4月17日(金)
街のハイスクールの校庭に移動遊園地がやってきました。ハイスクールの生徒たちが毎年ファウンドレイジングのために企画するもののようで、放課後小学校の校庭まで、ハイスクールの生徒たちが前売り券を売りに来ていました。
この日はとても暖かく、カーニバルは人でごった返していました。みんな春を祝って飛び出してきた、って感じです。
この移動遊園地、数週間前には海辺の公園で見かけました。これから夏にかけてあちらこちらを移動していくのでしょう。常春のパロアルトでは見られなかった光景です。
4月17日(金)
街のハイスクールの校庭に移動遊園地がやってきました。ハイスクールの生徒たちが毎年ファウンドレイジングのために企画するもののようで、放課後小学校の校庭まで、ハイスクールの生徒たちが前売り券を売りに来ていました。
この日はとても暖かく、カーニバルは人でごった返していました。みんな春を祝って飛び出してきた、って感じです。
この移動遊園地、数週間前には海辺の公園で見かけました。これから夏にかけてあちらこちらを移動していくのでしょう。常春のパロアルトでは見られなかった光景です。
4月29日(金)
scamamがお気に入りのESL、"America through its literature "は順調に回を進め、第1次大戦、大恐慌を経て、今回はとうとう第2次世界大戦と太平洋戦争に差し掛かりました。
クラスは圧倒的にフランス人が多く、その他にはドイツ人と日本人がほぼ同じくらいずついるのですが、今日はドイツ人ママたちは何か行事があったらしく一人のみ、日本人は4名という構成です。これまでの歴史は、アメリカとヨーロッパの関係に重きを置いて解説されていました。講師のレズリーは、非常に合理的理性的な人なので、意図してアジアを避けているわけではなく、東海岸の人々の意識が西ではなく東に向いているだけだと、素直に理解していました。
でも、今日は、最初から風向きが西、それもダイレクトに日本に向いています。10分遅れて入っていったら、いきなり、太平洋戦争開戦に際してのフランクリン・ルーズベルトの功罪について話していました。カリフォルニア時代にあった中国人の中にはABCD包囲網と呼ばれる経済制裁の存在も知らない人がいましたが、レズリーは、日本人のscamamからみても、かなり公平に、日本がパールハーバー奇襲に追い込まれていく過程を淡々と話してくれました。そして、諸説はあるけれど、ルーズベルトはパールハーバー奇襲を事前に知っていて、アメリカ世論を味方につけるために利用したのだと、彼女の見解を述べました。このあたりで、フランス人から「なぜ、日本はアメリカのような大国を相手に戦争を始めたのか。勝てると思っていたのか。」という質問が。レズリーは、「戦争というものはそういうものです。お互いに相手の評価が間違っていた。日本は米国を過小評価していたし、アメリカは日本を過大評価していたのです。」と答えます。
日本のことなのに、フランス人の質問にアメリカ人が答えている、こんなにレズリーがここにいる日本人にも気を使って公正に話を進めているのに、黙っているわけにはいかないよねぇ、と、とうとう沈黙を守ることに我慢が出来なくなりました。心臓ドキドキさせながら、scamamはとうとう口を出しました。当時でも日本の知識層はアメリカにかなうわけがないということをよく知っていたのだけれど、軍部が独走していてそれをとめる健全な議会政治がもはや機能していなかったこと、フランクリン大統領はそのような日本の内情を知っていてハル・ノートという絶対に日本が呑まないである条件を突きつけたのだから、戦争が始まることをある程度予想していたのだと思う、というような趣旨を述べました。レズリーが言ったこととも重なるのだけれど、日本人として何かコメントしなければと思ったのです。するとフランス人は、太平洋戦争のときの日本の最高責任者は誰か、と、尋ね、そこで加担してくれた他の日本人たちと口を揃えて出た名前は、"Tojyo"。ところが、ドイツ人とレズリーは当然のように"Hirohito"だと言います。合理的に考えれば天皇責任はあったと考えている自分が、こんなところでは、"Tojyo"と口走ってしまうのは、どういうことなのでしょう。天皇制についての議論を避けたいのか、天皇を守りたいのか、ああ、まだまだ自分もタブーを背負っている、こんな複雑な気持ちを見越してか、レズリーは議論を先に進めてくれました。それでも、まだまだ、今回の主役は日本です。
次にくるのは、マンハッタン計画と原爆投下です。もちろん、避けられても困るんだけど、正直しんどかったです。原爆投下を最終的に決断したトルーマン大統領は、ルーズベルト大統領の副大統領だったのだけれど、ルーズベルトが進めていたマンハッタン計画については大統領職に就くまで知らされていなかったのだそうです。それなのに、彼は世紀の決断をしなくてはならなかった、ではその決断を正当化する理由とは何か。
