前回 からの続き。
結婚式前日。
この日は朝から布団を干したり、明日の結婚式に着て行く服の準備をしたりと、久しぶりにのんびりと過ごした。
洗いたての服の香りと、干したての布団のかおりが鼻腔をくすぐる。
慌しく過ぎていく毎日の中で、こんなふうに家の雑事をこなしているときが一番落ち着くと感じるようになったのは、何時からだろうか・・・?
そっと自問を繰り返してみても、答える人はいない。
「まぁ、それだけ安定してきたのかな」
ぬけるような秋晴れの空を眺め、ぼんやりと意識をたゆたわせていた私の背後で、携帯電話のバイブ音が聞こえた。
慌ててベランダから部屋に戻り、ディスプレイを見ると「母」と表示されている。
離婚後、父から電話が入ることはあったが、母から電話が入るのは珍しい。
「・・・なんだろう」
ひとりごち、ボタンを押す。と、母の慌てた声が耳に入った。
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数年前に直腸がんの手術をした祖父の容態が悪くなった、入院することになった。
そう、母は早口にまくしたてた。
実家近くの総合病院までは、1時間ほどかかる。
ジーンズにシャツの軽装のまま、慌てて部屋を出た。
祖父は、頑固で真っ直ぐな人だと私は思う。
祖母や母は祖父を「融通の利かない頑固者」と評しているが、私は祖父の武骨なところ、嘘のつけない不器用な性格を好ましく思っている。
癌の宣告を受けても、決して取り乱さず。事実をありのままに受け入れ、手術、治療にも前向きに専念し、そして何より、誰より「姉」を大切に思っている祖父の姿は、父のそれと酷似している。
「姉」は、私と6つ歳が離れている。
母が若い頃、周りの反対を押し切って一緒になった相手との子供であると子供の頃から何度となく聞かされてきた。
「異父姉妹」と言うのだと、中学にあがったばかりの頃に父から聞いた。
姉の父と母は、不本意なかたちで引き離される事になり---、生まれたばかりの姉の将来、生来病弱だった母のことを考え、姉は祖父母のもとで「養女」と言うかたちで育てられることになった。
そしてそれから数年後。
母は父と再婚し、私が生まれた。
生まれたばかりの私を胸に抱き、母は何を思っていたのだろうか。
好きで、好きでたまらない相手との間に生まれた「姉」を、思わない日はなかったに違いない。
そんな事情があって、私は姉と同じ屋根の下に暮らしたことがない。
だから・・・と言うわけではないが、私は「姉」がなんとなく、子供の頃から苦手だった。
長い手足、美しい顔立ちをした姉は才色兼備と呼ぶに相応しい人であったし、対して私は姉に比べれば何においても「十人並み」でしかない。
そう、私は長いこと「姉」を羨望のまなざしで見ていたのだと思う。
車を総合病院の駐車場に停め、受付で部屋番号を尋ねる。
病院特有の消毒液の匂いが、つんと鼻につく。
祖父のいる病室の前まで来たときに、中から姉のすすり泣く声が聞こえた。
祖父の容態が心配な気持ちは、変わらない。
けれど、姉と会うのは「苦手」だ。
当惑を隠せないままに病室のドアを開け、中を見渡す。
「会いたくなかった」そんな気持ちが、胸に染みを作った。
続く
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