をするときだけ
この白黒猫は顔が「キリッ」となるんです

しかし清潔好きの祖父にとって
あの白黒猫の薄汚れ具合は苦痛であろう

「それでも孫の様子を見に来てくださる、
君のお祖父様は慈愛の人ですね」

・・・憑依説前提で話をしている
わが夫婦はオカルティックなのでしょうか

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