レズリーは3つ挙げました。1.原爆がそこにもう完成してあったから。2.ポツダム会談でスターリンに会って信用できないやつだと思い、アメリカが戦争を終わらせなければいけないと思った。3.戦争の被害を最小限にとどめるため。硫黄島、沖縄と日本人たちの抵抗はすさまじかった。このまま戦いを続けたら日本人は最後の一人になるまで戦うだろう。確かに原爆で何万人もの人々が亡くなったけれど、あのまま続けていればもっと多くの日本人とアメリカ兵が犠牲になっていた。
良心あるアメリカ人は本心では原爆なんて落とすべきではなかったと思っているから、3番のような苦しい正当化をします。レズリーも3番を強調していました。気持ち、よくわかります。カリフォルニア時代のESLでは韓国や中国からの留学生の配偶者から、「原爆のおかげで我々は独立できた。」ともっと酷い台詞を聞いていたので、レズリーの方がよっぽど可愛げがします。でも、ここでやっぱり日本人として黙って聞き流すのはどうか、と思い、また勇気を振り絞りました。「日本はポツダム宣言情報は得ていたし、疲弊しつくしていたから、原爆がなくてももう数ヶ月で降伏していたと思う。原爆投下は戦後のイニシアティブをとろうとするアメリカのきわめて政治的判断によるものだと認識している。」「国際法上、無差別爆撃投下は禁止されている。だから、東京を含む日本主要都市へのアメリカ軍による空襲もそしてもちろん原爆も国際法違反であり、犯罪である。しかしそれが今だかつて裁かれたことはない。日本も、パールハーバー奇襲をはじめ、国際法に違反する残虐行為を重ねたけれども、それは適正か不適正かはわからないけれども、東京裁判という場で裁きを受けている。勝った側と負けた側の間にあるこの不条理について思いをはせてほしい。」というようなことを言ってみました。後の発言は、つい最近レンタルして見た「明日への遺言」の受け売りです。見といて良かった。白黒つけるつもりは全くないのだけれど、日本人としての立場は表明しておかなければいけないと思ったのです。
最後にレズリーは、「今日の内容を講義するときには、いつも最後に言うのだけれど、私の印象として、日本人は、ドイツ人のように、事実をもう少し真正面から認識し、受け入れなければいけないと思うのよ。」と言いました。こんなんで締めくくられてはたまらんと、もう一度、勇気を奮って「カリフォルニアにいたときに、中国人に日本のほとんどの教科書には南京虐殺が載っていて、ほとんどの日本人は日本軍が酷いことをしたと認識していると言ったら驚かれました。でも、これは本当のことです。多くの日本人が戦争中に日本が行ったことについて心を痛め、申し訳ないと思っている。けれども、stupidな政治家たちが入れ替わり立ち代わりstupidな発言を繰り返すので、国民の真意が伝わらない。まあ、こんな政治家を国民の代表に選んでしまっている我々の民主主義が未成熟だという点に問題があるのだけれど、そこのところわかってほしい。」って、いっときました。
へたくそな英語で、アドレナリン噴出状態の長いクラスがようやく終わったら、レズリーが、"I appreciate you."って言ってくれました。言いたいことがちゃんと伝わっていたかどうかはわかりませんが、今日の授業の内容で日本人が黙って座っているのは、レズリーにもフランス人にもドイツ人にも失礼だと思った気持ちは伝わったのだと思います。どんなに英語が下手でも日本人として何か言わなければいけないとき、ってありますよね。花子ちゃんは、もっともっとこんな修羅場をくぐっているのでしょう。
その後、海岸をジョギングして近くのスタバに寄ったら、同じクラスの日本人の方がコーヒーを飲んでいました。scamamの姿を見つけるや否や、テーブルに呼んでくださって、「ちょうどあなたのこと考えていたのよ。ふと目を上げたらあなたが立っていたから驚いたわ。今日の授業、がんばって話してくれてありがとう。ちゃんと言いたいこと伝わっていたと思うよ。日本人があの戦争のことこんなに悪かったって思っているのに、全然伝わっていないこと悲しいね。どうやったら伝えられるのかって思っているうちに時間が過ぎちゃったけれど、よくあの短い時間で言ってくれたわね。」って言ってくれました。同胞からの言葉が何と言っても一番嬉しかったです。
その後、レズリーの授業は、黄金の1950’s、そしてケネディへと進みました。レズリーが持ってきた一枚の写真、教会を訪問したケネディの後姿とそれを嬉しそうに囲む人々。中でも、ピチピチのほっぺたのてぃーんエイジャーが、目を大きく見開いてこの上なく幸せそうな顔でケネディを見上げています。レズリーその人です。アイルランド系カソリックの彼女にとってケネディは"God"だったのだそうです。アメリカのもっとも幸せな時代が終わって、来週はベトナム戦争、そしてレーガノミクスへと進みます。最後まで、面白いです。