L・T・M♪ | 半熟ひよこ

L・T・M♪

何度聴いても歌詞の聴き取れない部分を

歌詞カードなどで確認した場合

約80%の確率で

「なんだ。」

となる、雛的熊猫アルよ。



実際、語尾に「アル」をつける中国人

いたら是非会ってみたいです。




よく意味がわからんかな。


邦楽を聴いてて

例えばそれに合わせて口ずさんでて

途中「ん~ふふん~ふ~ん」

てなる部分、あるでしょ。

あるんです。


そーゆー部分って

聴き取れないだけに

かっこいいというか

なにか神秘的なもののように思えて

どうしてもそこも歌えるようになりたくなるんですよね。

なるんです。


で、

ボリュームをあげたり

巻き戻して何回も同じところを聴いたり

色々努力するわけですよ。


そこまではいいんですが

どうしようもなくなり

歌詞カードを見たり

うたまっぷで検索したりして

神秘のベールをはがすと

そこに待ってるのはいつも

虚無感なのです。


おそらく

過剰な期待と

色々な努力が

その〝キョム〟

の大きな要因になっているのでしょうが。


そんなキョムを感じたときはいつも

「知らない方がよかった…」

と思うわけです。



大人になるって、こういうことなのかな。。。




知ってしまってから

その部分を何度聴こうと

ちゃんとした言葉として聴こえてしまう、

それがとても切ないのです。



歌詞カードを見ながら歌を聴くということは

目の前にある言葉の線路になぞって

すでに文字化された歌が走っていくという感じで、

その後その歌を聴く度に頭に浮かぶのは

歌詞カードの文字か、

いいとこそこに載ってた写真の画。


逆に、見ないで聴くということは

耳から入る音としての言葉が

頭の中で鉛筆、もしくは絵の具セットとなって

知りもしない歌の中の情景をイメージして描写していく、

という感じなんですよ!

少なくとも僕の中では。



うん、

ちょっと大袈裟だわ。


もともとこんなことを考えたから

歌詞カードを見ない

ってわけじゃなく、

後付の理由なんですが

そんなにズレた意見でもないと思っとります。



ま、てきとーに流して下さい。




歌詞カードに限らず

初めてやるゲームでも

説明書を見ないでいきなりプレーします。


機種変した携帯を

取説を見ずに使い始めるのと一緒です。



事前になにかするのが苦手な性格で、

自分を信じてるというか

追い詰められないと動き出さないというか。


かといって土壇場にはそれほど強くないんだけどね。



今日は午後から予定が入ってます。

GW初予定。


そう、

今日は待ちに待ったデートの日♪

しかもその相手は

あの白衣の天使、落合さん★


…。



流石は元妄想族。

イタイこと言っちゃってるわ。



でも妄想は頭に良いらしく

寿命が延びるそうです。

理由は忘れましたが。


若人よ、

長生きしたけりゃ

思う存分妄想に励みたまえ。




今日はデートではなく

友人宅で麻雀です。


もちろんちゃんと4人集まって。


今の僕には

デートより麻雀の方がずっと楽しいです。

ポンとかチーとか

ツモとかロンとか叫んでる方がずっと楽しいです。



嘘です。


多分。



ちなみに

同性間ではデートは成り立たないみたい。

詳しくは広辞苑で。




んじゃ

そろそろ戦場に赴きます。